第22話 メトセラント・デュミオスは経済成長を滞らせる。

 私のお父さんは世界で一番のお医者さんです。病気や怪我の事なら何でも知ってるし、それに効く薬の作り方だって何でも知ってます。治せない病気なんてほとんどありません。私はそんなお父さんが大好きです。私も将来はお父さんのようなお医者さんになりたいです。

 もし私もお医者さんになれたら、そしたら世界中のいろんな場所を旅して、困っている人たちを助けたいです。そして……。


「………。」

 そして、いつか私と同じ角をした本当の両親に会いたいです。……なんて書けるわけがありません。私は作文を書く手を止めました。

 私は今、きもちを文章にする練習をしています。お父さんの持っている植物図鑑を最後までカンペキに読みきる為には、もっともっと読み書きの勉強をしなくてはいけないと思ったからです。


「エリー?ちょっといいかーい?」

「な、なに?」

 部屋の外からお父さんが私の名前を呼びます。私は慌てて作文を本棚に隠し、部屋のドアをあけました。部屋から出ると、お父さんは窓から外を見るように言います。

「ほら、アルケイド君だ!君を呼んでるよ。」

「アルケイド!?」

 窓から身を乗り出すと、すぐ外でアルケイド君が待っています。私は我慢できずに窓から飛び出しました。

「エリー!村の広場に行商人が来てるってよ!」

「行商人!?」

 たまにやってくる行商人たちは、この村には無い珍しい品物をいろいろと売ってくれます。本当に珍しい品物ばかりなので、村のみんなは行商人がやって来るのを村祭りの次くらいに楽しみにしています。もちろん私も楽しみです。


「行こう!!」

 私はアルケイドと共に村の広場へ駆け出しました。



「さーて……。」

 二人を見送り、デュミオスは書斎へと向かう。本棚の僅かなズレを見て、彼は「ははぁ。またエリーが図鑑を解読していたな。」と微笑む。活版印刷技術のない時代、黄金の価値にも等しいこの図鑑の数々は、どれも彼がある研究の副産物として書き記したものだ。

「………彼女が解読するのが先か。それとも。」

 部屋の傍らにある暖炉を眺めながら、彼は図鑑の一つに手を伸ばす。すると本の間に挟まれた一枚の紙切れが足元にひらひらと落ちてくる。

 紙切れに書かれた文章を読んだデュミオスは、顔を真っ赤にしながら図鑑を本棚に戻し、何も見なかったかのような素振りで紙切れを図鑑の間に挟み込んだ。



 広場につくと、さっそくすごい人だかりが出来ています。ここからでも行商人の活気のいい声は聞こえますが、肝心の品物は全然見えません。そこで私たちは小さい体をいかして人だかりをかいくぐり、最前列を目指しました。最前列では行商人が荷車に乗せた色んな品物を売りさばいています。


「さあさあもっと近くへもっと近くへ!!…こいつはなんとっ!!かの大英雄アレクス・ダスカルも愛用していたとされるサラマンダーのベストだ!!素材ももちろん本物のサラマンダーの皮!!今じゃどこへ行ってもこんなにいいモノは買えないよ!!」

「アレクスダスカル!!?」

 その名前を聞いてアルケイドが驚きます。アレクスダスカルと言えば、天成戦争を終わらせた伝説の大英雄です。

「すげえ!!!アレクスの着てたベストだって!!」

「うん!!すごいね!!」

 特に何も考えてないけど、とにかくすごいと思いました。


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「おっさん!それいくら!?」

 アルケイド君が行商人に尋ねます。

「おぉーっとそこの少年!よくぞ聞いてくれましたー!!こちらのサラマンダーベスト!普通に買えば50000ギネラの所を!今日だけはなんと特別に40000…、いいやこの村の皆さんにだけ特別サービスの35000ギネラでご提供だぁ!!」

 35000ギネラ。けっこうな大金です。薬草なら2000束分くらいでしょうか。私のおこづかいでは一年貯めても絶対に届きません。

「おおぉーーっ!!!」

「すっごーい!!」

「それ!わしが買った!!!」

 さっそく名乗りをあげたのはオシャレなものが大好きな村長さん。とっても愉快な人柄で、この村では数少ないお父さんの理解者です。

「村長がまた金の無駄遣いしてるぞー!!!」

「いい加減隠居しろー!!!」

「へーん!隠居なぞせんわー!バーカバーカおしりぺんぺーん!!」

 村長がこういうものを買おうとすると、決まって言い合いが始まります。相変わらず愉快な人だなぁと私は思いました。


「ふーむ。随分賑やかな声がするので来てみれば、なるほど行商人さんですか。」

「あっ…!」

 デュミオスがやって来ると、みんなさっきまでの事が嘘のように静まり返ってしまいます。これもいつもの事です。

「クプリナさん。新しく処方した薬はよく効いていますか?」

「え、ええ…。」

「オレインさん。腰痛の具合はどうですか?」

「ん、あー…、そうだな…。以前よりちっとは楽になったかも…な。」

 デュミオスは通り際に顔見知りの患者さんに声を掛けます。だけどみんな苦笑いするばかりで、だれもお父さんに感謝してくれません。…これも全部いつもの事です。


「おーデュミオスー!なんじゃなんじゃ久しぶりじゃのー!!」

「相変わらずお元気そうで何よりです。村長。」

 村長さんは笑いながらお父さんの肩をたたきます。彼は人間嫌いな村の人たちとは違い、デュミオスにも友好的に接してくれます。もちろん私の事も良く可愛がってくれます。

「そうじゃそうじゃ!デュミオスこれを見よ!!えーもんじゃろ!?」

「この素材……、サラマンダーのベストですか?」

「そうとも!かの大英雄アレクスダスカルまでもが愛用していたとされるサラマンダー皮のベスト!!それと全く同じ代物じゃ!!!」

「あーの、村長。申し上げにくいのですが…、この造りのベストが作られるようになったのはせいぜい100~200年前ほど昔の事なんです。アレクスダスカル…1000年以上昔の人がこれを着こなすには、時の神にでも抗わない限り不可能な事かと。」

「………ほえ?」


 デュミオスはリギア事変が起こる前までは王家直属の薬師をやっていました。王城は国の中心にあるので、国のいろんな歴史が記録された大図書館もありました。今ではほとんどの書物が燃えてしまいましたが、デュミオスはあの大図書館で読んだすべての書物を頭に記憶しているそうです。

 つまり。デュミオスは歩く大図書館です。


「…どゆことじゃ?」

「え、えぇ……あーーー……その……、、これにはアレクスダスカルの武勇伝にまつわる深いわけがありましてー……。」

 村長さんは行商人に尋ねます。行商人はすこし取り乱しながらそれっぽいウソを次々と述べていきます。けれど村長さんは信じません。デュミオスを信頼しているからです。

「35000ギネラ。品質とその他運送費やらを大きく見積もってギリギリ適正価格だ。とは言えこの古めかしいデザイン……。確かに適当な話を付け加えないと売れそうにありませんね。同情しますよ。」

「あ、あっはははあ!!参ったなーー!こりゃ叶わない!!いやー失礼!!」

 行商人は笑って話をごまかします。そして次こそは嘘偽りのない本物のとっておきを見せると宣言しました。


「とっておきって何だろうな?」

「わかんないよ。」

 私はアルケイドと顔を向かい合わせて考えます。しばらく悩んでいると、行商人は荷車の奥から魔術で厳重に封印された宝箱を持ち出してきました。

「ところでお客さん、……薬師をされているそうで。」

「ええ。」

「それは良かった。きっとすぐお気に召しますよ。」

 行商人はデュミオスに語りかけます。とっておきの品物は、お父さんの気に入る品物……。私は品物がどんなものかと考えてみましたが、ぜんぜん思い浮かびませんでした。

 みんなが息をのんで見守る中、行商人は今までとは全然違う雰囲気で、不思議な言葉を述べます。


「………皆さんは。永遠の命に興味はありませんか?」

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