第3話

「ふわぁ~……マヤちゃん、幸せそうだったなぁ」

「……そうですね」

 全ての講義が終わり、今は帰路に着いているところなのだが、華秀が昼食時に見たマヤを例に出し、幸せな雰囲気に当てられた。と、言った。


「あたしにもああいう人が現れるかなぁ?」

「そうですねぇ――いえ、華秀さんは心配しなくても大丈夫です。ええ、待っていれば優しいパパが勝手に現れますから」


「……ねぇころちゃん」

「なんですか?」

「ころちゃんがあたしに対してするそういうアドバイス、何かちょっと違うの。ねぇ? 何で、ねぇねぇころちゃん? どうしてなの?」

 銀子並の真顔で、華秀は転に詰め寄った。


「ちょ、ちょっとヤンデレっぽいですね」華秀の凄味に、さすがの転もしり込みをする。「いえ、深い意味はないんですよ? こう、優しいお父さんのような男性が良いんじゃないかと」


「むぅ~……」転を半目で睨む華秀であったが、諦めたように視線を前方に戻し、クリクリと大きな目を一度閉じた。「うん、わかった。ころちゃんはあたしとずっと連(つる)んで、子持ちと間違えられて婚期を逃すと良いよ」

「え? 交尾(つる)む?」


「……ねぇころちゃん、ころちゃんそんなに下ネタ言うっけ?」しかし、華秀は思案顔を浮かべた後、首を横に振った。「あ、うん、昔はもっとストレートな下ネタだったね。忘れてたよ」


 昔――それは転と華秀が小学校の頃に遡る。

 草むらに隠すように捨てられていた、18歳未満が見られない本を包装し華秀に贈ったり、大人の玩具を華秀に贈り付けたりエトセトラ――その全ては華秀が責任を持って廃棄したのである。


「あれ、一歩間違えばいじめだよ? あたし、よくここまで素直に育ったもんだよ」

「そんな外道を私がするわけないじゃないですか」

 転は華秀と一切視線を合わせず言い放った。


「……ねぇ、こっちを見てよ。あたしの目を見て言ってよ、ねぇ?」

 さっさと行ってしまおうとする転の袖を引っ張る華秀。


 すると、そんな2人の頭を押さえつける人――義平である。


「おぅ、なんか愉快なことしてんな」

「うん……今さら出てきたころちゃんへの恨みつらみを爆発させてるとこ」

 がうがう。と、華秀が膨れているため、義平が呆れたように華秀を抱き上げ、そのまま抱っこして歩き始めた。


 それを見た所為かはわからないが、銀子が転の傍に寄り、見上げていた。

 転は小さく笑うとそのまま銀子の手を引き、義平と並んで歩く。


「この幸せ家族計画ですよ」

「誰が子どもだぁ!」華秀が義平の腕の中から非難の声を上げた。

「華秀さんはペット枠です」


 華秀は義平の腕の中で暴れ、下ろされるのだが、気になっているのか手を繋がれている銀子を羨ましそうに見ていた。そして、結局転に手を繋いでもらい満足げ。

 そうして普段通りの日常的な会話に華を咲かせる一行――そろそろ、春も終わり、初夏が顔を覗かせる季節。瑞々しい緑の葉桜が、潮の香りが混じった風にその一身を包ませている。


――とはいえ、今の時間帯が夕方であるために煌めきは薄い。

 そんな葉桜を指差し、転が、茜色の桜も乙なもの。と、義平の肩に自分の肩をぶつけながら言った。


「……いや、そこはもうちっと色気のある行動をするべきだろうよ」

「このギャップ萌えがわからないのですか?」

「それならもうちっと可愛くやってくれ」義平は1分も続かない転の女らしさを咎め、うんじ顔で通りすがる女性を指差し、あれが女だ。と、教えた。


 しかし、ちょうど目の前に銀行が見えてきた頃、転たちの前にマヤとツカサが歩いているのが見え、華秀が駆け出そうとするのだが――。


「――ん?」

 突然、銀行から警報が鳴り、入り口から覆面の男3人が飛び出してきた。

 それと同時に、義平は焦ることなく男の1人に向かって駆け出すのだが、3人の内の1人が明らかに警報に動揺しており、それを見て義平は舌打ちを1つ。

「あ~クソっ、変なことすんじゃねぇぞ――」


 しかし、義平の呟いた通り、動揺していた男が手に持った拳銃をあっちこっちに振り回していた。


 そして――発砲音。


 近くにいた女子高生の足をかすめ、そのまま蹲ってしまったのが見えた。

「あの馬鹿――」義平は刀に手を掛ける。


 しかし、次の瞬間、別の覆面の1人が発砲した男から拳銃を奪うと殴り飛ばし、その男の頭に向かって発砲したのである。


 辺りはさらに騒然となり、人々は逃げ惑っていた。

 そんな中、転は華秀と銀子をけでん顔で見つめた後、憂い顔で顔を伏せた。


「てめぇ――」

 義平は覆面の男が血だまりに飲まれる中、その発砲した男に鬼のような表情を見せた。


 すると、男たちは「鬼だ!」と、騒ぐがすぐに義平に銃を向けた――。

 そう、向けたのである。


 だが、その刹那――義平が小柄を鞘から引き抜き、それを投げつけた。そして、覆面が銃を落とし怯んだところ義平は駆け出し、刀を抜き、覆面の脳天から刀を振り下ろし、たたっ斬った。


「阿呆が! 俺に銃を向けるっつうことは、もう戻れねぇ外道なんだよ!」

 義平に斬り殺された――否、罪具で『斬られた』覆面が、突然黒い霧となり、その場から霧散して消えていなくなった。


 もう1人の覆面が、「鬼足寄場は嫌だ!」と、覆面だった霧を見て叫び、ナイフを懐から取り出した。


「あ、う……」

 そして、残った覆面の目には、腰を抜かし動けなくなっているマヤが映っていた。


 覆面の男が、錯乱したように叫びながらマヤに向かっていったのを義平は舌打ちをし、動こうとするのだが、どう見ても間に合わない――だが、義平は突然、目に映ったツカサに脇差しを投げたのである。


「――――」脇差しを受け取ったツカサが、駆けてきた覆面に向かって一閃――。

 それは見事な太刀筋であり、脇差しでありながらも、足運びは綺麗で、隠しようのない達人であった。


 覆面の男は喉が潰れるのではないかというくらい叫んでいたが、自身の体が霧になっていくのを目の当たりにし、そのまま途切れた糸のように両腕を投げだし、消えて行った。


「………………」義平は刀を鞘に納めると、息を吐き、ツカサの元へ駆け出した。「――っと、悪い。お前さんの顔が見えたもんだから、咄嗟に渡しちまった」

「――いえ、おかげで助かりました」ツカサは義平に脇差しを返すと、呆然としているマヤの頭を抱いた。「ほらマヤちゃん、長谷川さんが助けてくれたよ。もう大丈夫」


 すると、涙をポロポロと流したマヤがツカサに抱き着いた。

 そして、義平は泣き止まないマヤを見て、ツカサに早く連れて帰って慰めてやるよう促すと、携帯で火方の部下たちを呼び、その場を収めた。


 転と華秀は帰るように言われ、どこか重い足取りで帰路に着いた。



「やはり、恐ろしいですね」転は呟いた。

「わふ? あ、うん……ああいう日常に現れる悪人って怖いよね」

「いえ……鬼足寄場のことです」


 転は自分を抱きしめるように腕を組んだ。


「その、一般人や善人が嫌う悪人が、あんなにも取り乱して拒絶をするんですよ? そんな恐ろしい場所に、義平さんは悪人を送らなくてはならないなんて……」

「むぅ……ころちゃんはたまに難しいことを言うよぉ、がぅがぅ」


 鬼足寄場――それは最早、更生の余地がない悪人が送られる『更生施設』である。あらゆる自由を奪われ、あらゆる生から隔離された正体不明、雲散霧消の如く掴むことが出来ない。


 現在、どの組織でも報告されているのは、鬼足寄場に送られた悪人は100%更生したとのこと――しかし、連れていかれた悪人がその姿を現したことは一切なく、さらには死亡例が一件もないことから、その情報は信じられるものでもないだろう。

 もちろん、老衰死した。という報告もゼロである。ちなみに、鬼足寄場が初めて作られたのは150年以上前のことである。


 どの島でも共通なのが、罪具で攻撃された者が鬼足寄場に送られる。と、いうことであり、罪具は風紀委員の幹部が持つことを許されている。そして、裏仕事委員だけである。


「……義平さんは罪具を正義の象徴ではなく、悪人をたたっ斬るただの凶器だと言っていました。そして、正義ではなく善悪プラマイゼロだとも」転は華秀の頭をどこか悲しみを堪えたような表情で撫で、後ろから体を優しく抱きしめた。「あれをまともに振るえる人は仏か、生粋の悪人だけなんですよ」


「………………」華秀は顔を愁色(しゅうしょく)に染めると転の手をギュッと握り、大丈夫。と、だけ呟いた。そして、普段通りの幼い少女のような可憐な花のような花貌で、前から転に抱き着いた後、その手を引っ張る。「ほらほら、早く帰ろ? 今日は何だか、ころちゃんのお料理が食べたい次第であります。がぅがぅ!」


「……そうですね」表情を解した転は華秀の手をしっかり握った。

 そして、今日の晩御飯の献立を話し、先ほどの重い空気はどこ吹く風――2人は揃って、中村の屋敷に向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

灯乃府群島画渡島のお仕事委員 筆々 @koropenn

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ