23, 一緒にいて

「帰るのか?」

 部屋に戻ってきたフェレスに尋ねられ、頷いた。

「うん。帰るよ。やばい、このままじゃ帰っても五時間くらいしか寝れない」

「送ろう」

「いい、いい。 歩いて帰れる」

「だがここからバルガンまでは結構遠いだろ」

「うん、まぁ。でも大丈夫」

 フェレスは行こうとする私を通さなかった。

「泊まってけ」

「それは、出来ない」

「何故?」

「迷惑がかかるから」

「迷惑じゃない」

「こんなところで寝れない。目がちかちかする」

「じゃあ灯りを消せばいい」

 強情だった。ため息をつく。

「あのさぁ」

「スザンナ」

「なに」

「俺、明日、サリーナ・マハリンへ帰るんだ」

「あ、明日なんだ」

「だから今日くらい、一緒にいて」

「……なに? またおおっぴらに誘ってる?」

「そういう意味じゃない」

 あ、違うんだ。

「……わかった」

 そう言われてしまっては仕方なかった。諦めて、微笑んだ。

「しかたない、孤独な少年フェレス君のために私が一つ御伽噺でもしてあげましょう」

「そういうのは要らない」

「あははっ!」



 それから随分長い時間、フェレスが泊まっている部屋のテラスで星を見ながら話をした。


「じゃあ、生活には困ってないんだな」

「困ってないよ。そりゃ毎朝2時間弱かけてアルブまで出てくるのは大変だけど、運び屋のおっちゃんにであった時は乗せてもらえるし、大して苦しい思いしてない。おかげさまで」

「……それは良かった」

「フェレスは? もう変な賊に襲われるような事、一度もない?」

「最近はない。昔は何度かあったが」

「よかった。もう私を護衛にする必要がなくてっ」

「……スザンナ」

「うん?」

「俺の……。……護衛になってくれないか?」

「えぇ?」

 笑った。突拍子もない話だったから。

「また今のが信用おけない護衛なのか?」

「おいている。だけど……」

「フェレス」

 はっきりとした口調で彼の名を呼び、まっすぐにフェレスの顔を見る。

「私……多分、無理だ」

「無理?」

 頷く。

「フェレスの護衛……出来ない」

「……もう鈍ったのか?」

「そういうんじゃないよ」

 首を振って微笑んだ。

 そういうのではない。この先、心穏やかなまま傍にいる自信がなかった。

「……無理には言わない」

 フェレスはすんなりと諦めてくれた。

「ありがとう。だけど、また会おうなフェレス。今度こそちゃんと訪ねる」

「あぁ。俺もこの辺りに来る時は顔をみせるよ」

「私は大体、ピティの周辺の護衛か、腕だめしに出てるよ」

「腕試し……。そう言えば今日も出てたな」

「うん。賞金いいし」

「危ない」

「あ、なめてる? 私、武民だよ。生粋の」

「……あぁ。そうだった」


 フェレスと手を繋いで空を見た。いつか、墓の前でこうやって繋いでいたことを思い出す。


「フェレス」

「なに?」

「私いつも笑って生きるよ」

「あぁ。そうしてくれ」


 フェレスの事が、とても大切だと思った。

 悲しい事なんて無かったらいい。こんなに美しいんだから、世界は喜びで、笑顔で溢れていたらしい。


 だけどそんな願い裏腹に、アルブ戦争は起こった。

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