第34話 紅茶には甘いミルクを入れるとかいうどうでもいいこと

 

 ナトは絶対的防御力を持つシーズに対して、対策を講じたと宣言した。

「ナト君、それはありえないね。キミが僕に勝てる要素は何処にある。いや、ここにいる冒険者の誰が僕を討つことができると言うんだ?」

「勿論、ボクに決まっているだろう?」

「くだらない駆け引きはやめたまえ。キミの目論見は単なる時間稼ぎ」

「これは駆け引きでも何でもない。もうボクはあなたに勝てるんだ」

「じゃあ、見せろ。見せてみろ。今すぐに!」

「手のうちを見せるバーカが何処にいる」

 余裕シャクシャクの態度。これは完全に手を打っている。

 しかしながら、これはブラフの可能性がある。からめ手使いでもあるナトが仕掛けた単なる時間稼ぎかもしれない。

「カードぐらいチラ見せしてもいいじゃないか――」

「だから駆け引きなんてしないと言ってるんだ、このくず鉄が。脳みそまで青錆で粉まで付いてるのか」

 シーズはイラッと額にシワを寄せる。

「わかった。……仲間だ。仲間が僕の宝神具、バルムンクを探しているんだ」

 ナトの口はわずかに動く。

「そうだ! キミの仲間がバルムンクを探しているんだ! 後はキミが時間稼ぎをすることで、目的は達成する! そうだろう!」

 ナトは口を動かせて――

「違うよ」

 ――と言った。

「いいや、違わない。誰だ! 誰だ! 誰だ!」

 ブナ、アカシア、アダン、アコウ、オーナー、そしてラッカ。

「そうだ! あの商人! あの商人だ! やっぱり、あの商人、僕をダマした――」

「ワイならここにいるで」

 商人ビロウはひょっことカオを出す。

「……おい、なんでいるんだ?」

「なんでって言われても」

「さっきいなかったじゃないか」

「ああ、それな」

 ビロウは少し身体を動かす。そこには自分の両手をバケツに入れるマングローブの姿があった。

「マングローブはんのヤケドをなんとかしようとバケツを探して持ってきたんや。どうやらこの魔法は普通の回復魔法とかじゃ治りそうじゃないみたいでな」

「……じゃあ、なんだよ。誰が僕のバルムンクを取りに行っているんだ?」

「そういうのならあなたが取りに行けばいいだろう?」

「……そうしない」

「そうしない?」

「逃げる気だろう? キミは」

「逃げる? どうして?」

「キミを逃がせばもう二度と僕に明日はやってこない! だから、この場で倒す!」

 シーズは駆け足でナトの懐にもぐりこむ。

 しかし、ナトはその攻撃を読み切り、シーズが仕掛けたパンチを受け流し、そのまま腹部にひざげりを入れる。

「もうやめなよ」

「うるさい」

「見破られています」

「うるさい!」

 シーズはナトを引き離す。

「ナト君、キミがどれだけガンバろうとしても僕には勝てない」

「それは違う。あなたの攻撃をもう読み切れる。現にボクはあなたの攻撃を受け流して、カウンターも仕掛けている。能力値には差があると思うけど、スキルのないあなたの攻撃は全然怖くない」

 ナトの言うとおり、シーズには攻撃スキルが何一つない。冒険者協会が彼を持ち上げるばかりで、技の一つも教えなかったからである。

「いや、僕には魔法無効の特性が――」

 ナトはここぞとばかりにニヤッとする。

「ボクは冒険家だ。そんなこと至極どうでもいい」

「あのね、僕は魔法無効なんだよ。だからキミにとってそれは――」

「だから! ボクにとってそんなこと! 紅茶を飲むときはミルクを入れて飲みますとかいう自己紹介をしているみたいなもので、すごくどうでもいい。だって、ボク、使から」

「あ」

 シーズは真顔になった。

「優越感なんてそんなもの、人生に味付けする甘いミルクみたいなものさ」

 

 ナトは満足げにシーズを挑発すると、彼は鼻息を荒くする。

「調子に乗るな!」

 おもいっきり振り上げた拳でナトの頭を叩き込もうとする。

 ――一本背負いだろう? そのとき、僕は踏ん張ってキミの喉を締め上げる。

 シーズはそう策を用意し、拳を振りおろす。

 しかし、ナトはそれを避け、彼の背後に回った。

 そのとき、シーズの身体にまたしても異変が起きた。

 ――気持ちが悪い。

 宝神具バルムンクとの“契約”を破ったときと同じようなあのけたたましい気持ち悪さが身体の中を駆け巡る。

 ――いや、待て。これは。

 彼の身体が回っているもの。すなわちそれは魔物の成分。その魔物の成分がグルグルと駆け足で回るということは何か恐怖を感じている。

 ――もしかして、これはアカシアが言っていた、心臓がどうにかなりそうな距離?

 やっとわかってきた。魔物達は死を感じ取っている。だから怯え、怖がり、戦慄せんりつしている。

 ――じゃあ、僕の身体はこの少年に恐怖を感じていたということか!

 疑問が氷解する。今まで有利だと思っていたが、実のところ、自分は劣勢であり、自分の中にある魔物の成分達は逃げろと言っていた。

 いや、言っていたのだ。魔物の声は、逃げろ、と言っていた。しかし、それは空耳だと思い込み、無視していた。

 それに応えていればよかった。それに従っていていればよかった。

 完全に戦いの見切りを間違えた。シーズはナトに追い込まれていたことにやっと気づいたのであった。


「ナト君、ヒドイや。そんなのを隠し持っていたなんて」

「別に隠していたわけじゃない」

「きっとキミは僕を手玉に取ったことで優越感を覚えているんだろうね」

「また、それですか。すごくどうでもいい」

「どうでもよくない。それが僕を構成する確かなモノなんだから」

「そんなくだらないもので自分を作り上げないでください。優越感を自分の個性だと勘違いしないで」

「わかっている。わかっている。けどね、それがなくなったら僕に何が残るんだ? イヤなヤツどころか、誰かの操り人形以下じゃないか! 僕は!」

「シーズ……」

「僕だってホントの冒険がしたかった! でもね、冒険者と冒険する旅に、金の話をして、何一つ楽しいことがなかった。僕が冒険について話をすると、何夢見ているんだとか言われて笑われたよ。――どうして、僕が話す冒険について皆、笑っているのかわからなかったけど、冒険者協会に拾われたときにやっと気づいたんだ。――この世界はもうすでに誰かに食い荒らされた何もない世界だと教えられた時は、もう僕が望んでいるおとぎ話な物語はないと知ったよ。――勘違いしていたんだ、僕は! 冒険する場所はまだ用意されているって。でも、冒険は終わっていたんだ。とっくの昔にね」

 シーズは悔しそうなカオを浮かべる。

「羨ましかったんだ。キミの存在が。誰とも楽しく話ができて、そのヒトの考えを引き出せるキミの存在がステキに思えた。この残念過ぎる世界でも冒険の心を持っているキミに嫉妬を覚えて、その心を黒く塗り潰したかった」

「残念です。あなたがそれだけのために、ボクとケンカしたなんて」

「僕だってそう思うよ。たったそれだけのために、あらゆるものを失ったのだからね」

「元々なかったのものに気づいただけでしょう」

「言ってくれるよ、キミは。僕は純粋なのに?」

「純粋?」

「そうだよ。僕が願う単純な夢はたった一つ、英雄だよ。人間らしく英雄になりたいそれだけだから」

「悪いけど、それは複雑すぎる」

 シーズは怒りのばかりに拳を突き出す。

「キミは! 僕を人間じゃないと言うのかぁあ!?」

 ナトはシーズの拳を受け止める。

「ちがう! 複雑だから人間なんだよ!!」

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