1-4 「魔法少女Q」

「魔法少女Q」

 女医はその自己紹介を眉ひとつ動かさず復唱し、メガネの位置をちょっと直すと、カルテにその名を書きこんだ。

「――さん、と」

 非合法医療とはいえ、いいのかそれで。

「へへへ」

『Q』はじぶんの頬を両手でくしゃくしゃやりつつ喜んでいる。

 嫌がらせでネーミングしたのに、本格的に気に入ってしまったらしい。

 診療所は静まりかえっていた。あいかわらず表の稼業としてはあまり繁盛していないようだ。

 女医は無関心きわまりない調子で、

「はい、それできょうは? 魔法痕の治療っすか?」

 おれはうなずいた。

「むちゃくちゃな威力の魔法をいろんな種類使ってたから、反動もものすごいはずだ。背中に後光ハロー現象が出てるのがいちばん目立つんで、診てやってくれ」

「んー」

 女医はひとしきりQの背中や全身をためつすがめつしていたが、椅子に座りなおすと、

「なんか、だいじょぶそうっすけど」

 ほんとうにどうでもよさそうに言った。

「おう、げんき」

 Qも手をしゅびっと挙げてアピールする。

「元気はだいじだよ、うんうん」

 とくにだいじそうでなくうなずく女医。

 元気。そうなのか?

「だっておまえ背中がきついんじゃなかったか」

「ん」

 首肯。

「どっちなんだよ」

「げんき、ちゃんとなってる」

 そう言って背を向け、親指でぐっと肩のうしろ辺りを示す。

 やはりぼんやりとした光が視えるようなのだが。

「この光はなんなんだ」

 女医に訊ねた。まさかおれにしか視えてないということはないだろうな、と思ったが、

「ああ、それはハローじゃなくて擬態。違和感がわかるひとって珍しいと思うっす」

 そこはちゃんとあるようだ。後光じゃなかったのか。

「擬態?」

「うん。そこにあるもんを光学的にごまかしてるだけっす。触ってみては」

 半信半疑で、おれはゆっくり背中の空間に触れた。

「こしょばい」

 Qがくすぐったさに身をよじるのをよそに、おれは愕然とした。たしかにそこに、感触がある。

 羽根……か?

「まじかよ」

 ほんとうにこれが羽根で、それを他人に視えないよう偽装しているとするなら、こいつは魔法少女どころか、本物の亜人類ということなのではないか。

 魔法生物には、そういう種類がある。牙、爪、角、多肢などの異形を持った人間や獣が、そうと知られないために、特殊な能力で姿のちがいを隠すのだ。

 それがこいつのばあい、光学操作ということは――

 光を使える、羽の生えた、人間に近い姿の亜種といえば、

「それっておまえ……」


 背後で、ガラスの割れるけたたましい音がした。

 ふり向くと、窓を破って飛びこんできたそいつは、ゆっくりと立ちあがりながらこちらへ歩いてくる。

「見つけたぞ」

 長身痩躯だが筋肉質の男だった。精悍な顔だちに赤銅色の肌、淡桃色の長髪。いちど見たら忘れられない美丈夫だ。

「がたっ」

 口でそう言いながらQが椅子から立ちあがり、おれの陰に隠れる。

「ろーさん」

「ロードシップと呼べ」

 男が訂正するのと、

「つぎからは入り口から入ってっす」

 女医が指摘するのが、ほぼ同時だった。

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