13.受付令嬢、新人に不安を覚える

がやがやといつも通り、騒がしい冒険者ギルド。

少しは静まって欲しいとは思うが、それが実現すると返って心配になるなあなんてくだらないことを思案する。


茶色いくせっ毛の空色の瞳をした少女だ。

髪のなかには小さな耳が覗いている。

ギルドの受付服の短めなスカートからは大きなシマの入った尻尾が出ていた。

リスだ。リスの獣人だ。


「よぅ、リノン」


「おはようございます。ジャスパーさん。しばらく見かけなかったのでどこかで魔物にでもやられて死んだのかと思いました。生きてたんですね。残念です」


本当に残念そうに、リス耳リス尻尾の少女リノンは言った。

ジャスパーと呼ばれた中年の男がなんとも言えない顔をする。


「久々の毒舌......。懐かしいから許すけどよ。いやー、でも今回ばかりは俺もひやっとしたぜ? なにせ、氷の鳥アイスフェニックスの討伐依頼だからな。本気で一瞬死んだかと思った」


「死ねばよかったのに」


「自分に正直なのはいいと思うけど、流石にもうちょい優しくしてくんない?」


リノンの即答にジャスパーが訴えるがリノンはゆるゆると首を横に振った。

始終、受付令嬢として鍛え上げられた笑顔を振りまいている。


「無理です」


「断言しやがったな、おい」


青筋を額に浮かべるジャスパー。

リノンは慌てる様子もなく、ふと思い出したかのように言った。


「ジャスパーさん。そういえば、例の件はどうなっているんですか?」


「......それは後で話す。今、ここで喋れる内容じゃないだろ」


「それもそうですね。後でお伺いします。場所はいつもの場所でいいですか」


「ああ。時間遅れるなよ」


声を潜め、今ギルドにおいて最高機密事項を話している二人は冒険者たちの声が大きくなりまた静かになり、大きくなったことにも気がつかない。


「じゃあな」


ジャスパーが受付を離れ、ギルドの入り口へと消えていく。

不思議と安堵感が漂っているギルドの空気にリノンはきょとんと首を傾げた。

しかし、その微かな違和感も一瞬で無くなった。なぜなら、


「見慣れない顔......ですね」


黒い大きなキツネをつれた、幼女の姿が見えたからだった。

黒髪黒瞳の特徴的な容貌をした少女だ。

顔立ちは幼く、歩幅は小柄な体躯と比べて大きく、早足だ。


キツネの方は、魔物にしては可愛らしい。

獣寄りの魔物だろうか、と思いながら目の前に立つ二人もとい一人と一匹を見る。


「冒険者登録をしにきました」


口調は、ハキハキとしていて迷いがない。

園児によくいる甘ったるい声ではないことを確認して、リノンは安堵した。

正直、子供は苦手だ。こういうハキハキとした子供の方が印象としては好ましい。


「はい。かしこまりました。冒険者カードを用意するので少々お待ちください」


くるり、と彼女らに背を向けてカードが保管されている棚の前へと移動する。

移動し、棚に手を伸ばしかけたところでリノンはふと気がついた。


「今日の冒険兵って......」


口に出しながら、当番の名前が載っているボードのプレートを確認する。

はっきりと『序列2位』の文字が見とれ、冷や汗がリノンの頬を伝っていった。


直ちににギルドのカウンターに設置されている念話の魔道具を発動させ、ギガスに繋ぐ。すぐにギガスが出た。

くるくるした魔道具の線の部分をいじりながら話しかける。


『もしもし、ギガスさん』


『ああ。なんだ? お前からかけてくるなんて珍しいな。なにかあったか?』


『何があったっていうか、なんですか。あの新人の子は』


『リサのことか』


『リサ? リサっていうんですか。私が気になったのは、なんであの子をギガスさんが通したのかです。あんなに、子供はギルドに入れないって主張してたのに......』


ギガスがなぜか沈黙した。

微かに笑っている。なぜだ。

問いかけたいのを辛抱強く待つ。


『やっぱり、思うよな。誰でも』


『はい?』


『13だそうだ』


「は!? あれで成人!?」


思わず口に出してしまった。

かなり大きい声だったが、リサという少女は別のことに気を取られているようで気がついていなかった。


『ほ、本当ですか?』


『本当だろ。あんなにハキハキ答えられて、覚悟のある目ができる童女なんてみたことないしな。ってことでよろしく』


『ちょっ、本当は気に入ったから冒険者登録してしまえって口でしょう!?』


『バレたか。切るぞ』


逃げるようにギガスがそう言い、ツーツーという音だけが残った。

リノンはしばし呆然とする。

ただの受付令嬢にどうしろというんだ。


ただ冒険者登録すればいいというのは分かるが、そんな確証もないことを鵜呑みにするわけにはいかない。

リノンは魔道具にもう一度触れ、ある人物に要請をすることにした。





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