おまけ

隣のクラスの浅見くん

浅見くんはお友達が欲しい。


 中学三年の春、父親の仕事の都合で転校を余儀なくされた。元々転勤族だったから、その点は然程驚きもしなかった。――場所が鬼ヶ島ということを除けば。

 別に無人島でも、ライフラインに困るでもない。ただ僕の精神衛生上、この美男美女だらけの学校は大変生きにくい。僕は恵まれた容姿とは程遠い……とはいえ、極端に不細工とは思わない、けれども。

 とにかく、そんな僕のなけなしの自信を容赦なく打ち砕いていくくらいには傷ついていた。

 なんというか、普通の友人が欲しい。容姿を気にしなくて済むくらいには、普通の。

 そうして、悩みながらも、僕はついに高校二年の春を迎えた。

 新しくなったクラスはざわざわと騒がしい。

「ねーねー、あさみん」

 どこかのアニメキャラのような、ピンクの髪にツインテールの木崎きさきさんが僕の顔を覗きこんできた。彼女はいつも距離感が近くて困る。

 中学が三校。高校に至っては島に一校だけなので、就職を選ばない限りは見知った顔ぶれだったりする。ちなみに木崎さんは同じ中学を卒業している。

 僕が思いっきり顔を仰け反らせると、木崎さんは楽しそうに笑った。

「二年生も一緒だね、よろしくね」

 彼女も例外なく美形である。僕は頬が熱くなって、肯きつつも視線を逸らした。

「あのね、一組に転校生が来たんだって。三人も」

 転校生、ということは鬼ではない。僕は思わず席を立った。

 普通の人の子供が、鬼ヶ島に居なかった訳ではない。僕と同じクラスにも居たことはある。でも、大概この島に来る子と言うのは僕と同じ転勤族の親を持っている子がほとんどで、親の仕事の都合でこの島から去ってしまう。

 少しでも、普通の子と過ごしたい。

 ――そして僕の自尊心を、少しでも潤してくれ!!

 しかし、僕のその小さな小さな願いはすぐさま打ち砕かれた。

 一組の様子を、廊下からこっそりと窺う。見覚えのない人が居た。木崎さんの言う通り三人。

 そして、その容姿の美しさに絶句した。この鬼達の美男美女の群れの中でも、浮かずに溶け込んでいる。

 僕は尻尾を巻いて、自分のクラスに戻った。

「おかえり、あさみん」

「……ただいま」

「お友達になれそうだった?」

「いや、まあ……うん」

 そのはっきりしない返事で察したのか、木崎さんは品なくげらげらと笑う。

「んもー、そんなに自分の顔気にしなくていいじゃん」

 そう言えるのは、特に気にしないレベルの人間だからだと僕は思う。

 コンプレックスを抱えている人間というものは、誰がどう言おうが気になってしまうものだ。

「あたしだって、髪の毛ピンクより青がよかったよ? くっきーの青い髪綺麗だもん」

「……いや、その割りに染めたりしないよね。君」

「えへへ、ばれた?」

 でもさ、と彼女が続けるから、そちらに眼を向ける。

「あたし、あさみんの三白眼好きだよ」

 そして、カーテンのごとく、僕の視界を覆うように伸ばしていた前髪を、彼女は捲り上げた。

「かっこいーじゃん」

 ああ、彼女の笑顔が眩しい。

「こうやって前髪切っちゃえばいいんだよ! ついでに眼鏡やめてコンタクトにしちゃうとかさ!」

「やめろ!もう恥ずかしいから下ろしてくれ!」

「えー、このくらいで恥ずかしい?」

「恥ずかしいわ!!」

「あさみんシャイだなぁ」

 そしてまたげらげらと笑う。

 僕の中で、彼女の「かっこいい」がこだまして止まない。

 下ろされた前髪で、また眼を覆う。

 ――かっこいーじゃん

 それは、本心なのだろうか。


 そして、放課後。僕は赤い屋根が目印の美容室の扉を開けた。

「いらっしゃいませ……あら、浅見あさみくん」

「こんにちは、今でも大丈夫ですか?」

「いいわよ、カット?」

「はい」

 お客さんと鏡越しに眼が合う。

 ――あれ、この人。転校生の。

「じゃあ、浅見くんはこっちに」

「はい」

 とりあえず、ゲームでもしてるかな。スマホのアプリゲームを立ち上げると、ミュートにし忘れていて、音が少し漏れた。

「ねぇ、君もそれやってんの?」

「え?」

 隣で、転校生くんが声をかけてきたのだと気付いて、急に緊張した。

「あ、このゲーム?」

「そうそう、オレもやってるんだよね。君、隣のクラスの子でしょ? よければフレ交換してよ」

 染めてるのか、ラップでぐるぐる巻きにされた頭を寄せてきた。

 僕のこと知ってるのか。意外だなぁ。

 フレンド交換をして、彼のレベルに驚く。そうとうやりこんでいるようだ。

「他にもなにかゲームしてる?」

「スマホは他に三つ。据え置き機だったら――」

 タイトルを挙げていくと、彼はテンションが上がって乗ってきてくれた。



 次の日。僕は眼の前を遮るものを失ったせいで、周りの人たちと目が合って戸惑う。恥ずかしいことこの上ない。

「さっぱりしたね、あさみん!!」

 え。あ。うん。

 木崎さんの反応が物足りなくて、拗ねていると、教室の入り口でエンジくんが僕に手を振っていた。

「あれ? いつの間にお友達になったの?」

「まーね」

 エンジくんに歩み寄る僕を、木崎さんが見送ってくれた。

 普通の友達を求めるよりも、僕がイケメンに近付けたらいいのだろうか。

 エンジくんの横顔を盗み見て、一瞬でもそう思った僕がアホだったと感じた。




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