12.魔女さん、クロを怒らせる

ギルドに入った少女―――リサは、安堵したように小さな息をもらした。

黒ギツネ―――クロが説明を求めるようにリサを睨む。


『おい、なぜ言わなかった』


『え? なにが?』


クロに目線さえ向けず、真っ直ぐに受付へと進みながらリサが答える。

周囲に二人の会話は一切聞こえていない。

というのも、初級魔法スキルの一つである念話を使っているからだった。


念話は、片方から片方へ一方的にしか繋げることは出来ないが両者に念話が使えるというのなら話は別だ。


『試験のことだ。あの男がギルド側の刺客だと気づいていたんだろう? なら、なぜ俺に教えなかったんだ』


クロは仲間はずれにされたことが不服らしい。

不機嫌さが顔にも表れている。

リサはため息をついて、説明するために近くにあったベンチに腰を下ろした。


クロが足元に寄り添い、じっとリサを見上げる。

緑瞳が誤魔化しは効かないぞ、と言わんばかりにリサを睨んだ。

リサは『精霊の依り代』を取り出し、操作するフリをしてクロに答える。


『そりゃあ、面倒くさかったからだよ』


『お前......』


苛立ち毛を逆だたせるクロ。

膨大な怒りの気がギルド内に溢れた。

よっぽどボッチが悲しかったらしい。


ギルド内が心なしかざわめく。

「な、なんだ? 魔獣でもいるのか?」

「だれか、連れ込んだんじゃないでしょうね!?」

「おいおい、誰だよ。こんな殺気ぶちまけてるのは」

が、クロに向き直り、言い訳を思案するリサはそれに気がつかない。


『男の人、ベテランぽかったし念話使ってたらバレるかなって思って』


『もしかしてお前、念話使わずに阻害の魔法スキル使ってたのか?』


『あはは、バレたか』


巨漢の男―――ギガスとの対話中、念話で密かに会話を交わしていたリサとクロだったが、リサは念話を一旦やめ、代わりにクロの念話が届かないように魔法スキルの阻害魔法を使っていた。

ギガスに勘づかれないよう、意識を自然体にして振る舞うため、だったのだが。


クロの怒りの気が倍以上に膨れ上がった。

冒険者たちが狼狽え始める。


「これ本当に大丈夫か!?」

「今まで感じたことがないほどの恐ろしい気だっ! まさか、魔人!?」

「いいえ、魔人を相手にしたときより遥かに上。ま、まさかこれって......」

「み、みなさん落ち着いてください!」


ギルドがやけに騒々しくなったため、リサも流石に顔を上げた。

幸い、出処は判明していないらしく、クロに注意が向くようなことはない。


『でも、バレなくってよかったでしょ?』


『俺が一番ムカついているのはお前が俺に怒られても何も反省していないことなんだが、まあいい。いいとしよう』


リサとの付き合い方を理解してきたクロがなんとか自制し、気が収まる。

ギルド内が安堵に包まれた。


『次からはちゃんと事前に言え』


『だって、それでバレたら元も子もないでしょ。緊急事態だったんだよ? これからも緊急事態が起きたらそうするしかなくない? クロちゃんには具体的な解決策でもあるんですかー』


『ある。あるから、言っている』


『あるんだ!?』


念話をしている時は、顔に出さないよう徹底するリサでも瞠目した。

珍しく意表を突けたクロは得意げだが、珍しく突かれた側のリサは不服げだ。


『へぇ。どういうのか教えてよ』


『魔道具を使えばいい』


『え? なんで魔道具?』


魔道具といえば、リサがもじゃもじゃモンスターこと最近出没回数が多いという狼男からドロップしたアイテムボックス袋のようなもののことだ。


『魔道具はあまり一般的には流通していないものだからな』


『うんうん。で?』


『その効能も同じくあまり知られていない。まず、魔道具自体を知らない事さえ珍しくはない』


『うんうん。で?』


相槌を打ち、先を促すリサ。

クロが尻尾でばしっと床を叩き、苛立ちを発奮した。


『一見したところで、その魔道具に何の効果があるかなんて分からないわけだ』


『うんうん、で?』


『っ、主人と魔獣がコミュニケーションを取るために会話できる魔道具を装着していたとしてもおかしくないだろう』


『あー、なるほど』


リサのうざさに耐えきり、頑張って説明し終えたクロが誇らしげな顔をする。

要は、魔道具をクロとのコミュニケーションに使っている道具と称しておけば、別のことをしている最中に意識が削がれても、「今、ちょっと相棒が話しだして」と言えばなんとか誤魔化せる。


『で、何の魔道具を買えばいいの?』


『念話用の魔道具を買えばいい』


『ん、それって賢者が持ってたやつ?』


『なんだ、実際に見たことがあるのか。確かにあいつなら、魔道具の一つや二つぐらい持っていそうだな』


クロの言い草に違和感を覚えてリサが「うん?」と首をひねる。


『持ってそうって......。魔道具ってひょっとして貴重品?』


『ああ。魔力を武器に込めることができるのは錬金術士アルケミストだけだ。腕のいい者ほどいい物が作れるから、戦闘職を選ぶ者が少なく、錬金術士アルケミストの中でも魔道具を作れるレベルなら宮廷魔導師ぐらいしか一国にはいないだろうな。さすらい人がいるなら話は別だが』


『つまり、それって手に入らないってことだよね、クロちゃん』


クロの自信満々の言葉を遮り、リサがびしっと指摘する。

が、クロが狼狽えることはなかった。

むしろ、ニヤリと不敵に微笑む。


『お前にはそれがあるだろう?』


クロが肉球で『精霊の依り代』に触れる。

リサが予想外のアイテムに目を見張った。


『お前が前にらーめんとやらを買っていた機能、確かしょっぴんぐ? だったか。しょっぴんぐで魔道具も売っているんじゃないか?』


リサがクロの発言に驚き、しばし沈黙した。

目を閉じ、小さく息を吸い込んで吐き出すと同時にリサが驚いた顔のまま言う。


『クロの頭がちゃんと回るとは思わなかった。クロもちゃんと考えてるんだね』


怒りの気が再び展開された。

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