第6話 花村薫とスピード違反 下

 さて、まずはおさらいをしてみるか。

 スピード違反だが刑期が長い、その理由を探してるわけだ。

 そして、スピード違反とプラスしてもう一つ罪がある。

 車が関わってるのは間違いなさそうだ。

 早い話が逃走の為に車を盗んだ、とかだろう。

 これを詰めてくか。

「その車の持ち主は犯罪者とは面識があるか?」

『いいや、ないね』

「そもそも持ち主はいたか?」

『ああ』

 てことは、犯罪者のうちの一人が持ち主って感じだな。

 あと探りを入れられそうなのはなんだろうか。

「犯罪者……運転してんのをA、助手席をB、後部座席をCと置くとして、Bが文中の『俺』か?」

『そうだ』

 人物について聞いても意味はないかもしれない。

 一度、設問自体を振り返ってみる。

 Bは友人A、Cと高速道路を走行中。

 後ろからパトカーが追いかけてきている。

 BがAにスピードを落とすよう要求し、文字通りスピードは落ちた。

 ほどなくして捕まって、罰として懲役一年以上。

 これが設問の全貌だ。

 質問で明らかになったのは罪は二つ、車の持ち主はABCの誰か。

 情報が足りなさすぎる。

 罪の線から行くのは時間がかかるしそれは避けたい。

 なにより最短でいこうと試行錯誤するのがこのゲームの醍醐味。

 質問攻めは極力避けるのが俺の流儀だ。

 あと、こんな職をやってるせいか己のプライドが許さん。

 なんとか怪しいところを探すか。

 薫は脱いだコートの中からメモ用紙とペンを取り出す。

 そしてスラスラとせつっ門を書いていく。

 文字に書き換え、間違いを探しやすくするのだ。

「ふーむ……」

 カウンターに肘をつき、暫く熟考する。

 ある部分に目を止め、大きく見開いて顔を上げる。

「Bはスピードを落とせと言ったが、それはAに対していったのか?」

『……違う』

「これは、掴んだな!」

 今まで見落としていたこと、それは『スピードを落とせ』という台詞だった。

 BはAに行ったとはどこにも書いていなかった。

 車の中での会話という状況のせいで完全に勘違いしていた。

 とすると。

「Cに対して言ったのか?」

『そうだ』

 暫定的にC、後部座席にいる友人に対しての発言になる。

 後部座席のCにスピードを落とせと言った、つまり。

 スピードは何かの隠語であるわけだ。

 車に乗せて運ぶことができ、運ぶことが罪になり、スピードの隠語が使われるものはただ一つだけ。

「なるほど、そら一年以上になるわな」

『わかったんだな』

「一つわかれば途端に楽勝だな」

『答えを言ってみろ』

「こいつらの罪状は、覚せい剤取締法違反だ」



 ◇   ◇



『スピード違反』

 俺たちは覚せい剤スピードの輸入して闇市に売り込みに行く最中だったが、途中で発見されて高速を全速で走って逃走していた。

 途中、後部座席の友人に段ボール一杯の覚せい剤を奴らに投げて妨害するよう言ったが、さほど効果はなかった。

 虚しくもお縄にかかり、おとなしく人生の一部を牢屋で暮らすことになった。

 もう麻薬には手を出さないでおこう。

 遅いけどな。



 ◇   ◇



「あ、お帰りなさい」

「おう」

 事務所の戻ると京子は書類仕事に追われていた。

 薫は軽く返して自分のデスクに戻る。

「どこ行ってたんですか?」

「親父のとこだよ」

「あー、最近お店構えたんでしたっけ?」

「ああ、もう60超えてるってのによく挑戦するぜ」

 店の店主は薫の実の父、今年で六十歳になる。

 薫の言う通り、店を構えるには遅い時期と言える。

「でも、昔からの夢だったんですよね、レストラン経営?」

「まあ、そうなんだけどさ。ありゃ詐欺だろ」

「え?」

「ウミガメのスープだけはないだろ~」

「ウミガメのスープ!?」

 京子は真面目な人間のため、冗談やシャレと言うのがあまり通じない。

 もちろん、ウミガメのスープをそのままの意味で取った。

「それって犯法的に大丈夫なんですか!?」

「さあ? もしかしたら密漁かもな」

 薫はここぞとばかりに波に乗る。

 京子遊びは薫の日課でもある。

「今からおじいさんに直接聞いてみますので、行ってきます!」

「ゑっ?」

 京子は勢いよく扉を開け、そのまま行ってしまった。

 室内の舞い上がったほこりが少しずつ落ちていくのを眺めていた。

「あとで着信拒否にしとくか」

 彼はそう呟いて夢の世界へ逃げた。

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ウミガメレストラン 鈴蘭 @kou_S_sran

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