1-6 マジック・ミサイル

 魔法箭マジック・ミサイル

 目標をどこまでも追い、確実に急所を射貫く、中位攻撃魔法。

 数十年の熟練か、人生を捨てるほどの修練か、はたまた社会に不適合なほどの才能を必要とする以上、子どもの身で習得するにはムリのある技術だが、それをあの自称魔法少女がやすやすと使いこなす姿は、いくたびか目にしてきた。

 ファンシーなデザインの弓矢を虚空から出現させてそいつをひきしぼって放つというやや特殊な行程が、それを可能にさせているのかもしれない。

 おれを目隠しに使うことで、その予備動作をロードシップに見せないまま、矢はおそろしい勢いでやつの顔面に襲いかかった。


 その矢を、ロードシップは顔につきささる寸前で無造作にキャッチした。


「おれには通じないとわかっているだろ」

 ため息をつくと、矢を床へ投げ捨てて、ロードシップは腕を水平にふるい、おれを払いのけるように殴りとばした。

 派手に音を立てて、おれは背中から机に激突し、机ごと転倒した。

「ぐあっ」

 積まれていた書類がはでに空中を舞い、おれの身体にふりかかる。

 強烈な一撃だ。おれもとっさに受け身をとりはしたが、力の差は歴然としていた。鍛えかたもちがうが、魔法による強化もされているようだ。あまり自己強化をしたことのないおれでは、分が悪すぎる。

 はっきりいって、打つ手なし。

 Qは後ずさって逃げようとしたようだったが、足がもつれてしりもちをついた。弓は持ったままだが、態勢的に矢の第2射は望めないだろう。

「待て、あんた」

 打つ手はないが、口先の出る幕だ。

「まだなにかあるのか」

 めんどうそうにロードシップは、もはやこちらを見もせずに言った。おれもやつの顔を見ている余裕はなかった。

「さっきから気になっていたんだ。ロードシップってそれ、名前らしくないよな。階級だろう?」

「そうだ」

「人間の軍隊なんかの階級じゃない。かつて人間がずっと戦ってきた、例の連中の。しかも4番めぐらいにえらいやつ」

「そうだな」

「その子も、そうなのか」

 おれのことばにロードシップは答えず、Qはうつむいた。

「天使、なのか」

 ロードシップは答えるかわりに手の先へ光の束を集中させていき、無防備な魔法少女に向ける。さすが神の使者、魔法陣は必要ないらしい。

「しばらく動けなくなってもらう。心配するな。目が醒めたときは天界だ」

 おれはもう眼中にないようだ。くやしいが、的確な判断だ。

「あの……外で……」

 女医はまだ言っている。じっさい、あの光が発射されたら、この診療所ぐらいはふっとびそうだ。無事なのは天使ぐらいだろう。

 次元がちがった。やつも、そしてQも。おれは驚きとともに、それを見ていた。


 床に捨てられていた矢が、再度ひとりでにロードシップへ狙いを定めるのを。


 ふたたび矢は鋭い音を立て、こんどこそロードシップの背中からつき刺さった。

「ぐ……! が……! あ……!」

 その矢はただの矢ではなかった。おれも効果は見たことがある。射られたものは外傷こそないが、精神力を根こそぎ奪われるらしく、数日は意識不明となる。

「にげて、てんしにはあんまりきかない」

 Qが言ったとおり、ロードシップは動きこそ鈍っているものの、ふたたびかのじょを捕らえようと、消えかけた光を手に集中させる。

「やば」

 女医が緊張感なく叫び、

「待てよ!」

 おれもなけなしの魔法を準備していたが間にあいそうになく、

「きゅううううううっ」

 Qは背中の擬態を解き、そこにを広げた。

 肩甲骨の内側あたりに小さく折りたたまれていた白い翼は、瞬時に身体の何倍もの面積となり、かのじょとロードシップだけを繭のように包む。

「やめろっっ」

 閃光が、白い繭のようになった翼のなかでなお眩しく輝き――

 美しい、この世のなによりも軽い物質でできているかのような羽根が、現実離れしてゆっくりとあたりに飛び散った。

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