第33話 偶像とかいう自分でありたいもの


 商人のビロウはあることを思い出していた。

「神の声が聞こえるとか自慢したら友だちがいなくなるでしょう?」

 ナトがシーズと戦う間際に伝えたこと、神の声についてナトが気づいたことはこれだった。


 ――身体の中に魔物がいた。その魔物を友だちだと思いこんでいたワケやな。

 ビロウは神の声を正体が魔物だとわかると、シーズと視線を合わすのができなくなる。

 ――今までイキっていたヤツの力の正体があんなものやったなんて。

 ビロウは今までのシーズの言動とその裏側にあったものを照らし合わす。

 自分が魔物だということに気づきたくなかった。だから、相手を傷つける言葉を口にして、本当の自分をごまかしていた。優越感を浸りたかったのはそれと距離を取りたかったからか……。それとも……。

 考えれば考えるほど、いたたまれない自分に気づく。

「なんかもうあわれやな……」

 ビロウは湧きあがる怒りよりも胸に沈む悲しい気持ちの方が強くなっていた。


 まほうつかいアコウが唱えた識別魔法はシーズが魔物であることを示した。身体に発光する赤の輝きがその証拠であった。

 真実を知ったシーズは上目づかいで空を見る。完全に放心状態であった。

「あぁあぁぁぁ……」

 身体の胸の奥底にあるアメジストに似た黒紫が鈍く光る。

「さて、ここで良いじゃろう」

 アコウは識別魔法の詠唱を止める。シーズは糸の切れたマリオネットのごとく倒れ込み、四つん這いになる。

「ナトよ、お主が戦おうとしていたの冒険者シーズは冒険者協会の悪意そのもの。世間に知られてはならぬ隠し事をし続けてきた協会が生み出した、不祥事のカタマリじゃ」

 アコウは目を閉じ、シーズに申し訳ないと深く頭を下げた。

「その昔、冒険者協会は魔王と戦うためにありとあらゆる手段を探していた。その中の一つとして、古代文明の魔法遺産、合成強化を使うことになった」

「合成強化?」

「いわゆる合成術。レベル1の人間が魔王との戦いで戦えるように、手っ取り早くレベルマックスまで上げる禁忌魔法じゃ。――合成強化というのはある人間に強化素材を合成させ、経験値を短期間で与える考えから来ておる。ただ、その強化素材というのが生きている魔物だった。さすがに人間と人間を合成することはできなかったからの。しかも、同じ魔物と多く合成させれば、その魔物の特性を身につけることもできる。魔物の特性に苦しめられた人間にとって、これは画期的な方法だと思い、皆、喜んでいた」

「そんなの一部の人間だけですよ」

「そうじゃな。しかし、そんな禁術に等しい魔法にも一つ問題が出てきた」

「問題?」

「――魔物と合成強化した人間は身体から魔物の声が聞こえてくる」

「うぇー」

「魔物の声が聞こえるようになった合成強化人間は戦うこともできなくなり、罪の意識にとらわれるようになった。同族殺しではないか? 自分は人間ではないのか? と考えるようになり、合成強化人間は戦う意志を失って、戦場から逃げ出した」

「じゃあ、そんな合成術使えないじゃないですか?」

「いや、使える方法が一つだけあった」

「その一つというのは?」

「こども」

「こども?」

「そう、無垢なるこどもを魔物と合成強化させることで問題を解決しようとした」

「そんなの! ただでさえ道理に外れたことしているのに、こどもまで犠牲になるなんて!」

「あの時代はとかくおかしかった。魔王に勝つためには倫理や道理はかなぐり捨てていたからの。勝てば官軍、勝つことが全てという狂った空気が蔓延しとった」

「……でも、どうしてこどもだったんですか? こどもが魔物と合成強化させる理由は?」

「こどもなら魔物の声を“ともだち”だと考えた。イマジナリーフレンドとして頭の中に居る“おともだち”だと思い込むとある学者が言ったのじゃ。目論見はうまく行き、あるこどもはともだちの声、あるこどもはもうひとりのぼくの声、そして、あるこどもは神の声と、身体から聞こえてくる魔物の声をそう置き換えることに成功した」

「――成功でもなんでもない」

「そうじゃな……、成功でも何でもないな」

 アコウは遠い目をし、小さく頷いた。

「しかし、こどもたちは戦うことはなかった。魔王は倒され、邪龍は封印されたからの」

「よかった」

「いや、問題なのはそれからじゃ。なんせ、レベルマックスのこどもたちをどうするのか……。ここからまほうつかいギルドと冒険者協会で責任のなすりあいが始まった。彼らの処分をどうするかって」

「……どうなったんですか」

「石化された」

「石化……」

「元々合成強化されたのは身寄りのない孤児院のこどもたち。そんなこどもがいなくなっても誰一人困るものはいない」

「そんな……そんなこと」

「このときの冒険者協会の会長が言った言葉はこうじゃ。『彼らは凶悪な魔物を封印する器になってくれた。しかし、いつ彼らの身体から凶悪な魔物が出てくるかわからない。よって、彼らに石化魔法を施すことにする』」

「……ふざけている」

「ワシも強く抗議したが、その責任を取らされるカタチで冒険者協会の役員から解任されることとなった。なんせ、ワシが見つけた古代文明の合成術が原因でこうなったのだからの」

「……そうだったんですか」

「ワシがこうしてまほうつかいパーティーを組んでいるのは古代文明に眠る合成分解術を探しているからじゃ。もし見つかれば、石化を解いてもいいと冒険者協会と約束しておる。覚書もある。ワシが生きている間に少しでもできることをしておきたかったのじゃ」

 アコウのまほうつかいパーティーも静かに頷く。皆、アコウの考えを知っていたようだ。

「合成強化されたこどもたちは石化魔法を施されたが、その中には逃げ出せたこどももいた。その一人が、シーズじゃ」

「シーズさんが逃げ出せたのは魔法無効のおかげ?」

「そうじゃ。シーズはメタリック系モンスターとの強化合成によって、魔法無効の特性を手に入れた。そのおかげで石化魔法にかかることなく、孤児院から逃げることに成功した」

「皮肉ですね」

「その数ヶ月後か、冒険者協会に強化合成人間の生き残りがいたという連絡が入った。すでにシーズは冒険者ギルドでパーティーを組んでおり、冒険をしていた。そこで自分の中に聞こえる魔物の声を神の声と言い、多くの人間から関心をもたれた」

「……なんともいえません」

「それで慌てたのは冒険者協会じゃ。多くの人間に知れ渡っていたシーズを石化魔法を施すことができないと思った彼らは、彼を特別な存在に仕立てることにした。彼の言う神の声は本物だと認め、彼にある鉄のような身体は神からもらったものだと嘘をついた。その証拠として宝神具バルムンクを彼に渡し、信頼関係を結んだ。それで気分よくした彼は英雄になることを決め、多くの冒険の依頼をこなした。まあ、実際に依頼をこなしたのは冒険者協会から派遣された傭兵達じゃがな」

「わかってきました……、冒険者協会が彼を自由にしていたワケが、そして、彼が自分を英雄だと言っていた意味も」

 胸の奥からこみあげる透明な生き物がナトの心を叩く。

「どうじゃ、ナトよ。これでも彼と戦う気か」

「……戦う気なんて元々ありません。傷つける気も何もありません。ただ、彼の言う冒険という言葉が絶望に聞こえていて、それに怒りがわいて――」

「彼は見てきたのじゃ。冒険をおカネ儲けとして利用して、名声欲を満たす冒険者達を」

「……割り切ろうとしていたんですね。冒険はそういうものだと」

「ああ、そうじゃな。シーズにとって冒険というのは自分の存在を強く誇示できる舞台装置。自分を肯定できるステージに立っていたんじゃ」

 ナトは失意に満ちたシーズの後ろ姿を見る。

 ――レベルマックス、能力カンスト、魔法無効の宝神具使い。まさしく、最強チートの冒険者。

 しかし、そんな肩書きがものすごく哀れに見える。

 ――合成強化によって勝手に付与された力。宝神具バルムンクも彼の不信感を拭うための道具。

 そして、ナトは気づく――、


 ――彼には何もないと。


 彼が感じている失意の正体。

 自分の力の成分が魔物だったこと。

 神の声が魔物の声だったこと。

 神の声にウソをついていたのは冒険者協会であったこと。

 冒険者協会からもらった宝神具バルムンクは不信感を生み出さないためのもの。

 そんなウソつきの冒険者協会のために英雄になろうとしていた自分がいたこと。

 そして、自分には何もない。“何もない自分”に気づいたこと。

 

 失意感に襲われるのも無理もない。彼が手にしたものはすべて冒険者協会によって用意されたものであり、彼が手にしたものは何もない。

「……むごい」

 ナトは思わずそう言ってしまう。

「架空と虚実と魔物で塗り固められた哀れな生き物、それがシーズ。かりそめの強さを求め、この上ない優越感に浸って、自分を肯定していたのがコヤツの正体。そして、ここまで彼を増長させたのはワシのせいじゃ。ワシがいち早く彼に真実を告発すれば、こんなことにはならなかった」

「いえ、アコウさんがそういっても、すべてウソだと思いこんで、真実から距離を取っていたと思います」

「……そうかもしれぬな」

「今しかなかったと思います。きっと、今、今しかなかったと僕は思いますよ」


 失意の底に沈み込んでいたシーズはあることを思いついた。

「そうだ」

 シーズはゆっくりと頬肉を上げる。

「……ラッカ。……そう……ラッカだ」

 シーズはそっと立ち上がると、ゾンビのような歩みでラッカの方を向かっていく。

「シーズ! もう戦う理由はない! あなたは知っただろう! 冒険者協会の悪意を!!」

「だからどうした」

「だから?」

「ラッカを手に出来れば英雄になれる」

「英雄になって何をする!」

「潰しが効く」

「つぶし?」

「そうだ。冒険者協会の下で働けるんだよ。これってすごく嬉しいことじゃない」

「そこまでして冒険者協会に居たい理由ってなんだ!」

「そこしか僕は居られない。少なくともこの身体で居られる場所はここしかない」

「そんなこと……、そんなことは」

「ナト君、キミはホントに何も知らないんだね。悪意があろうとなかろうと、僕らは組織に所属しないと生きることが許されない。冒険者はそういう組織でできている。――幾ら悪意が知った所で、僕は何も変えられない。だったらどうする。決まっている。息が吸える場所まで自分を高めればいい」

「もうやめろよ……、幾ら上にあがった所であなたは何も変わらない。ただ息苦しいだけだ」

「変わるんだよ。変わるに決まっている」

「普通に生きていいだよ……、誰かに利用されなくても」

「利用されるから価値がある。自分という価値が見出されるにはその価値を組織に提供しなければならない。そう僕は“英雄”という価値を冒険者協会に差し出すことで、始めて僕は自分を手にすることができる」

 シーズはパンパンと両手を叩き、バカ笑いする。

「実に簡単じゃないか! “自分を手にする”ことはさ!!」


 シーズの言葉を否定するものはいなかった。彼はあまりにも悲哀で、どんな言葉を送っても無力だと思い、グッと唇を引き締める。

「僕のために悲しむのならラッカをくれ。僕のために思ってくれるのならラッカをくれ」

「できない」

「……これは僕を取り戻すための“冒険”だ。利益を産んでくれる特別な冒険だ」

「そんなのは冒険じゃない!」

「じゃあ、冒険って何だ?」

「……心」

「心?」

「心だよ。冒険というのは」

 シーズは背中をそって、笑い出す。

「ナト君、ホント、キミはヒトを笑わせるのが得意だね」

「本気だよ」

「黙れ。冒険は利益だ。利益を生み出すシステムだ。どんなものでも金銭的価値を付けてくれる」

「自分の存在価値もか」

「当たり前だろう。それが冒険なんだから」

「それなら失意で自分を見失ったりしない」

「黙れ」

「冒険は自分の心を見つけてくれる!」

「だぁまぁぁれぇぇぇ!!」

 シーズは一歩踏み出すとその姿を消し、まばたきの間でナトの目の前に現れる。ナトはシーズの攻撃が来ると読み、すかさず防御の構えを取る。が、わずかに出遅れる。

「遅い!!」

 シーズはナトの腕を向かって、パンチを繰り出す。

「クッ」

 読みが違えた。攻撃を受け止められない。

「僕と同じ痛み味わえ!」

 自分と同じようにひび割れの腕にしようと攻撃を仕掛けた。


 ところが、シーズが放ったパンチはその場で止まる。

「遅れたな、ナト」

 シーズの攻撃を受け止めたのはふとっちょのブナ。シーズに雇われていた元傭兵だ。

「ラッカちゃんの回復魔法はすごいね。ホント、骨身にしみた。ありがとな」

「それは本人に言ってよ」

「そういうの、兄貴にも言いたいもんじゃないか!」

 ブナはそう言うとシーズのパンチを弾き飛ばし、その場でとんとんとジャンプした。

「さて大将。やりますか?」

「無論、やるに決まっている」

「そうですか。なら、後ろに気いつけな」

 ブナに言われるがまま、シーズは後ろを向く。

「動くな」

 シーズの背中につきささる鋭利な刃。

「俺の槍は手元を狂わない」

 シーズの元傭兵アカシアが彼の背後を取る。

「シーズさん、悪いことは言わない。シーズさんはガチでガンバりゃどんな所でも生きていける。俺はそれを保証します」

「アカシア公の言うとおり、もっと自分を信じてやってくれや」

 アカシアにつづいて、ブナもシーズに声を欠ける。

「アカシア」

「なんですか?」

「やれ」

「は?」

「自慢の槍で僕の心臓を貫いてみせろ」

「は?」

「わかっているだろう? そんなことをしてもムダなことを」

「俺にそんな脅しは聞きませんが」

「やれ。やれ」

 アカシアは何度か逡巡し、そして覚悟を決める。

「化けないでくださいよ!」

 アカシアは自慢の槍でシーズの心臓を後ろから狙う。

 ところが、鋭利な刃が槍から弾き飛び、床の上でコロコロと転がった。

「ハハハ」

 アカシアの放った槍はわずかにシーズの背中を傷ついただけで、たいした傷を負わせていなかった。

「これもまた特性だよ」

 シーズはつまらなそうにアカシアをにらみつけると、アカシアはすばやく距離を取った。

「なんてやつだ! 俺の槍が効かないとは!」

「痛かった、すごくね。神の声はざわざわと言っていたよ」

 シーズは喜悦を浮かべながらアカシアの方を見る。

「ナト! この場は俺達が時間を稼ぐ。ラッカちゃんを連れて、早く逃げろ!」

 ブナはそう言って、武道の構えを取る。

「ナト君、交渉をしよう。キミが逃げたら一分ごとでここにいるヒトを一人ずつ殺していこう。決め方は……そうだね、僕と目があったヒトから殺していこう」

 シーズはそう言って、ナトを脅迫する。

「シーズは恐れている! 宝神具バルムンクがナトに見つかることを怖がっている! あれがナトの手に渡ったら終わりだからな!!」

 ブナの言葉に、シーズはニヤッと笑う。

「そうだね。でもね、ここで全員を始末すれば、怖くないよね」

 シーズの目は笑っていない。どうやら本気のようだ。

「まあ、教会に行って復活させてもらえばそれまでなんだけど、それまでの時間でラッカを冒険者協会に連れていけるよね」

 シーズはナトに詰め寄る。

「ナト君。キミは一人を捧げれば、冒険者ギルドの館にいる全員の安全を保証できる。でも、キミはそれを拒めば、全員の命を失う可能性がある。もっとも、教会で復活できるのだから交渉も何もないんだけど」

「どちらにしてもラッカを失う」

「そういうこと」

「でも、もう一つの選択肢があることをあなたは見落としている」

「もう一つ?」

「ボクがあなたに勝つこと」

「宝神具を探している時間なんてないよ」

「いや、そんなのは必要ない」

「必要ない?」

「あなたを倒す策はもう既に用意したよ」

 

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