11.魔女さん、若干キレる

冒険者。それは、魔物たちの蔓延る場所へと足を運び、隠された財宝を求めて、はたまたスリルを求めて旅をする者たちの総称である。アニメや小説の題材としてあげられる事も少なくない。

つまり、それだけ子供から大人までが憧れを抱き焦がれる夢の職業でもあるというわけだ。

そして、ここにもまたその夢に憧れた無邪気な少女が一人。


「ここが、冒険者ギルドッ!」


「......」


少女を守るようにして、彼女の周囲に警戒の目を向けるのは黒い巨大なキツネだ。

興奮を隠しきれていない可愛らしい少女と、黒いキツネという変わった組み合わせに人々は好奇の視線を注いでいた。


「夢までに見たリアルな場所が本当に目の前にあるなんてっ!」


目を潤ませ、くるくると上機嫌に回りながら独り言を呟く少女。

に、向かって黒いキツネは静かにしていろとでもいうかのように瞳を向けた。


「分かってるよ。クロちゃん。私だって猫かぶるぐらいできるから? え、猫かぶるって知らないの? ま、面倒くさいから説明はパスするけど」


「......」


ドスの効いた睨みを効かせる黒ギツネ。

少女は「むう」と頬を膨らませて不貞腐れたように言った。


「はいはい。さっさと入りますよーだ」


少女は宣言通り、赤煉瓦造りの大きな建物に向かって足を踏み出した。


門を潜れば、ただならぬ覇気が伝わってくる。すれ違う人々は先ほどまでとは打って変わり、内側に人とは違う異質を持ったような外見にまでそれが滲み出た人種ばかりだった。同人種である少女にもしっかりそれは伝わってくる。


新入りを見定める視線を幾つも浴びるが、彼女が怯む様子はない。


右左を固める武器や回復ポーションなどが並べられた露店は一切無視して、少女と黒ギツネは歩幅を広げた。


固くされた土を踏みしめ、少女が立ち止まる。冒険者ギルドの一歩手前。なぜなら、目の前に屈強な筋肉質の男が立ち塞がり少女うたちの行く手を阻んだからだ。


頭にバンダナを巻いた、茶髪の男だ。

年はまだ若く見えるが眉間には何十年もの経験を積んできたかのような皺がいくつも刻まれている。目つきは悪い。


どのくらい悪いのかと問われれば、この男を見た瞬間に幼な子な泣き出し狼狽えるほどの迫力がある。


「......」


最初、少女は気づかずに右へ逸れて進もうとするが歩幅を合わせられて、ようやく自分に用があると気づいたらしい。


無言のまま、自分を見下ろす巨漢を見上げて小首を傾げる。可憐な仕草だった。


「悪いことは言わない。冒険者にはならないほうがいい。死ぬぞ」


「......」


小首をもう一度、更に深く傾げて、少女は意味をやっと理解したように首を元の定位置へと戻した。そして、にこりと笑う。

花が咲き誇ったかのような満面の笑みだ。


「ご忠告ありがとうございます」


ぺこり、と頭を下げる少女。

どこか幼げな雰囲気を醸し出している。


「ですが、私は冒険者になることを諦める気はありません」


少女の迷いのない返事に巨漢は瞠目する。

巨漢が口を開いた。


「どうしてか、聞いてもいいか?」


「......」


少女は困ったように頬をかいて、黒ギツネに視線を向けた。

黒ギツネは俺が知るか、とでも言いたげな目を向け、そっぽを見た。

そのやり取りを見て、なんと思ったのか巨漢が言い放つ。


「冒険者になるにはそれなりの覚悟が必要だ。お前にその覚悟はあるのか?」


「覚悟、ですか?」


「......ああ。いつ魔獣に殺されてもおかしくないからな。冒険者たちは自由を保障される代わりに安全の保障はされていない」


巨漢が続ける。

少女はじっと見つめて聞き入った。


「その上で再度問おう。それらを弁え、覚悟してここに来たのかと」


「うーん、正直初知りです。予想はしてましたけど」


真顔で問いかける巨漢。

その表情は真剣さを帯びているが、対する少女は実感のない、のほほーんとした顔のままだ。いまいち、やりづらい。

沈黙が二人の間を流れる。

巨漢が沈黙を破り、口を開いた。


「金に困っているというなら、知り合いの孤児院に頼んで引き取ってもらっても...」


「い、いえ。そういうことじゃないんです! しかも、私子供じゃないです!」


どう見ても子供の少女に否定されたことに巨漢が耳を疑う。

少女は堂々と証明してみせる。


「私、今年で13なので」


「13!?」


まさか、幼女のような姿の相手が成人を越しているとは誰も思わないだろう。

12越えなら、もう立派な大人だ。

なのに、この変わらなすぎる身長と顔つきはなんなのか。


「こ、これは失礼した。ならば、余計に成人を越しているならそれなりに雇ってくれる場所もあるはず。なぜ、その、こういうことをいうのは失礼だと思うが、そんな小柄でありながら力仕事の冒険者を選ぶ?」


「......」


魔法使いや聖人という女の活躍する職業もあるにはあるが、冒険者として名を馳せているのは魔導院や教会に入ることのできなかった落ちこぼれ程度。


一流の魔法使いたちは冒険者という魔獣殲滅の雑務は行わない。

赴くとすれば、いまだ未開の地とされるダンジョンを生業とする冒険者ぐらいだ。


「何を目指して冒険者になる?」


「やってみたいからです」


少女は即答した。

黒ギツネが耳を震わせる。


「今、私が挑戦してみたいからです。挑戦できることが目の前にあって、挑戦しないってもったいないじゃないですか」


「......」


「やってみて、やる前のイメージと違ったらそれはその時に考えて、やめればいいんですもん。やめれないんだったとしても、それは一度自分が決めたことですから、それぐらいの責任は持つつもりです」


思い出した節があったようで、少女が黒ギツネを撫でながら口元を抑えて笑う。

黒ギツネは少女の手で耳を押しつぶされて不機嫌そうにしていた。


「まあ、多分私の性に合った職業なんで、辞めるなんてことはないと思いますけど」


「......なるほど」


巨漢が感服したように吐息をもらした。

少女は肩を竦めるような気軽さで、自分の意思を言ってのけた。


「そういう考えもあるのか。参考になった。通ってくれて構わない」


「合格、という認識でいいですか?」


巨漢が苦虫を噛み潰したような顔をした。

少女の目が悪戯げに輝く。


「気が付いていたのか」


「はい。いくら、本人になりたい意思があり、自由を保障。安全は保障しないと言っても、素人上がりの冒険者が魔獣と遭遇したら死ぬとまではいかなくても、怪我を負うのは目に見えていますから」


「国民を守るのは兵士の義務だ。相手が覚悟を持ち、力を持っているかは見極める必要がある」


つまり、彼とのやり取りは冒険者の誰しもが初めに行う試験。

彼に認められ、合格しなければ冒険者になることはできない。


「兵士ってことは国お抱えの冒険者ってことですかね? それなりに腕も立つようですし」


「そこまで見破られるとはな。冒険兵の存在は一般には知られていないのに」


「新米の冒険者に試験を任せるわけにもいきませんもん。当然、ギルドの息がかかった者。試験を執行する役が必要です。ギルドの職員さんかとも思いましたけど、『兵士』って自分で言ってましたし?」


「確かに、ギルドに兵士はいないな」


巨漢はそう言い、苦笑いした。

少女が嬉しそうに笑う。


「名乗っておこう。『冒険兵序列2位』ギガス=ルンペルだ」


「リサです。こっちは相棒のクロ」


「リサ?」


ギガスが眉を寄せた。

なんだか、見たことのある反応だと思いながら少女は沈黙を保つ。


「リサというと、あの『花の魔女』のリサから取ったのか? とんでもない名前をつけられたものだな」


「あはは」


愛想笑いで場を誤魔化す。

ギガスは苦笑した。


「少々厄介なことに巻き込まれるかもしれないから気をつけろ」


「?」


怪しげな発言に少女は疑問符を浮かべるが、黒ギツネが急かすように少女の服を噛んでギルドへと引っ張った。


「待ちくたびれたようだ。行ってやれ。受付は正面にあるから、そこで手続きしてもらえよ」


「ありがとうございます」


少女が笑顔になった。

巨漢が道を開け、少女が数歩進む。

進んだところで止まった。


「一つ。言っていい?」


「......?」


少女の口調が変化していることに僅かな疑問を覚え巨漢が振り向く。

少女は笑っていた。笑いながら、その笑顔が固まっていて張り付いていた。


「人を外見で判断するのは良くなよ。例え、試験であったとしても」


「......」


巨漢の頬を冷や汗が伝っていた。

少女の笑顔の裏に黒い瘴気が漂う。


「以後、気をつけよう」


「では。ごきげんよう」


少女がギルドの玄関へと足を踏み入れた。


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