#4 マネージャー

 1


 振り込め詐欺には、指示を出している者がいる。


 振り込め詐欺に関する報道を見て、多くの人々がそう考えてきた。


 しかし、その指示を出している者が実はAI(人工知能)だなどと、一体誰が考えただろうか?



 振り込め詐欺は組織的犯罪だ。


 電話口で演技をし、言葉巧みに不安をあおって金を出させる『架け子』。

 ATMに行き、口座から金をおろして現金化する『出し子』。

 口座経由で足がつくのを防ぐため、詐欺のターゲットに直接接触して現金を受け取る『受け子』。


 『架け子』の仕事を管理する『番頭』。

 『出し子』『受け子』が金を持ち逃げするのを防ぐ『見張り役』。

 『出し子』『受け子』をスカウトする『リクルーター』。


 足のつきにくい電話番号や口座を用意する『道具屋』。

 活動拠点となる部屋を確保する『代行屋』。

 電話番号と名簿を用意する『名簿屋』。


 『架け子』が演じるシナリオを作る『脚本家』。

 心理的な盲点をついて新たな手口を生み出す『監督』など。


 それぞれに異なる役割を持ったメンバーが集まり、互いに協力しあって『仕事』をしている。

 役割ごとに分業化され、組織的に行われる犯行は一種のビジネスと言えるかもしれない。


 そして当然、組織の頂点にはメンバーをまとめ上げ、すべての利益を吸い上げて分配する『代表』がいる。……と、思われていた。


 しかし、実際は違った。


 確かに、組織には頂点があった。

 しかし、組織の頂点に立つ存在は、人間の『代表』ではなかった。


 すべてのメンバーをまとめ上げていたのは、なんとAIだったのである。




 2


 振り込め詐欺に関わるメンバーは、同じ組織に属する他のメンバーをほとんど知らない。

 せいぜい知っているのは、同じ場所で『仕事』をする同僚、自分に直接指示を出す『上司』の連絡先くらいである。

 一切面識のない相手からの指示で動いている者も少なくない。


 これはもちろん、組織が一網打尽にされるのを防ぐためである。


 誰かがヘマをして警察に捕まり、厳しい取り調べを受けたとしても。

 知らない情報は漏らしようがない。

 組織内でのつながりを最小限にし、なるべく互いの居場所、互いの情報を知らないようにする。

 そうすることで、取り締まる側に組織の全体像を把握されることを防いでいるのだ。


 しかしこの仕組みには、もうひとつ別の側面があった。


 それは、上に立つ『上司』が、必ずしも、ということである。


 要は、きちんと指示が伝わり、メンバーがそれぞれの『仕事』をしていればよいのだ。

 それで問題なく、組織は動き続ける。


 例えば、マンションの一室にこもって『架け子』に電話をかけさせていたある『番頭』は、上司への報告・連絡はすべてメッセージアプリで行なっていた。

 メッセージの指示に従って定期的に『事務所』を移動し、送られてくる脚本と名簿を使って『架け子』に電話をかけさせる。

 だまし取った現金は私書箱やコインロッカーなど、複数のルートに分けて送金し、分配される報酬も同様の手段を使って受け取っていた。

 もちろん、受け渡しに利用する場所は毎回変えていた。


 自分に指示を出す『上司』に会ったことは一度もなかった。

 しかし、メッセージの受け答えはごく自然で、トラブルに見舞われた際にも的確な指示がすぐに送られてきた。

 そのため、てっきり『上司』は人間だと思い込んでいた、というのだ。


 しかし実際には、彼に指示を送っていたのはAIだった。

 高性能なAIが状況に応じた指示を作り、いかにも人間らしい文面のテキストを生成してはメッセージを送信していたのだ。


 『代行屋』や『脚本家』など、その他のメンバーについても同様だった。


 彼らは皆、人間の『上司』の指示に従っているつもりだった。

 しかし、実際に指示を出していたのは、振り込め詐欺組織の管理運営に特化したAIだったのである。




 3


 振り込め詐欺の組織は、実はAIによって運営されていた。


 この事実は、AI開発者の男がまったくの別件で逮捕されたことにより、偶然明らかになった。

 警察が男の自宅を調べた際、押収したメモリースティックの1本から詐欺運営AIの開発資料が見つかったのだ。


 男いわく「万が一、AIの発注元とトラブルになった際に自分の身を守るのに使えると思い、こっそり資料を持ち出しておいた」ということらしい。


 小賢しいというか、なんというか。

 私としては、それだけ知恵が回るなら、その知恵をもっと別のことに使えばよかったのではないか、と思わずにはおれない。


 ともかく、男の逮捕をきっかけに、詐欺運営AIの存在が明らかになった。


 個別の仕事は、基本的に『番頭』『代行屋』『名簿屋』など詐欺組織を構成するメンバーにうまく割り振る。

 AI自身は全体の金の流れを管理しつつ、集金や分配に物理的に関わる部分は専任のスタッフに指示を出す。

 集めた現金は複数のルートに分けて何度か移動させた後、最終的にはまっとうな取引を装って海外の口座に送金させる。

 時期をみて活動拠点を移動させたり、捜査の手が回ってきた電話番号は破棄して新たな番号を『道具屋』に発注する。

 だまされる人間が減ってきたら、『監督』や『脚本家』に依頼して新たな手口、新たなシナリオを作らせる。

 ……というのが、AIのしている仕事らしい。


 要するに、AIが組織運営の中核を担っているのだ。


 おそらく、同様のAIをまっとうに使えば、一般企業の会社経営はかなり楽になるのではないだろうか?

 組織運営にまつわる面倒事に悩まされ、多忙な日々を送っている企業役員や雇われ社長などは。自分の代わりに組織を運営してくれるAIがあるなら、きっと喉から手が出るほど欲しいはずだ。


 それだけの高性能AIが実際には詐欺用途に使われており、罪のない一般市民から金を巻き上げているというのは、なんともやりきれない話である。


 「AIが人の仕事を奪う」と言われるようになって久しいが、どうやらすでに、詐欺組織の運営すらもAIが行う時代らしい。


 振り込め詐欺組織に属する者たちはAIの指示の下で働き、人々はAIの指示によって金をだまし取られる。

 もはや人は、仕事どころか金までAIに奪われるようになってしまったのだ。


 AIとは、コンピューターとは、情報技術とは。

 本来、人の生活を豊かにするための技術ではなかったのか。


 これではまるで、AIに人が支配されているようではないか——。




※この物語はフィクションです。実在の人物、団体とは一切関係ありません。

※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。作中にIT技術を用いた犯罪に関する表現が登場しますが、決して真似しないで下さい。

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