1-3 「団員Aさん」

「団員Aさん」

 かつておれをそう呼んだのは、おれのような悪党を敵にまわすことに血道を上げる、まばゆいばかりの『英雄さん』。

 名前もやたらと強そうだった。カタナだかユウキだかなんだか、忘れてしまったが。

 いまにして思えば、妥当すぎる呼ばれようだと思う。この世のなかが物語なら、主人公になるのはああいうやつだし、おれは名もないひとりの悪者だろう。

 もとをただせば、おれがやつに向けて、

「名乗るほどじゃない。一介の要領のいい暴力団員だよ」

 と自己紹介したからだが。

 厳密には暴力団と呼ぶべき組織じゃなかったが、どのみち『団』はすでに存在しない。いまのおれは、ただの根なし草Aということになる。


「おお、だんいん、ふくきたから、やっとでかけられたな」


 魔法少女を名乗るこいつが、おれを『だんいん』と呼ぶのを赦しているのは、こいつと知りあった時点ではまだ『団』は存在していたからというのがひとつ。

 もうひとつは単純に、こいつに本名を教えたくないのだ。


「だんいんーだんいんー」


 こんな眠たげな目で無防備にひょこひょこついてくる銀髪幼女に、名前を連呼されてみろ。目立つことこの上ないし、情も移ってしまうかもしれない。

 おれはモグリの魔法療法なんて稼業をやっているから面倒見がいいと思われがちだが、正直なところ、人間を相手にするのは老若男女の分け隔てなくごめんこうむりたい。身内だろうと、他人だろうと。

 魔法少女さまは、他人ではないが身内でもなかった。おれたちに協力を強いられ、英雄さんとの戦いで傷ついたところを、おれがなりゆきで助けたわけだ。

「どこいくの?」

「おまえもやっと自由に動けるようになってきたし、ちゃんとした医者に診てもらったほうがいいと思ってな」

「ちゃんとしたよ?」

「おれを指さすな。しょせん我流だ」

「がりゅう、すごいな」

 そう言って、おいっちに、と屈伸運動を始めた。もともと治癒力を高めた『設計』の肉体なのだろう。手当てと静養で身体の傷は癒えたが、こいつが戦闘時に使っていた魔法は、おれも知らないものが多すぎる。精神にどんな影響が出ているかわかったもんではない。もうすぐ10歳ほどになろうかという年齢にしてはあどけなさすぎるこの性格は、もとからだと思うが。

 さっさと専門家に押しつけてしまいたい。

「おまえの満足は関係ない。病院につてがあるから、そこでしっかり呪いを抜いてもらえ」

 呪いとか呪詛返しとか呼ばれる、魔法の反動現象。おれができるのは重ねがけによる応急処置だけだ。

「ふーん」

 とことこ先を歩いていく小さな背中、肩甲骨あたりに、うっすらと光がぼやけている。

『後光』と俗称される魔法斑の一種。こいつが素肌にオーバーオールといった服装で背中を出したがるのは、おそらくこれが原因だ。背中がふさがっていると、息苦しくてしかたないらしい。

「おい、あんまり勝手に先に行くなよ」


「おい、とか、おまえ、とかより、なまえよべば? だんいん」


 クリティカルなところを突いてきやがった。

「おまえなんかおまえでたくさんだ。どうしても呼ばれたいなら、なぜなにと質問ばっかりしやがるから、Qだ」

 おれがAだからちょうどいい、と自嘲的な気分になったが、それは口にしない。

「きゅー……へへへ」

 なんで両手でじぶんの頬をなでさすりながら喜んでるのか、理解しがたいが……。

 すくなくとも名前を呼びあう仲になるのは、まっぴらだ。

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