当店では売られたケンカは買い取りいたしません

「さて、河野詩織さん。クレエ・ファガルドさん。槙野ハジメさん。杉田。魔導書を使って決闘したいなら、この用紙か学内システムで申請をして承認してからってこと、知らないとは言わないわよね?」

 普段使われていない教室で、この高校特有の校則を説いて問いつめる女性教師。額に角が見えるのは錯覚だろうか。

 桐山霧香。年齢より若く見える美人で、それなりに人気がある。が、一部の男子生徒に命名された「ギリギリ先生」なるあだ名で呼ぼうものなら、恐ろしい笑顔の前に土下座することになる。

「先にこの子が奇襲をかけてきました。正当防衛です」

「わたくしへの侮辱はファガルド一族への侮辱。わたくしを欺いた槙野さんに正式な手順なんて守っていられませんわ」

 桐山のすさまじい笑顔を前にして涼しい顔の詩織とクレエ。すさまじい剛胆ぶりである。

「こう言ってるけど、槙野さん?」

「私、クレエさんに何かしたかぜんぜんわかりません」

 きょとんとした顔で答えたハジメを見て、桐山は肩の力が一気に抜けるのを感じた。噛みつかんばかりに互いを凝視している二人と違い、危機感がなさすぎる。クレエに矛先を向けられているのは自分だというのに。

「あなたね、喧嘩売られてんのよ? もうちょっとこう、何かないの」

「でも先生、怒ってもお腹減るだけだしお金減るじゃないですか」

 大まじめな顔で言うハジメに、桐山は額に手をやって溜め息をついた。

「はあ、もういいわ。ハジメちゃんはそのままで。こういう子よね。で、ファガルドさんに含むところはないのよね」

「はぁい!」

 小さな子供のように無邪気な返事に、

「よろしい!」

 やけ気味に答えた。

「あの、俺完全に巻き込まれただけなんです、というか解いて下さい」

 金鎖でミイラ状態の杉田が息も絶え絶えで訴えた。

「杉田は……とりあえず評価1にしとくわ」

「何で? 盾にされてこの扱いひどくない?」

「安心しなさい、あんたは立派な盾だったわ」

「杉田くんありがとうね」

「フォロー雑ぅ!」

「はあ……なんだか叱る気失せてきたわ」

 やれやれと首を振る。が、クレエに向き直って表情を引き締める。

「ファガルドさん、この子たちに聞いても埒が空かないわ。正直に話してみてくれないかしら。聞かせてくれてから考えたいわ」

 まっすぐな視線を受け止めて、

「分かりましたわ、先生。お話しましょう」

 クレエは机の上に、一冊の古びた革表紙の本を取り出した。細かい装飾が施され、重々しい印象を与える。

「この魔導書。見覚えがありますわよね、槙野さん」

「あれ、これって……」

 ハジメは数日前の記憶を振り返る。

――確か、上品な黒っぽい服のおじいさんがその日初めてのお客さんで……店の中をゆっくり眺めていって、ちょっとだけ世間話してからこの表紙の本を買っていってくれたんだっけ。若いのにお店を切り盛りして偉いとかいってくれたような。

 思い出したままに口に出すと、クレエの眉がつり上がった。

「それはわたくしの使用人です。この、『錬金のうたかた』の初版本を探させておりました」

「それってもしかして、幻って言われてるあれ?」

 桐山は目を見開いていたが、ハジメにはピンと来なかった。

「先生、あれってなんですか」

「魔導書商売してるのに知らないの? まあ、ハジメちゃんなら仕方ないか」

 桐山は簡単に説明してみせた。

「『錬金のうたかた』はファガルド財閥の創始者、クラウス・ファガルドの発明した錬金術の要諦について記されたものよ。ただ彼の秘術とされる最も肝心な部分が今出回ってるものから抜け落ちてるの」

「数百年近く前に発行された初版ではあったとされる秘術中の秘術。現代では完全に失われたもので、一族の者も誰も詳細を知りません。ですがそれさえ分かれば、研究が大きく進むはず。次代の当主たるわたくし、クレエ・ファガルドの責務ですわ」

 僅かに胸をそらしたクレエが付け加える。

「じゃあ、これさえあればクレエさん大成功なんだね、よかったね! うちにそんなすごい本があったなんて」

 錬金術についてまるで知らないハジメはとりあえいいことがあったのだと笑ってみた。

「いや、それならいきなり襲ってこないだろ。というか解いてくれ」

 ミイラ姿のままの杉田が指摘と共に呻いた。

「ええ、とても喜びましたわ、使用人がこれを持ち帰ったときは。ただし、中身を見るまでは。開いてみて下さいな」

 革表紙を開いて中を見た桐山は、眉をひそめた。

「なにこれ?」

 ハジメと詩織は桐山の肩越しにのぞき込んだ。そこには高度な魔導術ではなく、

「簡単・誰でもマイナス10キロエクササイズ……?」

 そんなタイトルと、ポップなテイストの様々なポーズを取る女性のイラストの扉絵だった。

 数ページめくっても、現れるのはいかに楽に体重を落とすかの体操方法の図解とダイエットに挑む者を励ます言葉ばかりでページの色も白く、とても数世紀前の秘術が記されているとは思えない。

「でも、外側は古い魔導書……どうなってるの」

「決まっています。じいやが中身を確かめ購入した後、仕掛けた細工で中身を入れ替えたのでしょう。だから詐欺師と申し上げたのですわ」

「魔導書のすげ替えですって? そんなことしたら魔導回路が欠けて機能不全、暴走もありえるわ。危険過ぎる」

「ええ、そうまでして錬金の秘術を独占し、我が一族を愚弄したかったのでしょう。ですから桐山教諭。改めて申請します。彼女との決闘で真相を明らかにさせて下さいまし」

「ちょっと待ちなさい、それが本当なら魔導書取り扱い規則違反だけど、やった証拠がないし、あなたの決めつけかもしれないじゃない」

「わたくしはいい加減なことは申しません。魔導術で戦えばはっきりするはずです」

 桐山の指摘に対して、クレエはあくまで頑なに主張する。

「ええ……私せっかくのお客さんにそんなことしないよーそれにそんなこと出来ないし」

「その通りよ、ハジメには魔導書をいじるなんて高度な技術はないわ。たぶん習い始めの小学生にも負けるんじゃないかしら」

「それは言い過ぎだよー」

 フォローになっていないフォローに言い返すハジメには相変わらず危機感がない。余計に腹が立ったようで、クレエは机に手を叩きつけ音を立てた。

「いい加減になさい。じいやがわたくしに届けるまで、誰もこの本には手を触れていない。細工が出来たのは書店の人間だけ、つまり貴女だけですわ。貴女の店で扱う魔導書にも、同じ細工をしているのではなくって?」

 どくん、とハジメの中で何か大切なものが音を立て、ここに来て初めて顔をしかめさせた。それを見て取った詩織が言い返そうと口を開けたとき、引き戸を開けて堀川が飛び込んできた。少しばかり生え際が後退気味の頭からは汗で湯気が立っている。

「き、桐山先生……食堂の騒動を見た生徒たちが、ファガルドと槙野の対戦の続きを見せろと騒いで譲らないんですわ。委員長までもが、クラス挙げてのボイコットも辞さないと」

「ええっ? そんなバカな。体育館で準備体操とランニングしてるよう伝えたはずです」

「それが、ギリギリ先生が……」

 堀川は桐山の額に浮かんだ青筋に気付き、咳払いをして言い直した。

「桐山先生が、決闘を授業中に存分にやらせると約束したと……桐山先生?」

「えっと……」

 桐山が目に見えて焦り始める。

「その言葉を録音した生徒もいると主張しております。まさか、そんな不用意なことを言った訳ではありませんな? 桐山先生?」

「うう……」

 言葉に詰まった桐山と、追いつめるような声音の堀川。桐山は生徒たちに順番に目をやったが、誰からも助け船はなかった。

「どうなさるおつもりですかな?」

「仕方ありません、発言の責任は取りましょう。クレエ・ファガルドの名義で決闘申請書を昨日の日付で作成、承認印を今日の日付で押して下さい」

 開き直った桐山は早口でまくし立てた。

「桐山先生? まさかご自分の不手際をごまかすために……」

「いいから、槙野さん、ファガルドさん、早く準備しなさい」

 ハジメたちは手のひらを返した様子に呆気に取られたが、クレエがまず立ち直り、ハジメを指差した。

「これでようやくはっきりさせられますわ。貴女がわたくしを騙したことが」

 絹の手袋を手に取り、投げつける。顔に当たって手の平に乗った手袋を、ハジメはきょとんとした顔で見つめた。

「あれ、ダメだよクレエさん。高そうなものなんだから大事にしないと」

 両手で丁寧に手袋をクレエに渡すと、へらっと笑顔になる。

「なんか先生無理矢理だし、勝てるとは思わないけど……よろしくね」

「あんたって子は……」

「あの、わたくし今……決闘の……」

 詩織は頭痛を起こしたように頭を抱え、クレエは目を丸くして口を開け閉めしていた。

「ほら、早く行ったいった」

「このことは報告させてもらいますぞ?」

「どうぞご勝手に。授業が進行できなくては元も子もないでしょう」

「あんた、手袋の意味分かってないの?」

「え? 手が滑っただけじゃないの?」

「あんた、それ本気で言ってる?」

 教師、生徒が部屋を後にし、金鎖でミイラ状態の杉田が残された。


「おーい、誰かほどいてくれ~……放置しないで~」



 続く 

 

 


  

 

 


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