4-5 なんでもいいが寒い

 なんでもいいが寒い。外から風が入りほうだいになっているからだ。屋上からワイヤーで降りてきて窓を破って突入してきた兵士たちと、そうするよう命じた神前かんざきをおれは恨んだ。

 ロードシップは好き勝手に暴れている。兵士たちの何人かは、あいつの立ち回りによってライフルを落とされたものが多いのか、それとも単純に仲間を撃つのを恐れたか、特殊警棒を構えていた。

 荒ごとにはなんの適正もないので、おれはおれのやりかたでやるしかなかった。ホールドアップの意思表示をしながら、敵部隊の中央に控えている神前さんへ向かって歩み寄る。むこうも会話したいようで、すこしずつ隊列を割り、おれが近づくのを許してくれた。

「残念だが、おまえたちのおめあての魔法少女さまはもう逃げちまったよ。悪いな」

「あなたのそういうところを買っているのですよ」

 神前はとくに意外でもないふうに、ずれたメガネを押し上げながら言う。

「魔法を使うかたがたは、みなさんどうしても得意の技だけでいかに押し通るかという性格になる。あなたはちがう。だからあなたは、あの子に『択ばれた』」

「いかにも関係なさそうだな。こじつけがましい話だ」

 あいつがおれに心を開いたか、正直なところいまだにわからない。仮に心を開いているとすれば、その理由は単純に1週間かくまって介抱したからというだけだろう。おれである必要はない。ややこしい意味をつけ加える余地はない。

 だいたいなんだ、『択ばれる』とは。

「怖いのか?」

 背後から声がして、どん、とおれの背にロードシップの背が当たる。敵兵も態勢を立て直してきたようで、じりじりと包囲が狭まってきた。

 だがおれはそんな窮状よりも、やつのひとことが気になった。

「あ?」

「おまえさん、けっきょくなにがいちばん怖いんだ。じぶんの価値を認めることか。それとも、あいつから認められたというのを信じることが怖いのかな」

「いやな野郎だな」

 見透かしたようなことばかり口にする。

 やつはそれ以上言いつのることなく、ふたたび乱闘へ舞い戻った。

 ロードシップの背中には、翼がなかった。Qと隠しかたがちがうのか、それとも――もともとないのか。

 だが、それを気にしているばあいではなさそうだ。

「どいてくれ」

『英雄さん』はボルバの拘束を数人の兵士にまかせ、こちらへ歩み出てきた。背後でロードシップが兵士を押し返しているから、必然的におれと対峙するかたちになる。というか、おれもゆっくり後退を余儀なくされる。

「ぼくはもう、こういうことには疲れてるんです、神前さん。かけひきだの、力関係の確認だの、信じただの裏切っただの、もういいじゃないか、さいしょから」

 これには全面的に賛成だと思った。癪にさわるが。


「さいしょから、なんでもいいんだよ。全員が敵どうしでも」


 そう言った英雄さんの背後を、だしぬけに突風が走り、控えていた兵士たちと神前は、まとめて破られていた窓の外へ押し出された。

「なにいーーーー……っ」

 空中へほうり出された神前の声がドップラー効果で遠のいていくのを聴きながら、おれは英雄さんの技の特性を思いだしていた。

 風の能力。

 あいつが使役する精霊の力のなかでいちばん強力なやつだが、なぜかめったに使ってこない技術だ。

 というか、けっこうな高さだと思うんだが、だいじょうぶなのかな。部屋の窓側には、床に伏せさせられていたボルバだけが残っていた。

「これで半分はすっきりした。おつぎは」

 英雄さんが指を鳴らすと、破られた建材やガラスが音を立てて再構築されていき、部屋の外壁ごと、もとの状態に戻った。完全な再生ではないが、物体をあるべき位置へ収めるように復元させる力らしい。やつが効果を切ればまた崩れ落ちるのだろう。性質を見るかぎり、大地の精霊か。

「残りの半分もどうにかしよう」

 そう言うと、英雄さんの起こした風がおれの脇をすり抜け、ロードシップの相手していた残りわずかな兵士たちも部屋の外まで押し出し、おなじようにドアを復元させる。

「たったいま、この部屋は一時的に結界化した。ぼくがいるかぎり、しばらく外部からの干渉はできないし、しようという気すら起きない」

 あいかわらずでたらめな力だ。だが力の強さよりも気になったことがあったので、おれはまず訊ねる。

「どういうつもりだ。全員敵と言った矢先とはいえ、よりによってギルドを裏切るのか」

「あのひとはギルドを代表してるわけじゃない。べつの独自の意思で動いてるんだ。ここに集まるために必要だったけれど、ちゃんとぼくらで話をつけるために、これ以上いてほしくなかった」

 話をするため、と、この黒髪の英雄さんは言った。

「『ぼくらがなにを争うべきかの話を、ちゃんとするために』っすか」

 言いながら、Qをともなって女医がよろよろと現れ、へたりこんだ。これほどのドタバタのなか、隠れているだけでもたいへんだったろう。Qもかのじょの頭をなでて、

「おちゃのおかわりがあるが」

 とどめをさした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る