22, 諦めてください

「うわ! 久しぶりだ!」

 こういう煌びやかな部屋も、料理も。

「頼むから黙って席についてくれ」

「あはは、ごめん。久しぶりなもんだからさ。こういう御飯」

 大きなテーブルの席に着く。


「あれ、スザンナ」

 後ろから声がかかる。振り向くとフェレスの弟、クシスが目を丸くして立っていた。

「クシスっ」

「兄様、何処に行ってたのかと思ったら、スザンナを探しに行ってたんですか?」

「や、アンジェリカに誘われて腕試しを見てきただけだ」

「……で、そのアンは?」

「先に帰った」

「……あ、そうですか」

 クシスは呆れた顔で笑った。そして私を見る。

「久しぶりですね」

「うん。久しぶりだ。元気だったか?」

「えぇ。スザンナは?」

「元気だよ」

「それは良かった」

 にっこりとクシスは笑った。

「綺麗になりましたね」

「え?」

「随分女らしくなったと思いますよ」

「……本当に?」

 ぐるんっと身体の向きを変えてフェレスを見た。

「なんで俺に訊く」

「本当に?」

 じゃあクシスに訊く。

「本当じゃなかったら言ってませんよ」

「うわーっ、そんなこと言われたの初めてだっ。ありがとう」

 にこっと笑うと、クシスは微笑み返してくれた。

「中身は変わってないですけどね」

「あははっ、それは言われると思った」



 夕餉はやはり多すぎて食べ切れなかった。クシス曰く、もともと全部食べさせるためにこんなに出されているわけじゃないらしい。だから残していいものだと言った。私はそうは思わなかったけど。(もったいないから。)


「スザンナ」


 ひとり満腹になったお腹をさすっていたら、クシスが私を呼んだ。

「ん?」

「もう帰ってしまいますか?」

「あ、うん。そろそろ、帰ろうかな。こっから家まで結構遠いんだ。今から出ても12時はこえそうだ」

「ちょっとだけいいですか?」

「? うん」


 クシスに手を引かれて、私はテラスに出た。綺麗な星空が見えていた。


「スザンナ」

「うん」

「兄様のことが好きなんでしょう?」

 ストレートだった。

「……す、好きだよ」

 頷いた。

「愛してる?」

「あい……って」

 笑った。だけどクシスは真剣な目で見てきた。

「……残念ながらスザンナと兄様は結ばれないですよ」

「…………」


 コロンと心の奥で何かの音がした。


「知っての通り、兄様はアングランドファウスト家の嫡子だ。父上が亡くなられたら自動的に兄様に伯爵号が与えられるようになってます」

「うん」

「だから……結婚する相手も、多かれ少なかれもう決まってます」

「うん……。分かってるよ」


 それはずっと前に突きつけられた。


「諦めてください」

「うん。クシス。わざわざありがとう。兄さん思いだな。お前」

 私が微笑むと、クシスは顔をしかめた。

「……スザンナって……」

「ん?」

「毒がない」

「あははっ、なにそれ」

「普通こんなこと、3つも年下の関係ない奴に言われたら腹が立つでしょう」


 笑った。

 クシスが初めて表情を崩したのが、なんだか嬉しくて。


「立たないよ。だって、クシスはフェレスのことを考えて言ってるんだ。それくらいわかるよ」

「……ごめんなさい」

「なんで謝るの?」

「……本当は。こんな事、スザンナみたいな人に、言いたくなかった」

「いい。ありがとう。優しいな」


 クシスの頭を撫でた。猫っ毛だった。

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