4-4 不倶戴天

 不倶戴天。これもずいぶんと完全なことばだと思うが、おれにとって、英雄さんやロードシップはおそらくそれだ。

 ともにおなじ天を戴けないというのは、なかなか決定的なことなのだ。

「だから言ったでしょ」

 英雄さんが立ちあがり、神前かんざきの側に立って言った。

「『じぶんの才覚ならば、一見相性の悪いだれかとだれかをうまくやりくりして運用できるかもしれない。試す価値がある』――それを心のうちで仮想するまではいいよ。けれど、そんなことを現実に試すのは、ひとをひととも思わない驕慢だ。人間は駒やカードじゃない」

「や、そんなことは。とんでもない」

 神前はゆっくり否定した。

「おれもさすがにそこまでは思わなかったが……」

 でも、よく言ってくれた。敵にはちがいないが。

 はじめから、ロードシップは『この場にひとつの目的で集まった』と言った。なんのことはない、要するにギルドはおれたちを1箇所に集めたかったのだ。

 ところでその『5人の戦士』構想、おれはぜったいQのおまけじゃねえか。ばかにするにもほどがある(正直なところ、そっちのほうが気に食わなかった)。

「天使とやりあうならこの兵隊どもを使えよ。わざわざおれたちなんかスカウトする必要ないだろ」

 減らず口担当のおれとしては、わかっていても思わず言いたくなったので言った。神前さんとしては、答えるざるをえなくなる。

「天使には魔法でなければ対抗できませんので……当方としても、訓練でどうとでもなることであれば、そうしたのですが」

 おれを見ろ。どうとでもなったぞ。

 狐に殺されかけて、強化魔法ぐらいは習得できた。割に合わなかったが。

「なんにせよ、あなたがたを野ばなしにしておくわけにはいかないのです」

「首輪をつけられないのなら、鉄格子で囲うよりないってわけか」

 認めよう。この男はそこまで理不尽なことをしているわけではない。だれだって制御不能な力は恐ろしいし、しかるべきポストの人間がそれをなんとかしたいと考えたとき、このぐらいのことはするだろう。はいそうですかと従う義理はないというだけだ。

 しかし、いまの会話ではっきりわかったこともある。政府はロードシップとQを天使と思っていない。英雄さんも、知っていることをすべて神前へ伝えてはいない。

 ということは、ロードシップたちはなにか、ちがう理由で追われているのだ。やっかいなことに。

「おまえらいったい、なにをやらかしたんだ?」

 ロードシップは肩をすくめた。

「なにもしてないのに社会秩序が壊れたんだよ」

「ほざけ」

 そうして軽口もたたき終わったので、おれたちは動いた。


 兵士たちは全身くまなく防護服に包まれており、衝撃系の攻撃ぐらいしか受けつけてくれそうにない。手にはアサルトライフル――おれたちを捕らえるのが目的であれば、非殺傷のゴムスタン弾あたりが装填されているのだろう。

 しかし囲んだのはまずかったのではないか。おれが呪文を唱えながらQの肩に触れ、安定の隠身魔法拡大で姿を消すと、やつらの銃口の先にはおたがいの味方がいて、コンマ数秒のまごつきが発生した。

 ロードシップはその隙を見のがさなかった。図体に似つかわしくない軽業めいた身のこなしで、兵士どうしの頭をかち合わせ、足を絡めとり、スタン弾で同士討ちをさせ、変幻自在にかきまわしていく。天使の光など使うまでもないわけだ。いまいましいまでに頼もしい。

 姿が消えているのをいいことに、おれも手近な兵からライフルを奪って一斉射した。扱い慣れない武器だが、さすがにこの至近距離なら当てることはできる。ゴム弾の衝撃が兵をうち倒すのを横目に、おれはそばでしゃがみこんでいた女医の白衣をひっつかみ、かのじょの姿も隠した。まず最大の脅威である英雄さんから距離をとらなければならない。だが、やつはそれより速く動いていた。

 が、英雄さんの目標はおれではなくボルバだった。懐から拳銃を抜こうとしてアイアンサイトが服にひっかかり、四苦八苦しているところを腕をねじりあげ、とりおさえたのだ。というかあいかわらず役に立っていないな、もと同僚。


 ボルバを見捨てて逃げるならいまのうちだが、さて、しかしどこへ逃げるんだ?


 世界じゅうを敵には回せない、とおれはさっき考えたばかりだった。立ち向かえないなら、逃げるしかない。

 どこまで逃げるんだ? 地の果てまでか?

 すでに、いまいるここが逃げたあげくの地の果てのはずじゃないのか。

『はず』で人生は回らない。おととい、思い知っただろうに。


 やはりこの場をこのままほうってはおけない。おれは消えたままのQと女医を部屋の隅へ避難させると、できるだけ囮となれるよう、姿を現した。

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