&28 議会に潜む可愛い『まじゅう』

 いくつもの机が並べられ、付随する椅子群はある方向に向けられる。それぞれの椅子には男女が入交じり、どの服装も高級感を漂わせるものだった。隣の席の者と会話を弾ませ、またはいくつかの資料らしきものに目を通して渋い顔をする彼らは、定例の時間になってなる鐘の音で静まり返る。


「フィオリーネ・ノリアント国王のご到着!」


 椅子それぞれが向かう方向の大きな扉が開き始める。横に並んで歩けば20人はいけるだろうという大きさだ。そんな扉の先、一人だけが凛々しく立つ。扉が開き終わると歩き出し、履いているヒールの地面となす音を響かせる。そして、扉の開く先にある一つの席まで回ると、一呼吸おいて右腕を前に出す。

 その顔は、国王の風格だと言い聞かせるようなもの。


「これより、今年度のノリアント国評議領官りょうかん議会を執り行う! 良き分かり合いをもって議会を行うことで、民への恩恵があることを期待する」


 その一声で拍手が起こる。そして、止み終わる前に国王は座り、国王補佐によって今日から3日間に及ぶ議会の流れが説明されていく。話によると、初日である今日は今年度の国土内についての報告会、明日は来年度の予算決議会、最終日の明後日は賞与しょうよが行われるそうで。

 司会を務める補佐が一通り言い終えると、そのままの流れで報告会が行われる。


「こう見ると圧巻だな。何人いるんだよ。見た感じ、200人以上は居るだろうけどさ」

「リーネの話ダと、各地方の領主プラス官僚を交えた会議って言っていたから、こうなるよね」


 今現在僕たちがいるのは、報告会が行われている議会堂の室内上部通路。普段は、天井から下げる物の足場や掃除などに使われて、今日みたいな日は近衛の人たちで警備されている。リーネの取り計らいでここに居させてもらっている。

 この議会堂は城の横に隣接していて、どこかの教会のように、ビルにして4階ほどの高さが抜けている構造となっている。そして、城に一番近い側にリーネが座る席。そこを中心として領主官僚たちの席が設けられている。

 彼らが入場する前、いわゆるリーネが寝ていた間、僕とタクはすることが無くて暇だったので、ニナリンゼに聞いて準備を手伝っていた。準備というのは全員が使う机と椅子で、どれも材料として使われているのは高級品、質も申し分なさそうなものだ。移動可能となっていて、よく地区にある公民館のように同じ堂内の収納スペースに仕舞ってあった。取り付けには、机と椅子それぞれの底面に飛び出ている星形の柱を床につけられた星形のマークに押し付けるとマークが沈んで柱が刺さるという仕組みだ。星形の理由としては、机などを置いていない時に、人の体重でマークが沈まないようにするためだそうで。


「リーネのお父さんは居ないようダね」

「娘に仕事を継いで引退したって言っていたし、居る必要がないだろ。リーネがああやってしっかり仕事してるんだからさ」


 報告から起こる要望に一つ一つ答えている彼女の顔は真剣で、いつものようなゆるゆるの顔は何処へやらである。


「それより、ステージ裾を見てみろよ」

「ん? 何かあるの?」


 タクに促されるようにリーネの座る席に近い方の端、タクの言うステージの裾の部分に視線を向けてみる。そこにはウミーリルが立っていた。しかし、ただ立っているのではない。


「……なに、あの強烈きょうれつな威圧感」

「知るかよ。あんな形相になるほどのことを俺たちはしていないだろ。レディーの逆鱗げきりんほど触れちゃいけないものはねぇし、そんな勇気もねぇ」


 そうだよね。市場でのリーネといい、顔に現れるようであるなら、危険信号を超えるものは居なさそうだけど。そんな時、昨日一緒に食事をした男の近衛さんが警備のために近くを通りかかったので聞いてみることとした。

 質問してみると、しょうがないだろと苦笑をする。


「2年前の時にな、議会の内容でフィオリーネ様の結婚相手について話をし始めたバカ領主がいてな。話が勝手に進んでいって、最終手段かのように王座までプロポーズをしに出てきたやつがいたんだ。当時まで俺たち近衛はこの上場と堂側通路、入り口に立っているだけで、その時は奴が前にたどり着く前に留めることが出来なかったんだ。隊長は一連のことを自分が足りなかったせいだと言って、それ以降、同じようなことが起こらないようにとああやって居るという訳だ」

「ということは、王座の後ろに立っている近衛の方々も?」

「そうだ。何人出てこようが、押し返すための戦力みたいなもんだな」

「でもな……あの顔ってそれだけか? もっと深い意味がありそうなんだが」


 タクがあり得ないだろという顔でぼやくと、先程と同じように男の近衛さんが苦笑する。


「察しがいいというか、駄々洩れというか。……ここだけの内緒だが、隊長はフィオリーネ様が小さいころから城に入っていてな、よく姉のような立場でお傍にいたんだ。だからだろうか、変な虫が近づいてくるようならという面がある」


 おう……聞かなければよかった。

 もしかしたら、市場に行った時も本当はあんな顔をされていたかもと考えると汗が止まらなくなる。

 近衛さんに聞こえないように、タクへ声を飛ばす。


「タク、また気を付けないといけないことが増えちゃったンダけど」

「いやいや、そんなことないだろ」


 僕が心配をしていても、タクは特にそんなとことはないと平気そうな顔をしている。

 何がそんなに自信を与えているんだ。


「可愛い・好きっていう気持ちがあれば、そんなこと関係ないだろ? 勇気を出さなくても突撃一択」

「はいはい。大変お強い勇者様ダこと」


 そんな勇気を僕も欲しいものだ。振り絞ってみろと言われても、絞るものがないから無理だと言ってしまう。

 さて、ウミーリルの状態について大体把握が終わったところで、議会の内容へ耳を戻すことにした。

 現在話されている内容は隣国と繋がる街道の整地嘆願たんがんがされている。商人や冒険者の往来が増えたために道の一部拡張と、いくつかの街の宿を増やすべきだというもの。関係する複数の領主の意見をまとめられたものらしく、代表者が言い終えると、関連する大臣がそれについて意見を言い、官僚数名でつくる調査団の派遣内容で決めるということにリーネが落ち着かせた。聞いただけではわからないということだ。この世界には、デジカメやプロジェクターみたいなものが無いので、そうするしかないだろ。


「これはいつまで続くンですか?」


 まだタクの横にいた男の近衛さんにこの後の予定を聞いてみる。


「今年は案件が多いようなので、2回の休息を挟んであと7時間は続くかと」


 彼は警備の関連から大枠の時間を言われているそうだ。

 ただ、それを聞いた後、一抹の不安を抱く。


「今の時間はどのくらいですか?」

「12時35分くらいです」

「それで7時間か。……休息時間中、リーネは他の部屋で休むのか?」

「いえ、近くの近衛が飲み物を持っていき、そこまで出た内容について大臣たちと調整をしていきます」

「「……やばいな」」

「は? どういうことでしょうか??」


 彼は今の流れで理解できるまでリーネのことを知っていないようだった。いや、時間的に解りそうなもんだけど。

 今から7時間後というと20時近く。それまで間食が無しなのだ。


が始まる―――」


 僕たちの緊張する7時間が始まろうとしていた。

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