1-5 保護者だ

 保護者だ。やっと現れてくれたか。

 おれは安堵したが、その思考が現実逃避であることもよくわかっていた。まともな保護者が窓から飛びこんでくるわけもない。

 この診療所は不法な医療行為に従事しているので、表玄関にはそれなりの防犯設備がある。それをわかっていて、窓を叩き破って入ってきたのだ。

 おそらくは――Qを確実に捕らえるために。

 ロードシップと名乗ったコート姿のその男は、ハンドインポケットで悠然と、だが長身にふさわしいストライドでずかずかと近づいてきて、あっという間におれたちの目前まで歩むと、立ち止まった。

「回収の時間だ。もうじゅうぶんだろ」

「いやいや」

 おれの背後で、激しく首を振る音が聴こえたような気がした。

「この子の身内さんか。おれとしては、ぜひ穏便に引きとってもらいたいところなんだが」

「おまえはだれだ。その娘のなんだ」

 もっともな疑問だった。

「いまはだれでもないし、この娘のなんでもない」

「そうか」

 スムーズにやりとりが成立してしまった。

 もしかして争う理由はまったくないのではないか、という希望的観測が脳裏をよぎったが、

「さっき回収って言った? どっか研究施設のひとか、さもなきゃ」

「知る必要はない」

 知られたくないらしい。

 やはり、Qとご同類の魔人のたぐいか。

 いや。

 さっき推察した、かのじょの正体がほんとうに『そう』であるならば、もっとやっかいな状況ということになる。


 おれたちが死にものぐるいで獲得した魔法技術は、なんのためだったか。

『やつら』に対抗するための力であったはずの魔法は、戦いが膠着して以来、すっかり弱体化しているという話だ。

 Qがやつらの一員だとするなら、見たこともない魔法を操るでたらめな強さもつじつまが合うし、この浅黒い男も同等の力があるとしたら、おれの自己流魔法ていどでは対抗しようがないわけだ。

「どいて、おとなしくその娘を渡せ」

 断る理由は、まったくなかった。


「だんいん」

 おれの背後で怯えるこの声を、無視できるとしたらだが。

「だんいん、ちょっとまって」


「……ちょっと待ってやる」

「ほう」

 ぴくりと、浅黒いロードシップ氏の眉間が険しくなった。ポケットに入れていた両手を出し、ぎざぎざの歯をむき出しにして笑った。

「やる気なのか」

「どうかな……」

 やつとおれのあいだに、数歩ほどの距離もない。しばしの沈黙。じぶんの額を汗が流れ落ちる、なんともいえないいやな感触がした。

「団員さん、団員さん」

 そういえば女医もいるんだった。

「あんたまで団員呼ばわりするな」

「外でやってくれっす」

 ごもっともな話だが、そんな余裕はない。

 ちょっと待てと、言われたのだ。

 そのちょっとは、それほど長い時間ではなかった。

「もういいよ」

 おれが体をかわしたそのとき、魔法少女は、どこから出現させたのか、すでにその手に武器をつがえていた。

 右手に矢を。

 左手には、弓。

「団」でさんざん見た、かのじょの恐るべき得物。


「まじかる」

 ねぼけた目と声で、

「あろーう」

 凶悪なまでの至近距離から、かのじょはロードシップに向けて、その一撃を射ちはなった。

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