第94話 イービストルムの登竜門を潜る。


「思えば。あれが全ての始まりだった。」

 紅い髪の男はそう呟くと、慣れた手つきで足元に散らばる小枝に火を灯す。遺跡の外には雪が積もっており、旅を共にしたであろう仲間たちもこの安全な遺跡の中で休息をとっていた。

「ククク……。エミリアがそんな事を。」

 痩せた灰色ローブの男は、遺跡の壁に凭れ掛かりながら紅髪の男の話を興味深そうに聞いている。

「ああ。俺らの才能を見込んで丁寧に推薦状まで書いてくれたよ。もちろん、あれも計画の為の布石だったんだろうけどな。」

「ほう……。三人まとめて……、ですか。」

「ああ。みんな驚いてた。ハチスはともかくネギシは……。まさかあそこに入れるとは思ってなかったんだろうしな。」

「ククク……。姉上もやはりロタティオンの秘術と女神の祝福に興味を抱いていたのでしょうね。」

 灰色ローブの男は遺跡内を振り返り、寝袋に包まる二人の姿を静かに見守る。そして目を瞑り、もう一度紅髪の男に語りかける。

「……それにしても。興味深いのはあの男の計画です。」

「お前にとっては信じられない事実だろうな…。」

 灰色ローブの男は真実を見通すような目で紅髪の男を見る。すると目線に気付いた紅髪の男が立ち上がる。


「ああ。これもいい機会だ。全部話してやるよ。」

「ククク……。聞かせて頂きましょうか。エスリーの発端を。」



「う、受かっちまった………。」

 俺は今、イービストルム大学の巨大な正面門。通称、『魔術師たちの登竜門』の前に突っ立っている。

 実験室半焼事件から半年。魔術診断をきっかけにして、その類い稀なる魔術センスを開花してしまった俺は、ついつい自惚れて魔術に関する参考書を読み漁ってしまい。素人の脳みそでは全く理解が追い付かない事を思い知りながら、それでも自分はやれば出来るんだと意識を高くして試験に臨んだ。

 結果は散々。実技試験は普通に通過出来たが、筆記試験はクソ。主観的に見ても落第は必至だった。


 ……だというのに。俺は合格してここに立っている。


「……よし!!」

 俺は制服の襟をびしっと決め、栄光の凱旋門に一歩足を踏み入れるのだが……。

「いやー父さんも昔は魔術に憧れていたんだがなぁー!なんせ時代はITだったからなぁー!」

「ほら、アルク!写真を撮りましょう!ね!」

 ……ウィル・マックィーンとマリア・マックィーン。俺のお節介焼きな両親が入学式についてきてしまったのだ。

「そうそう!あれから父さんも色々と調べてみたのだがな!お前のその魔術の才能!やはり赤い髪のマックィーン家にルーツがあるらしい!」

「そういえばお父さんのお父さんの、そのまたお父さんも!みーんな赤い髪をしていたわ!……いえ、髭が赤かったわ!お母さん何でも覚えてるもの!…そうよ!例えばあれはお母さんとお父さんが初めて出会った日の事──」

「うっさい!それ今言う話じゃないだろ!?」

 俺は必死になって両親を黙らせた。……マックィーン家の血統と、申し分程度の努力だけで志望校に合格してしまった俺。結局は血筋が全てなのだろうか。


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「それじゃ、お母さんたちは保護者の説明会に行ってくるから!お昼にここで合流しましょう!」

「勝手に帰るんじゃないぞー!」


「ふー………。」

 入学式はどうにか無難に終わった。この後は少し時間をおいて学部ごとの説明が始まる。二人を探すならいまのうちだ。いつも通りスマホで連絡を取ろう。


『ハチス、お前今どこらへんにいる?』

『お前の後ろにいる』

『真面目に答えろ』

『真面目に言うとまだ会場の前のほうに座ってる』

『もっと詳しく』

………。

 30秒待っても返事が来ない。詳しい場所を書くのが面倒だからってスルーするなよ。俺は出てきたばかりの会場をわざわざ逆戻りしてハチスを探しに行った。当然だが入学式は終わったばかり。会場から外へ向かう人は沢山いるので……。

「…!」

「あぅっ…!」

 スマホの画面を見ながら歩いていた俺が人にぶつかってしまうのは当然の結果なのだ。


「…っと!…あぶなっ!」

いきなり手元にメガネが飛んできた。何が起こったのか突然すぎて分からなかったが、どうやらぶつかった衝撃で前の人が落としてしまったらしい。俺はとっさの判断でメガネを救出。それと同時に持っていたスマホが落下。…画面にはオシャレなヒビが入ってしまった。これも全部ハチスのせいだ。


「…悪い。大丈夫か?」

「………。」

 メガネを落としたのは銀髪の少女。制服の柄を見るに俺と同期の新入生らしい。彼女は無言でメガネを取り戻すと、そのまま外へ出ていってしまった。そりゃ嫌われるのも無理ないよな。それにしてもさっきの彼女。どことなくエミリア教授に似ていたような……。いや、銀髪で何故そこにつながるんだ。とうとう思考回路までハチスに汚染されたのか俺は。

「よ~う。」

 しまった!噂をすればハチス!


「……ってな訳で、これからもよろしくな!アルク!」

「ああ。よろしくな。」

「私からも何卒よろしく申し上げます。」

「あ、ああ。うん。任せろ。」

 久しぶりに会ったが執事のロミューさんも元気そうだ。肌は相変わらず蒼白のままだが。

「あら、みんな。」

「ネギシ…!」

 ネギシとも合流する。実を言うと本当に会いたかったのはハチスではなく彼女のほうだ。別にハチスよりまともだとか、そういう理由ではない。ただ、彼女には単純に聞いておきたい事があった。


「なあネギシ。今更だけどどうしてお前、イービストルムに入る気になったんだ?」

 俺はネギシに問いかける。彼女は元々魔術に興味なんか無かったはずだし、彼女の実力ならこんな古臭い大学よりももっといい大学へ入ることも出来たはずだ。

「……名前だけは有名だもの。それに、知り合いがいたほうが後々便利だし。」

 ネギシもじもじしながら答える。そういやネギシってろくな友達が居ないもんな。中学の頃とか、俺たちと出会うまでずっと寂しそうにしてた。

「そんな事よりもそろそろ移動した方がいいんじゃない?もうみんな学部の方へ移動しちゃったわよ。」

「…だな。」

 俺たちは他の新入生達を追って魔術学部棟へと向かった。

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