第1話 3


 慌しく編入準備が過ぎて、オレは一つ気付いたことがある。本来三年になるはずだったオレは、護衛のためにもう一度二年生をやらされる羽目になっていた。

 ――真面目に授業受けてたオレの努力はどこへ……? ああ、単位ちゃん……。

 涙目になっているオレの横を、元凶の方が颯爽と通り過ぎていく。

 ブレザーの制服を着崩していて、ルーズソックス。おまけに先日がっつり染めた金髪。まるで一昔前のギャルだ。

 ほんの数週間前まで、膝丈のセーラー服に黒髪を靡かせて、まるで清楚のモデルでいたのが嘘のよう。

 玄関を開けると、キジの運転する黒塗りの車が横付けされていた。

 犬とお姫さんが後部座席に乗り込むのを見届けて、オレも助手席に乗る。

「着いたら先に職員室に行きますよ」

 お姫さんは車による送迎も気に入らないようで、返事もなく窓の外へ視線を向けている。

 ため息をつくと、後ろで犬が気まずそうに肩を竦ませた。


 鬼ヶ島高校。島に唯一ある市立高校だ。

 一学年が二クラスあり、全校生徒は三百人程度。ある程度危険人物は抑えているつもりだが、誰がどういう反応を起こすかなんて想像がつかない。

 ニュースのインタビューで、そんな人に見えなかったと聞くのはあながち間違いではなく、実際優しかった人物が罪を犯したのだろうと思う。表裏一体ってやつ?

 職員室への道すがら、好奇の目に晒される。

 島の中で、小中高と同じ顔ぶれだから、知らぬ顔はすぐに判断つくんだろうな。

 先日からの、お姫さんの暴走によるイメチェンに、ショックを受けていたけど、こちらを見ている生徒には赤い髪も青い髪も居る。お姫さんと違って、地毛かもしれないが――ここの学校では金髪はさほど目立たないかもしれない。

 ――すこしばかり、ほっとする。

 しかしまあ、鬼は美人が多いとも聞くが本当のようだ。お姫さんに並ぶとも劣らない子がそこかしこに居る。正直、眼福ではある。深く深く傷ついているオレへの唯一の慰めだ。

 先を行く二人が足を止めた。

 犬がノックをして、声をかける。

「失礼しまーす」

 教員も半数以上鬼だ。オレと犬に警戒の色が強まる。お姫さんに一歩近寄った。

「ああ、転校生の三人か」

 迎えてくれたのは、担任の木藤先生。

 ひょろりとした体躯に、天パでぼさぼさの黒髪、おまけにだいぶ厚いレンズの黒縁眼鏡。

 この人も鬼の血を継いでいるらしいが、背は高いものの容姿は冴えない。――皺の寄った白衣といい、あまり頼りにならなそうだ。

「これからよろしくお願いします」

 オレがへらりと笑うと、先生はオレの頭を二回、優しく叩いた。

「……あまり気負わずにな」

 なにか見透かされているのかと息を呑む。けれど、担任はそれ以上はなにも踏み込んできそうになかった。

 なぁんだ、適当に先生ぶったことを言っただけ?

「君たちはオレの担当する一組の編入になる。色々とあるだろうが、それも楽しんでくれたらいいと思う」

 楽しむ、ね。オレからしたら不安しかないけどなぁ。――ちらっと盗み見たお姫さんは島に着て初めての穏やかな笑みを浮かべていた。

 もしかして、担任がタイプとか言わないよね?


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