エピローグ

 むかし、むかし、あるところにおじいさんとおばあさんがおりました。

 おじいさんは芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に。川で洗濯をしていると大きな桃が流れてきて――


 そんな英雄譚を好きになれなかった。

 オレはどう足掻いても悪役の子孫だからだ。

 それでも、英雄の子孫も楽ではないらしいと知って、世界が少しだけ変わって見えた。


 十二月二十四日。

 世間は異国の神様の誕生祭の前日で、東京駅も例に漏れずカップルで賑わっている。

 子供の頃以来に来た東京は、相変わらず雑多な人々のお陰で、オレの身体的特徴は目立たない。

 隣に立つ兄貴を見やると、曇りがかって薄暗い空を見上げていた。

 約束の時間まで余裕があったので、兄貴の実母であり、オレにとってのもう一人の母親のお墓参りに行ってきたところだった。

 兄貴の母親は、見た目によらず豪快に笑う人だった。その笑顔の眩しさは、今でもはっきり覚えている。

 兄貴と東京に来て、お墓参りに行くのは、一つの夢だった。

 これからエンジに合流して、桃子に会いに行く予定になっている。

「あのぉ、すみません。少しだけお時間よろしいですか? わたくし、こういう者ですが……」

 見知らぬオッサンに名刺を差し出された。東京に来てからすでに六度目だ。

 その度に、兄貴がクスクスと笑っている。見てないで助けてくれてもいいだろうが。

「お、大手事務所じゃん。やるね、鬼藤ちゃん」

 横から入ってきた人物の、真っ赤な後頭部に見覚えがある。

「遅ぇんだよ、アホ猿」

 相変わらず調子が良くて、嫌になる。

 ――でもまあ、元気そう、だな。

「ごめんねー。ちょっとツレがごねちゃって」

 ツレ?

 エンジの後ろに佇む男の姿に、オレは思わず「げっ」と声を漏らした。

「ご無沙汰しています。その説はお世話になりました」

 颯爽と桃子の兄が現れた。品のいい笑顔が、とんでもなく胡散臭い。兄貴に右手を差し出すと、兄貴も右手で応えた。

 そして、がっちり合わさった二人の手がみるみる色を変えていく。

 なにしてんだ……?

「先生、お元気そうで何よりです」

「お兄さんこそ」

「年上の貴方にお兄さん呼ばわりされるとは気持ち悪いですね」

「いずれそういう間柄になるかもしれないと思いまして」

 二人とも笑顔だが、腕が悲鳴を上げているのがわかる。男二人が握手したまま動かないため、通行人がちらほらと見てくる。

「あのさぁ、なに桃子のいないとこで何無駄なことやってんの」

 エンジに引き離されて、二人はやっと観衆に気付いたらしい。咳払いのタイミングは一緒だった。

 あの学園祭の日、兄貴はこの桃之助のせいで自分のクビを差し出すつもりだった。

 停職期間、兄貴の代わりに教頭が担任を務めることになったのだが、毎回「木藤先生の男気には叶わないなぁ」などと発言をして、子細をご丁寧に語り出す。

 ――どうか、これ以上事が大きくならないようにしてください。全責任は、取ります。

 兄貴が人とのハーフであることを、快く思ってない鬼は未だにいる。教師の中にもいるだろう。

 説得するために土下座までしたというのだから、恐れ入る。

 それでも、味方も増えたらしい。

 ――朴念仁でも、仕事をちゃんとしてたら認めて貰えるもんだ。

 停職について問い詰めたら、兄貴からそんな一言が返ってきた。ったく、暢気だよな。

 でも、警察沙汰にならなくて済んだのは、兄貴のその暢気さのお陰だろう。

「桃子はちょっとパーティーにお呼ばれしてて、そっちに顔出してるんだ。もう少ししたら来るからさ」

 ぞろぞろと男四人で歩き出す。

 今回の東京旅行は桃子と桃之助の家に泊めて貰うことになっている。

 桃之助とは違って、両親は鬼に対して偏見はない……というか、興味津々のようだ。兄貴と桃子が懇意にしていると聞いたときから、会いたいと言っていたらしい。

「なぁ、千和と留衣は元気にしてる?」

 エンジが隣で歩くと、つい数ヵ月前クラスメイトだった感覚が戻ってくる。

「元気もなにも、鏡花とうるせぇのなんの。……留衣さんはたまに趣味で和菓子作って持ってくる」

「留衣が和菓子?」

「凝り性なんだって言ってたけどな。さすがに動物の形の大福はビビった」

「へぇー……元気なら何よりだ」

 エンジも転校してきたときは、他人なんてどうでも良さげだったのに。人って変わるもんだな。

 他人の視線から見たら、オレも変わっていってるかも知れない。

 歩いて数分、途中リムジンに乗せてもらって、高級住宅街の中でも一際目立つ家にたどり着いた。

 ――どこかのテーマパークの城じゃねぇか。

 クリスマスということもあって、装飾もそれっぽい。

「木藤先生」

 家に入るなり、桃之助は頭を下げた。

「私はここで失礼します。……その説はご恩情ありがとうございました。桃子のこと、よろしくお願いします」

 桃之助のことを初めて見たのは、学園祭のときだった。鬼のことを毛嫌いしているし、嫌な人間だと思うと同時に、自分のことと重なって見えた。

 代々伝わる家に押し潰されされる感覚は、嫌でもよくわかる。もし、オレにも桃子のような姉妹が居たら、シスコンになってただろうか。……いや、それはないな。

 桃之助と入れ代わるような形で桃子が慌てて二階から降りてきた。パーティードレスを着てると、まあそれなりに見える。

 ――つうか、こっちの学校に来ても金髪のままかよ。

 エンジも黒に染め直していないから、想定できたことではあるが。

「お迎えに行けなくてごめんなさい。二人とも元気そうだね」

「……お前もな」

 固まってる兄貴を小突くと、本日二度目の咳払いをした。

 ……この二人、形的には付き合っているんだよな?

 二人して照れているのか、視線も逸らしてモジモジしている。キモチワリィ。 

 そういえば、今時文通しているらしい。時代を逆行している理由がオレには皆目検討もつかない。

「……エンジ、ゲーセンでも行かね?」

「お、いいね。新しいやつやってみたいのがあってさ――」

 断じて気を使った訳じゃない。

 エンジと二人で寒空を歩く。粉雪がハラハラと舞い降りてきた。

「あーあ。ホワイトクリスマスだね」

「寒ィ」

「鬼藤ちゃん筋肉ダルマだもんね」

「うっせぇな、猿」


 エンジの赤い髪も、オレの金髪金眼も、カラフルな景色に混ざっている。


 ――個人的な恨みならまだしも、先祖の恨みを遠い過去から拾い集めて、あたかも自身の傷のように背負ってまで正義面するのはどうかと思ってな。


 今なら、あの兄貴の言葉が少しだけ理解できる。

 この人混みの中で、鬼だの桃太郎だのを気にする人間なんていない。

 今は目先のクリスマスに夢中なのだ。


「あのー、わたくし、こういう者ですが」

「もう勘弁してくれ」



 斯くて、桃太郎の子孫は現代の鬼ヶ島で大切な宝物を持ち帰ったらしい。

 桃子との出会いは鬼側にも大きな影響を及ぼした。それがよかったのかどうかはわからない。

 けれど、オレは今のこの気持ちを忘れないだろうと思う。

 いつか、こうしたオレの思いも、誰かに語り継がれて物語の一部になるのだろうか。


 とりあえず、この話は「めでたしめでたし」で締めくくろうと思う。




終。



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