#5 コントローラー

 1


 サイバー犯罪事件の数々を取材する中で、次第に私は、ある違和感を感じるようになっていた。


 容疑者たちの中で、特にプログラムの開発を担当した者たちに取材をしていると。

 開発のきっかけを問うと、必ずと言っていいほど「たまたま」とか「不意に」「ふと思いついて」といった言葉が出てくるのだ。


「たまたまアイデアを思いついて、技術的に作れそうだから作った」


「ある時、不意に思いついたんです。そういうシステムを作れそうだなと」


 本来、別に不自然なことではない。

 コンピューターシステムやプログラムといったものは、元をたどれば皆、個人のアイデア、思いつきから生まれるものだ。


 しかし、なぜだか私は、言いようのない違和感を感じた。

 容疑者たちが語る「たまたま」が、偶然以外の何かの影響を受けているように感じられたのだ。


 そこで私は、容疑者たちの下に通い、さらに詳細な聞き取りを行うことにした。

 ときには私的な時間を使ってでも面会に行き、粘り強く彼らの言葉に耳を傾け続けた。


 その結果、私はついに、容疑者たちの着想の瞬間に、ある『共通点』があることを突き止めた。


 彼らは皆、セキュリティ関連の技術者が集う、とある交流サイトを閲覧していたのである。

 しかも、そのサイトを閲覧していたのは偶然ではない。


 どうやら彼らは皆、インターネット上の『おすすめ』によって巧みに誘導され、そのサイトにたどり着いたようなのだ。




 2


 インターネットが敷かれ、スマートフォンが普及して以来。

 我々は日常的に、ネット上のコンテンツに触れるようになった。


 日々のニュースはニュースサイトやアプリでチェックする。

 分からないこと、疑問があれば検索エンジンで調べる。

 道に迷ったら、地図アプリを開いて道順を調べる。

 知り合い以上、友だち未満の知人たちの動向をSNSでチェックする。

 退屈を感じたとき、時間をつぶしたいときには動画サイトや漫画投稿サイトをチェックする。


 そうやって、日常的にネット上のコンテンツに触れる中で。

 コンテンツと一緒にくっついてくる『おすすめ』もまた、我々の日常の一部になっている。


『このニュースに興味を持った方は、こんなニュースも読んでいます』


『あなたにオススメの動画はこちら』


『あわせて読みたい』


 今更言うまでもないことだが、これらの『おすすめ』はコンピューターが提示しているものだ。

 『おすすめ』される内容はコンピューターによって調整されている。


 政治や経済に関するコンテンツを好んで閲覧する人の端末には、過去に閲覧したものと同様のコンテンツが『おすすめ』に表示される。

 アニメや漫画、ゲームなど、サブカルチャー関連のコンテンツを好んで閲覧する人の端末では、似たようなコンテンツが『おすすめ』として表示される。


 そうやって『おすすめ』を介して、我々は似たような趣味、嗜好しこうを持つ者ごとに、似たようなコンテンツへと誘導されている。



 そしてどうやら、サイバー犯罪に使用されたソフトウェアの開発者達もまた、『おすすめ』を介してくだんの交流サイトへと誘導されていたようなのである。


 『一定以上のプログラミング技術を持ち』『セキュリティ関連情報に高い関心を示し』『詐欺や犯罪に対する心理的抵抗感が低い、もしくは心理的な誘導に引っかかりやすい』といった特徴を持つ人物が。

 検索の結果や、様々なサイトやアプリで提示される『おすすめ』によって、どうやらくだんのサイトに集められていたらしい。


 さらに、集められた者達はサイト上のコンテンツを介して、様々な示唆しさを与えられていた。

 そうやって、どうやら本人も気付かないうちに、犯罪に利用可能なソフトウェアのアイデアを植え付けられていたようなのだ。


 もちろん、これは私が聞き取りの結果をつなぎ合わせて得た仮説にすぎない。

 はたして本当に、『おすすめ』を用いた誘導と、コンテンツの内容から与える示唆のみで、実際に犯罪目的のソフトウェアを開発させることができるのか。それだけの影響を与えられるものなのか。

 そこまでの検証は、私の能力を越えている。残念ながら、私にはそれを証明するすべはない。


 だがしかし、もし本当に彼らが、インターネット上の『おすすめ』を介して、件のサイトのコンテンツを通して、サイバー犯罪に『誘導』されていたのだとすれば。


 ネットワーク上のコンピューターこそが、数々のサイバー犯罪の裏で糸を引いていた黒幕だった——と、言えるのかもしれない。




 3


 我々人間は日々、認知を通して自らの行動にフィードバックをかけている。

 行動の結果を認知し、認知を介して学習し、自らの思考を変えていく。

 日常の習慣、他人の言動に対する反応、問題に遭遇したときの行動パターンなどを、認知を通じて自らプログラミングしているのだ。


 現代に生きる我々は、ネットワークを介して日々、膨大な情報に触れている。

 触れた情報を認知し、学習している。


 そして、我々がネットワークを介して触れる情報はすべて、コンピューターによって仲介されている。


 検索エンジンで何かを検索したとき、検索結果に表示される内容は端末ごと、個人ごとの検索履歴に基づいて調整されている。同じ検索キーワードで検索しても、使う端末によって異なる結果が表示されるようになっている。

 動画サイトを見るとき、SNSを見るときに『こちらもおすすめです』と提案サジェストされる内容もまた、使う端末、ログインするアカウントによって違う。


 WEBサイトを閲覧するとき、表示される広告の内容は『普段どんなサイトを見ているか』によって変えられている。

 週に数度、不動産情報をチェックして資産性の高い物件を探し、投資信託の運用状況をチェックし、経済・金融のニュースにときどき目を通し、次はどこに旅行に行こうかと評判のよい温泉旅館を探している人物と。

 毎日毎日、時間が空くたびにSNSの更新をチェックし、ソーシャルゲームのスタミナを消費し、投稿サイトを開いては無料のコンテンツを渡り歩いている人物とでは。

 表示される広告も、検索結果の優先順位も、『おすすめ』される内容も、まったく違うものが表示されている。


 ネットワーク上のコンピューターが、端末の使用者に合わせて内容を『調整』しているのだ。


 それはつまり、我々人間の学習の、認知の元となる情報が、コンピューターによって『調整』されているという事ではないだろうか?


 我々は閲覧するサイトを、動画を、コンテンツを、自らの意思で選んでいる。選んでいるつもりになっている。

 しかし、そもそも提示される選択肢は、コンピューターによって調整されているのだ。


 はたしてそれは、自ら選んでいると言えるのだろうか?

 我々は、ネットワークを介して触れる情報を、認知を、学習を、思考を、そして行動を。コンピューターに『調整』されているのではないだろうか?


 今や我々は、よく知らないまま、よく分からないままに、コンピューターに思考をプログラミングされているのだ。

 そうして、知らず知らずのうちに、行動や反応を『調整』されている。


 あるいはそれこそが、情報化時代に生きる我々の『無知の罪』なのではないだろうか——。



(情報化時代の犯罪者たち 了)



※この物語はフィクションです。実在の人物、団体とは一切関係ありません。

※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。作中にIT技術を用いた犯罪に関する表現が登場しますが、決して真似しないで下さい。

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情報化時代の犯罪者たち 霜天 満 @MitsuruSouten

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