4-6 おれをなんだと思ってるんだ?

 おれをなんだと思ってるんだ?

 おとといのロードシップもそうだったが、神前や英雄さんまでもが、おれをこの件における台風の目みたいに扱いやがる。

 全員が、おそらく思考のトラップに陥ってるのだと思っていた。本来の中心であるQが会話の通じない相手だから、便宜上保護者になっているおれを介して、じぶんの考えをQへ向けて訴えられると思いこんでいるだけなのだ、と。

 ばかにするにもほどがある。――長らくそう考えていた。

 が、どうやら連中の考えはちがっているらしい。どうあれ、長らくどこかひとごとのように捉えていたが、おれはもういざこざの渦中にいるのだ。

「そろそろ考えてみてほしいんだよ、アルファ阿井さん。その子が魔法少女を名乗って、ぼくたちのまえに現れた意味を」

「省略するな」

 Qはほんとうに2杯めのお茶を淹れてきやがり、驚くべきことに英雄さんはそれに手をつけた。立ったまま。

「ぼくがはじめにギルドから受託した任務はあなたたち錠前師団を活動不能にすることだったのだけれど、すこし以前からかのじょの話も耳にしていた。フリーの『魔法少女』のうわさだ」

「たしかにそうだ。おれたちのところへQが現れたときも、すでに名は知れていた」

「あなたたちの団と魔法少女……その『Q』は、おおよそのところで目的が一致していたよね。ぼくもさいしょは、あなたたちが人工的につくりだした魔法生物――魔人だと思っていた。なんて非人道的なおじさんたちだって思ったよ」

「買いかぶられたもんだな。おれたち6人はただの愚連隊で、そんな技術なんてあるわけがない」

「いや、教授ならあるいは」

「まぜっかえすな、ボルバ」

「いま話がこじれてるところなんで、新しい登場人物を増やされるとまずいんすよ」

 女医が、だれに向けているのかよくわからないことを言った。

「ともかく」

 Qへ飲みきった湯呑みを渡し、英雄さんはせきばらいする。

「この子の能力は人間ではありえない。でも天使ともちがう。天界でなんらかの目的のためにつくりだされた、そうだよね? ロードシップさん」

「さてな。おれもそいつの出自はわかっていないのさ。つくりだされたのか、みずから生まれたのか」

 おまえもあんまり知らないのかよ。

 おれたち全員、本人さえじぶんがなにものなのか知らない自称魔法少女をめぐってごちゃごちゃもめているわけだ。笑えない話だった。

 Qをなんだと思ってるんだ。

「それにしても恐れ入った。さすが、英雄さんは言うことがちがう。『みんな敵どうしで、べつにいい』ときた。

 そう言いきれるのは、おまえが英雄だからだよ。なんだかんだ言ったところで、ヒーローには決して裏切らない仲間がいる。頼りになる助けがある。

 おれたち悪党には一生望んでも得られないものが、ほうっておいても手に入る」

 おれはひさかたぶりに、なぜこいつと相容れないのか、思いだしていた。

 ひとをなんだと思ってるんだ。

 神前へ人間は駒ではないと説きながら、こいつも人間を人間と思っていない。

 ただ、いまのおれの言いぐさは……認めよう。やつあたりだ。

「『英雄さん』はやめてほしいな」

 はにかむように、やつは言った。とくに憤慨したようすもない。おれひとりだけ怒っているみたいだった。

「ぼくにも彼刀ゆゆきって名前がある」

「おぼえにくいんだよ、その名前」

 それでなくとも、おれはふだんあんまり他人を名前でちゃんと呼ばないのだった。呼ぶのは古なじみのボルバぐらいか。

 他人をなんだと思ってるんだろうな、おれも。


「傷つけたよ。赦さないよ」


「うわっ!?」

 耳許で愛らしい声がしたと思えば、おれの肩に見覚えのある猫耳のお人形さんが腰かけていた。艶やかに着崩した感じの和服姿で、きせるでも持ってれば似合いそうである。

「知っ得情報を伝えに来たよ。だんにゃさまはすなおになれないからね」

 こいつは見たことがある。英雄さんの使役する『精霊』だ。その精霊が、おれにまったく気配を悟らせないまま、おれの肩まで登っていた。

 おれを殺そうと思えば、殺せていただろう。だがこいつはそんなことはせず、

「だんなさまね」

 かんだセリフを言いなおした。

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