アイテム整理と人形

「ダンジョンへ行きたいと思います!」


 唐突にヒイラがそう言う。一葉は、そんなヒイラに一瞬だけ視線を向けるが、すぐにアイテムの整理を再開する。


「無視すんなコラ!」


 ヒイラが近くの棚に積んである本の中の一冊を掴み、一葉目掛けて投擲した。

 本が一葉の後頭部に直撃し、地面に落ちると真っ黒に塗りつぶされたページが開き、そこから細い腕のような黒い触手が数本伸びる。


『我が眠りを妨げる愚か者は誰…』

「はいはい、おやすみなさい」


 本からそこまで声が聞こえて来たところで、一葉が本を閉じる。

 だが、本はバタバタと震え、中から何かが出ようとしているのは一目瞭然だった。

 そんなヤバそうな事態にも関わらず、一葉は紐を取り出すと、その本をまるで古新聞を縛るように他の本と纏めてしまう。


「ありゃ、少しはみ出しちゃってるよ…」


 戻り遅れて、本の端からぷらりと垂れ下がっている一本の触手を見て一葉はそう呟くと、先程紐を切ったハサミでバタンとそれを断ち切る。

 地面に落ちた触手はしばらく、ビチビチと跳ね回った後、動かなくなった。

 綺麗に纏まった本を見て、一葉は満足げに頷くと、呆然としていたヒイラに向き直る。


「師匠〜、人に物を投げちゃダメですよ。痛いんですから」

「いや、そんなことよりさっきのアレはなんだよ!?なんでそんなに冷静なの!?」


 ハッとして、詰め寄ってくるヒイラをなだめながら、一葉は答える。


「ただの特殊戦闘用のアイテムですよ。ほら【冥王の書】ってやつ」

「危険度SSのアイテムじゃん!?なんでその辺に放置してんの!バカなの?」

「まあまあ、そんなに怒らないで。これあげますから」


 ヘラヘラと笑いながら一葉が何かをヒイラに手渡す。

 手渡された物を見ると、兵士をモチーフとした人形のようだった。


「…なにこれ?」

「昔、知り合いの木工職プレイヤーとオリジナルアイテムを作った時の余りです」

「へえ…それにしても良く出来てるね」


 ヒイラが感心している通り、この兵士人形は顔の造形から、服の質感に至るまで、細部までしっかりと作り込まれていたのだ。


「なんだか、見てたら愛着が湧いてきそうだよ」

「それは良かった。あ、そうそう、実はこの人形には隠し機能が搭載されてるんですよ」


 そう言って一葉が人形の上着を脱がせると、人形の背中にスライド式のスイッチが現れた。

 一葉からスイッチを入れるように促されたヒイラがスイッチを入れる。すると─


『ガタガタガタガタガタガタ─』

「ぴぃっ!?」


 突然人形が右手を垂直に挙げたかと思うと、「目がこぼれ落ちるんじゃないか」という程に目を見開き、全身を震わせ始めた。

 その震え方は尋常ではなく、挙げた腕などの所為で痙攣けいれんしている人の様に見えてしまう。


「何これ気持ち悪っ!?」

「やっぱり精巧な人形ってだけじゃつまらないじゃないですか。だから、加えてみました」

「…あー、そんなことよりもこれ止められないの?」


 キラッという擬音が付きそうな声のトーンで言う一葉を、げんなりとした目で見たヒイラは、そう尋ねた。


「そのスイッチをスライドさせれば止まりますが、実は」

「スライドさせればいいんだね」

「あ、話は最後まで─」


 一葉の制止も虚しく、ヒイラがスイッチを元に戻した次の瞬間。


『ピィギェアアアアア!』


 悲痛な断末魔の叫びをあげた人形の頭部がみるみる膨らみ、湿った音を立てて破裂する。

 全身赤い液にまみれながら、ショックで固まっているヒイラに一葉は「やれやれ」と肩をすくめる。


「スイッチをスライドさせた上で、ボタンを押し込まないといけないって言おうとしたのに…師匠はもう少し人の話をしっかり聴くことを覚えた方がいいですよ」


 いつもならここで何か文句を言うヒイラだが、何も言わずぎこちない動きで回れ右をすると、そのまま部屋の出口まで歩いていく。

 扉を開いてボソッと「風呂、入ってくる」と言うとそのまま出て行ってしまった。


「やれやれ、さてと、アイテム整理の続きを…あっ」


 一葉の目の前には、壁や床、天井に至るまでベッタリと貼り付いた赤色のゲル状物質まみれの部屋だった。


「…掃除するかな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る