第35話 魔物とかいう人間


 ナトはシーズが放った拳を勢い良く引っぱり、彼の身体を倒れさせる。その際、ナトは片足の靴裏をシーズの腹に入れて、彼の身体を浮き上げる。

「巴投げ」

 ナトはそういって、シーズを空中に投げた。シーズは何されたわからなかったが、投げ技を食らったことに気づく。空中に身投げされた彼は一回転し、仰向けの状態で倒れた。

「かっ、あぁああ!」

 バンと背中から床を打つ。受け身ができなかった。

「あ……あぁああ」

 別段、これと言ったダメージはない。

 ただ、なぜ、自分がその攻撃が読めなかったと思うと、シーズは自分を嫌悪したくなる。自分のことが情けないと思い始め、両目を腕で隠した。

 ――なんで気づかなかった。

 相手の攻撃を利用する戦法を取ることぐらいわかっていたはず、しかし、それができなかった。

 ――僕は何も気づかないのに、ナトはすべて気づいている。この差はなんだ。

 

 シーズの人生は利用される人生だった。誰かの利益のためにしぼり取られる不憫ふびんな人生だった。

 思い返す。シーズはミジメな人生を思い返す。石化魔法を施されたとき、大人に対する疑念を抱いた。何かウソついているという小さな疑問におかげで、石化魔法を無効化できた。しかし、それが彼の人生の転落になるとは、誰も思いもしなかった。

 ――神の声が聞こえる? 面白いやつだな。よし、みんなに教えてやれよ。

 気づけばよかった。冒険者が僕のことを変なヤツと思われていたことに。

 ――すげえな。敵の魔法を無効化できるのか。これは使えるな。

 気づけばよかった。冒険者が僕の身体を利用していたことに。

 ――いいか、シーズ。いいことを教えてやろう。相手とケンカするときにいちばん大事なことは自分が一番正しいと非を絶対認めないで、相手の悪い所をトコトン攻撃してやることだ。

 気づけばよかった。冒険者がカッコ悪いことを教えていたことを。

 ――シーズ。なんだそのケガ! オマエ、魔物だろう!

 気づけばよかった。僕が魔物だったことに。

 ――すまない。みんなオマエを怖がっているんだ。だからパーティーから外す。オマエは普通じゃないんだ。チートとかすごい力とかそういうものじゃない。これはヒトに見せたダメなヤツなんだ。 

 気づけばよかった。僕のために思ってくれた冒険者の言葉に。そこで冒険をやめていたら、もっと悲惨な人生を生きなくても良かった。


 しかし、シーズの人生は神があざ笑うかごとく、誰かにもてあそばれていく。

 ――シーズ様。私は冒険者協会の者です。あなたは神の声を聞くことができると知り、あなたを迎えに参りました。

 気づけばよかった。冒険者協会が僕を利用してきたことに。

 ――そのキズ。ああ、これは神の声を持つものだけに与えられる天使の力ですね。天使は鉄の兵だと聞きます。あなたにもその力があるのでしょう。

 気づけばよかった。やさしいウソに。

 ――エリクサーです。さあ、お飲みなさい。どうですか? 回復したでしょう? 薬草や回復魔法、自然治癒でも治せない身体でもこの魔法の秘薬は効きます。だって、あなたは天使の力を持つ選ばれた者ですから。

 気づけばよかった。適当なウソに。

 ――冒険者登録をしました。これからあなたは自分でパーティーを組むことができます。メンバーは冒険者協会が用意しました。いずれも凄腕です。勿論、あなた好みの女のコもいますよ。お好きなメンバーで冒険をしてください。

 気づけばよかった。できすぎたもてなしに。

 ――宝神具バルムンクです。冒険者協会はあなたを信じ、この大剣を授けます。大切に使ってください。

 気づけばよかった。宝神具が信用を作り上げる道具だったことに。

 ――冒険者ランクAAおめでとうございます。さっそくですが、これからあなたがランクSになるためのランクアップクエストについてお伝えします。『宝神具と宝神具使いを探すこと』。このクエストは他の冒険者と少々趣の違うクエストになっています。何年でも何十年でもかかるかもしれません。けれど、これはあなたにしかできないクエスト。宝神具使いであるあなただけに許されたクエストなのです。

 気づけばよかった。違和感あるクエストに。

 ――このランクアップクエストをこなせば、あなたは英雄になれます。冒険者協会はいつまでも待っていますよ。

 気づけばよかった。彼らが僕に英雄にさせる気などなかったことに。

 ……そう気づけばよかった。ありとあらゆる人間が僕にウソついて、利用して、真実に気づかせない状況を作り上げていたことを。

 そして、僕は乗せられて、人生の黄金期を迎えていたと優越感に浸っていた。


 ――さあ、冒険の始まりです。英雄になってください。


 ……英雄ってなんだよ。


 シーズはゆっくりと身体を起こした。

「でも、僕は“英雄”にすがりつくことしかできない」

 そっと立ち上がり、周囲を見渡す。

「ナト君……」

 シーズはナトがいないことに気づく。

「何処にいるのかな? 彼は」

 冒険者ギルドの館にいる冒険者にそれとなく聞く。しかし、誰一人教えない。

「いいよ、もう」

 それが今の自分の信用だとシーズは感づいた。

「どうせ、バルムンクを取りに行ってるんだろう? わかっているって」

 大きなひとりごとを言うも、誰も応えない。

「いるんだろう、いるんだろう、この館にいるんだろう!! この館から出た所を後ろから狙うんだろう! いいよ、やってくれよ! そういうのやってくれ!」

 シーズの大声は空に消えた。

「応えてくれよ!! 淋しいだろう!! こんだけ冒険者がいるのに一人なんて!! なんで僕は一人で話をしているんだよ!!」

 シーズは大げさに両手を広げて、見えない相手に話しかける。

 それを見て、たまりかねたのか、ナトは天井からシュッと着地した。

「まさか、天井にいたとはね」

「ええ」

 ナトは淡々と返事する。

「そんなに見たかったのか? 僕が困り果てる様子を」

「違います。あなたの倒すための準備を少々」

「ほざくなよ」

 シーズは瞬発的、ナトの喉笛を狙って腕を伸ばした。

 しかし、ナトは何かを手にしてその腕を弾かせ、身体を旋回させながらシーズに回転蹴りを食らわせる。

 回転蹴りを食らったシーズは横にずれつつ、ナトの手元に持っているモノを見る。そこにはラッカが手にしていたのは宝神具、賢者の杖であった。

「なるほど……、それが交渉の道具というわけか。でもナト君、僕はそれとラッカが欲しいんだ――」

「そういうのは終わりだって何度も言ってる」

「じゃあ、宝神具を壊すつもりなのか! 僕を英雄にさせないように!」

「だから終わりだって言ってる! 脳までメタリックにカタマって思考停止してるのか? あなたは!」

 シーズは酷くイラつく。

「絶対ここで倒してやる! ナト!!」

「ボクもだよ!」

 ナトは賢者の杖をかざす。

「一度見た魔法の記憶を鮮明に思い出させ、その記憶から術式を解き、魔法を使えるようにする異能力、“魔導覚醒”を持つ賢者の杖がボクの武器だ」

「ならば、忌々しい人生を送ってきたこの身体が持つ! 魔法を無効化するチート! “魔法無効”が僕の武器だ!」

 そして、二人は向かいあった。


「始まる前から決まっているよ。この勝負」

「さあ、どうだろうか。ボクの“気づき”に気づかなきゃ、あなたは終わるよ」

「“気づき”なんて必要ない。思いつけばいい。僕の“思いつき”でここまで来たんだから!」

「その“思いつき”のせいで、あなたは苦しんでいる」

「誰が苦しむか! キミこそ苦しいだろう! チートじみた力がないのに!」

「ボクは冒険家だ。スゴい武器とかチートなんて大したモノは持っていない。けれど、ボクには誰にも見えない、奪われない、ボクだけの武器がある」

「心とかふざけたこというなよ」

「ボクの言葉、奪わないでよ」

「そんな言葉ばかり並べるなよ! 心とかご託は十分なん――」

「その心に振り回されているのは何処の誰?」

 シーズは苦いカオを浮かべる。

「心が何をしてくれる! 心なんて苦しみしか産んでくれない!」

「あなたは心を冒険したことがない」

「なに……」

「ボクは心を冒険したい。何も心は人間だけじゃなく、自然や動物、植物とか精霊とかも持っている。自然の心が川や森を作り上げ、そこに入り込んだ動物らが生活することで精霊を生み出す。ボクは彼らと出会うことでその心に触れて、あれこれを考える。そう冒険というのは世界の心に触れることなんだ」

 ナトは呼吸を一度置く。

「――ボクは心の冒険者。ボクが冒険する理由はそれです」

「くだらない」

 シーズは一蹴する。

「くだらないすぎる! 心の冒険者とかパワーワード過ぎて笑ってしまう」

「笑っていいよ。好きなだけ笑ってよ。そのつもりで冒険者になったんだから」

「……やっぱり、僕はキミが嫌いだ」


 シーズは戦いの構えを取る。

「お互い一撃で決めよう。全力の決定打で」

「ええ」

 ナトは賢者の杖を手にし、口を動かす。詠唱の始まりだ。

 ――ナトはラッカの兄。つまり、まほうつかいの血筋を受け継いでいる。さあ、どんな魔法を使うんだ?

 シーズはナトが放つ魔法を無効化できると信じ切っている。

 そんなシーズの思惑を知らずに、ナトは詠唱を声にした。

「我に示せ、眼前の者の正体を」

 ナトが唱えたのは『識別魔法』、シーズが魔物であることを示した魔法だ。

「やっぱり! キミは! 僕を怒らせたいだけなんだね!!」 

 シーズは駆け出し、感情のまま、ナトに飛びつく。

「決定打があるって言って殺されたい! ふざけた自殺志願者! そうやって舐めプをしたいだけなんだな!! キミは!!」

 怒りに満ちたシーズはひび割れたその腕で、ナトの脳天をかち割ろうとする。

「ナト君! キミは愚かだ! ここはラッカの閃光魔法だった! もっとも僕には魔法は効かないが!」

使

「な!」

 ナトはゆっくりと身体をしゃがませる。

「でも、あなたは使と、

 そして、ナトは賢者の杖を大振りする。

「ボクが欲しかったのは、絶対に入れないといけない」

 ナトの記憶に写るアメジスト。赤色は魔物の証、青色は人間の証。赤い赤い光に包まれた身体の中ででそれから輝きを奪われないとする黒紫。シーズの身体の奥にあった赤と青が混じり合った黒紫こそがナトの狙いだ。

 ナトはシーズの身体に沈む黒紫に賢者の杖をぶつけた。

「がぁあああぁああああ!! 」

 喉が潰れそうになる声は人間の叫びだ。

「腹パンした時に感じました。あなたが人間の部位を持っていることに。ボクはその場所を再度狙おうとしましたが、何処にあるかわからなかった。けれど、賢者の杖がそこを教えてくれた。アコウさんが使った識別魔法のを思い出せてくれた。そしてボクはそのどおり、赤と青が重なった黒紫の輝きに目掛けて、一撃を与えました」

 シーズは腹をおさえながら、床の上に倒れ、気絶した。


「ボクの決定打はただひとつ、――あなたが人間だった。ただそれだけです」

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