1.Angel of Death 3
3
砂漠の戦場の中、未歩は呆然と亜紀へと訊ねていた。
「彼は……もうすぐ死ぬということですか……」
亜紀はおもむろにうなずく。
「ならどうして彼は戦場にいるんですかっ」
未歩の怒号に亜紀も応じて「わたしも知りたいですっ」
未歩は亜紀の反応で我に返り、ごめんなさい、と顔を俯ける。亜紀も自分の声に驚いたように、失礼しました、といって、
「……
「彼は
亜紀は頷き、「異例の立場でした。彼は若くして熾天使を継承したそうです。
未歩は今までの出来事を反芻する。確かに彼の能力は特殊そのもので、その場の状況に応じてどうとでも侵入してみせていた。
「でも、彼は作戦中にその熾天使としての力を使い過ぎたそうです。環は意識不明の重体になって、脳内のほとんどのニューロンが死滅、重篤な障害を負って、
未歩は息を呑むことしかできなかった。亜紀は続ける。
「しかし熾天使の
未歩はどうにか言葉を絞り出す。
「脳がほとんど死んでいて……どうしていまも戦闘機に乗れているんですか……」
亜紀もわかりません、と首を振り、「ただ、彼が継いだ熾天使、
亜紀の言葉が、いつか聞いた彼の言葉と被る。
「僕たちは、この世界にはあまりに早すぎたんだ」
未歩は目を見開いていた。彼のあの言葉には、熾天使である以上の秘密が隠されているのだ。
亜紀は続ける。「しかし私たち
まさか、と未歩は訊ねる。「敵の持ち出した白金の鍵には、環の治療法も秘められていると……」
亜紀は頷き、「けれど、こうして追い込まれてしまえば、彼に全てを破壊し尽くしてもらう以外の術はありません。彼がそれで、命を散らしたとしても……」
未歩はそんな、と言う以外何もできなかった。
亜紀はやがて遠い空を見つめる。「それでも復楽園は、白金の鍵の真意にたどり着くことは……あのろくでなしの為のものでもあるんです……」
ろくでなし、という亜紀が使いそうもない言葉に未歩が反芻したその時、目の前に鋼鉄の猟犬が現れる。その無人機が胴に身につけていた銃が発射される前に、未歩によって敵は仕留められ、その動作を停止する。しかし再び同じような無人機たちが集まっていく。未歩は亜紀の手を引っ張り、「ここは撤退します」と立ち上がらせて銃弾を放つ。亜紀は、じっと空軍基地を見つめる。
「……罠があったとしても、敵の真意を突き止めるなら、
未歩は頷き、「攻撃を仕掛けてきている悪魔を相手にしてもたくさんの無人機を使われるから、魔女を確保しない限り我々には勝ち目はない。そして、白金の鍵を手にいれる……そうですよね、女神様」
その言葉に亜紀が頷いたのを確認し、未歩は亜紀を走らせながら、銃弾をばら撒きながら、前に進んでいく。
敵の悪意が迫り、それを銃弾で打ち抜き続ける。そして、無人機たちの死体が生まれていく。そして、他の天使たちの遺体から銃弾をもらい受けながら、それでも走り続ける。どうにもならないのは十分わかっている。けれど、前を進むことをやめるわけにはいかない。
まだ、彼に会えていない。まだ、彼にお礼を言えていない。まだ、彼を救うことができていないのだから。
目の前に再び猟犬達が現れる。
その時、未歩は強烈な寒気を感じた。空から何かに見られている。そうして見上げた時、巨大な目がそこにあった。
『にげられるとおもうな』
同時に前方に何かが落ちていく音が聞こえ、亜紀を抱えて飛びのく。すると、前方で閃光が瞬き、爆音が響く。砂と猟犬達の欠片の混じった爆風の中、未歩は空を見つめる。その先には敵の空を駆ける無人機が空を飛び交っている。それらは爆風に消えた未歩たちを探しているかのようでもある。未歩は周囲を見渡す。
隠れる場所。隠れる場所はどこ。
その時、少し先に天使たちの死体が集まっている場所が見つけられた。未歩は亜紀の肩を叩き、共にその死体の中に入り込み、息を殺した。そこにはたくさんの赤い液体が溢れ、鉄の匂いが充満しているが、それでも顔を横に向け、晴れかけの空を見つめる。
爆風が晴れ、空の無人機たちが夜明け前の空を飛び続けているのが見えた。彼らは獲物のいたはずの空を巡航し続けている。まるで、鳥葬の直前のように。悪意のあるあの巨大な目も周囲を見渡していて、それは必死に未歩達を探し続けている。
『どこだ』という声のすぐあと、悲痛な叫びが入り込む。『おねがい、いじめないで、わたしをみるやつ、すぐにころすから、いじめないで、すぐみつけるから』
未歩は誰かに体罰を食らったかのような言葉づかいに、奇妙さを感じていた。悪魔は目に見えない霊なんだと思っていた。だから殺すことができないと思っていた。だが、それが体罰を受けるというのはいったいどうして──
『みつけた、どうるい』
目が合った。大きな目。全てを吸い込み、そして逃すことのないもの。未歩は立ち上がり、亜紀を抱え、逃げようとする。亜紀は驚いたようにどうしたんですか、と言っている中、目が周囲を包囲した感覚が襲う。そしてついに空の無人機達が、鳥葬の執行者たちが訪れることを悟る。敵は直上から、狙いを定めてこようとして──
『危ないよ』
突如届いたその声は、とても暖かかった。上空で何かが爆発した音が響く。そうして、遠くのどこかに無人機だったものが落ちていくのが、未歩には一瞬だけ見えた。
そして、上空を何かが横切っていく。それの尾翼に描かれていた熾天使の
「御使様……そんな……」
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