&27 腕の中の眠り姫

 異世界に来て2日目となる朝。昨晩と同じく、自分の部屋から2階下の食堂で朝食をタクと一緒に頂く。メニューは、野菜のスープとサラダにロールパンのような形のパン。お肉としては、まんまスクランブルエッグなんだが、それと一緒に薄切りに置かれたものが5枚ほど盛られていた。

 準備をしてくれたメイドさんに食べ方を聞いてみたところ自由だと。この材料的にはスープ以外はサンドイッチにした方がおいしいかな。

 パンの上側から真ん中に切れ込みを作り、サラダに掛けるようだった薄茶色いソースを塗っていく。ソースを最初に塗る理由は、パンだったらソースがみ込みやすいので、極力こぼさなくてすむといういう利点があるから。もっと思ってしまえば、サラダやその他を入れた後に掛けると、ソースとそれらとの接地面がパンに塗る時と比べて小さくなって、表面張力の掛かりにくさからこぼれてしまうということがあるからとか、一回に含む量でソースを多くとってしまうとか……。まぁ、結局のところ、工夫だ。

 次に、葉物系野菜を入れていき、スライス肉、スクランブルエッグというようにする。そうして、できたところでハムっと。


 ……?


 このソース、柑橘かんきつ系の果実で作っているのかな。ちょっとした酸っぱさがアクセントになっていておいしい。

 昨日までの食事といい、僕たちが食べることのできる食材が多いこの世界。所々で似ている部分があることから、料理の分野としては自分が持っている知識が生かせそうだ。

 もぐもぐと作ったサンドイッチを頬張りながら食べる一方、そうやって考え事をしていると、ふと思ったことがあった。


「ねぇ、タク。聞きたいことがあるンダけど」

「んん? ちょっと待ってくれよ」


 タクの方を向いて喋りかけてみると、横では先程の僕と同じようにクッキング中だった。しかし作っていたのは、横側からスライスしたパンの間空間へ「葉物野菜→スライス肉→スクランブルエッグ」を2セット施したバーガーだった。背丈がそれなりにあるところ、もうすぐ作業が終わるが、盛るのが大変だったろうなと思ってしまう。


「……よしっと、完成だ。っんで、どうかしたか? これはやらないぞ」

「わかっているよ。聞きたいことは別。これからどうしようかっていうこと」

「……突然だな」

「さっきまでサンドイッチを作っていて、こっちの世界の食事も今後作ってみたいなって思っちゃったンダけど、それはそれとして、今後の行動方針はどうしようかなって気づいた訳で」


 現状のところは、最初にこの世界へ来た夜のうちの話し合いで、魔統まとうを元も世界へ帰るために使うネクテージに貯めないといけないというところまで確認して話を終えていた。よって、その後の方針はどうしよっかという状態。

 タクも持とうとしていたバーガーの手を一回拭いて、考えるように腕を組む。


「そうだなぁ。魔統を貯めないといけないっていうことは理解していたけどよ。確か、量としては20%だったか」

「創始階級の400人にやってもらって貯まる量ダね。たダ、昨日の夜の話からダと、創始階級の人は22人しか居ないようダし。全員に集まってもらって毎日注いでもらって……18かな」

「おまけに、リーネが貯めるために使ったっていう、ゲット? んみたいなものを使うとなると、1掛かるんだろ? どちらにしても無理ゲーとしか思えないんだが」

「そうダね。他にいい方法があればすがりたいもンダけど、考えられることはないし。……そこで、もし、今後そのいい方法が見つかると仮定して考えたいンダ」

「んなるほどな。見つかるかどうかはミジンコ並みのパーセントにしか思えないが、確かにそれまでのことを考えると、暇になりそうだな」


 本来なら、帰る方法をがむしゃらになって探していないといけないかもしれないが、詰んでいる状態では保留しかない。どこかでポロっと話が出てくれば別なのだが、今はそのようなことがなさそうだ。そこで重要となるのは、ここから何をやるか。これは、どれだけ帰る方法をかき集めれるかということにも直結してくる。

 情報が欲しくば、まずは歩け。動かないとわからないことも多い。


「そこで、僕から提案なンダけど。……この城にこもっているダけじゃなくて、もう少し知見を広める必要があると思うンダ」

「まあそうだろうな。その結果でいい方向に転ぶかもしれないし」

「でしょ? もしかしたら、この国と接している隣国とかに頭のいいスーパーおじいちゃんがいたり、僕たちと同じような境遇きょうぐうの人がいるかも……どうしたの?」


 僕が提案話の本題を進めようと話すと、タクが険しい顔になっていった。彼は「いや」と短く言って、組んでいた腕を解くと椅子の背もたれに倒れ掛かった。


「外に出て探そうって言いたいんだろ? そうやって探していれば、まぁ確かに、早く帰る方法が見つかるかもしれないけどよ―――」


 そこで、言い淀まれた。


「ン? そこに、何か問題があった?」

「いや、これを言うこと自体がフラグになりそうで怖いんだけどな。俺たちって、この世界の情勢をよく知らないわけじゃないか」


 「まあそうだね」と答える。事実、魔統についてといくつ国が存在しているかということしか学習していない。


「そこでだ。外に出て何かをするってなれば、トラブルに巻き込まれる率が上昇しねぇか? 場合によっては、どっかの国同士の中が悪くて、タイミング悪くそこにポイっと入っちゃったみたいなことになれば、この世界の土になるしかねぇ」

「ポイって……。そンなこと起こるなンてないでしょ」

「おいおい、お前は学習してこなかったのか? 異世界もんの小説とか漫画を読んでいれば、行きました~出しゃばって行動してみました~波乱万丈はらんばんじょうな生活がスタートです的なもんが多かっただろ!」


 タクが姿勢を起こして勢いよく言ってくるので、いやいやと手を振って否定する。


「物語なンダから、現状の僕たちに起こるっていう確率は数パーセントでしょ」

「数パーセントって言ったな。……その数パーセントのために朽ち果てるのだけは嫌だからな! まだ、〔俺、この子と結婚するんだから戦う〕て・き・な! 良い出会いがあったら考えなくもないが」

「それこそ死亡フラグでしょ」


 そして、がやがやともめ始めてしまった。これはそうだ、それは違うと喧嘩ではないが、言い合ってしまう。しかし、話してうちにもタクの言うことはもっともであって、自分たちで何かをやっていこうというにはリスクが高すぎる。そして、動くという理由でも曖昧過ぎるので、途方に暮れる可能性だってある。


 そのうち、各々が引き際をどこにしようかという状態になる。いや、自分の意見も少しは正しいって思っているからね。

 その時、ドアがゆっくりと開いた。


「も、もう、限界です。8時間ほどの睡眠を希望したいです」

「ダメですよ。12時から領官りょうかん会議と食事会が予定に入っているのですから。寝るとしたら、2時間ほどで」


 声で判断できたが、前に垂れる姿勢で髪も前に垂らしながら入場してくるリーネと、シャキッとして後ろを歩くニナリンゼだった。いま聞いた通りなら、眠そうなんだろうなと思えてくるが、姿勢といい髪型からも、ザ・貞子さだこ姉さんにしか見えてこないリーネ。いや、ニナリンゼが後ろにいることで、連行されてきた貞子姉さんか。

 そんなリーネは、ニナリンゼからのお告げを聞かされて、あらがうためにニナリンゼの方を向いて話そうとする。そんな時に髪の間から見えた顔と言ったら、目元の濃いクマと血の色が引いた頬。


 ……。


「2時間って! 予定があるんだったら、早く寝かしてくださいよ!!!」

「すみません。昨夜の陛下の言葉を聞いて、つい火が入ってしまいまして。予定のことは、部屋を出てすぐに思い出したところです」

「あ、悪魔です。私のところに天使ではなく、魔王が降臨ですか! やってられますか~!!!」


 リーネは涙目になりながら、上を向いて叫ぶ。

 あぁ。昨日はあの流れで徹夜だったのか。ニナリンゼの性格からは、逃がされはしないだろうとは思っていたけど。

 ご愁傷さまという意味で苦笑いの顔を彼女に送る。それに比べてタクは、関わるといいことが無いと小さく呟いて、自分のバーガーに手をかける行動をとっていた。おい、僕をほかってみげるなよ。

 親友の戦線離脱に少し視線を取られた後、しょうがないなと思いながら先行きを見守ろうとした時だった。上を向いていたリーネ顔がこちらを、口を詰むんで観てきた。

 目はまだうるうるとしている。……え?

 何かをすごく訴えたいという視線が突き刺さってくるのですが。

 そんなヤバめの予想がフワッと思い浮かんだ時、それは的中する。


「うぅっ……ハル~!」


 カタカタと走り出すと、こちらに勢いよくやってきて、座っている僕に強烈きょうれつなタックルをしてきた。


「ちょっ!?」


 彼女を正面からお腹上あたりでキャッチしたせいか、そのままバランスを崩して2人一緒に床へ落ちて行ってしまう。そして、背中からのダイビング+リーネの重みで心臓に大きな圧迫がきた。


「ゴホッ!」


 痙攣けいれんしたからか、咳が出てしまった。あとちょっと落ち方が悪かったら、頭を打っていたところだ。……びっくりしたぁ。

 一部始終を見ていたタクとニナリンゼが大丈夫かと近づいてきてくれる。直ぐに上体を起こして、「僕は大丈夫だよ」とだけ言う。心拍はバクバクのままだけど。


「リーネ、は……大丈夫?」


 タクたちから自分の腕の中にいるリーネへ視線を落として見る。


「……スヤァ……」


 ……。そこには、目を瞑って、寝息を立てる少女だけだった。

 そんな彼女を見て、今でもバクバクしている鼓動が、より早くなった。見下ろしているからもあるが、自分の腕の……腕の中に可愛い女の子が気持ちよさそうに寝ているのだ。彼女を支えるために腰あたりへ手を回しているが、その感触と言ったらふんわりとしていて。徹夜をしたというのに、いい香りもしてくる。

 っく! その顔は反則級だとしか。この状態だと、もし他に誰もいなかったらキスをしてしまいそうだ。……ただ、横から苦しい視線が一つ向かってくる。

 わかったわかった。静かにしような。

 タクに向けて人差し指でシーっとやる。そして、小声でニナリンゼに話し掛ける。


「少し寝かせてあげましょう。リーネの部屋へ連れていけばいいですか?」

「……本当に陛下ったら。申し訳ありません、よろしくお願いいたします」


 確認が取れたことから、寝ているリーネを起こさないように持ち上げ、立ち上がる。衝撃をもらった時と比べて、彼女がとても軽く感じた。


(女の子ってこんなに軽いのか)


 これまで、歳近い子を抱きかかえるなんてことが無かったので、とても新鮮な感じだ。スヤスヤと気持ちのよさそうな寝息が、なんとなく微笑ましい。

 そして、ニナリンゼが先頭してくれて、運ぶことにした。タクには朝食がまだ残っていたため、「少し行ってくるから、食べてて」と短く伝えた。その時の顔といったら。

 ……これは運なんだよ、タク。今は僕のイベントタイムだ。


 食事場を出る時、バーガーの前でハンカチを咥えながら引っ張って、「悔しい!」というようにやっているがいた。そんなネタ、いらないから。 

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