第2話

「あ~あ~あ~、が~う~が~う~――」

 時刻は12時過ぎ――資料室での作業を終えた転たちだったが、昼休みを告げるチャイムが鳴ると、義平と銀子は仕事がある。と、言って食堂から出て行った。

 だが、2人がいなくなると華秀が途端に暇そうな表情になり、転の頬を自分の頬にこすりつけ目を覚まそうとしていた。


「………………」転は心ここにあらずな表情で、どこかを眺めていた。しかし、すぐに元のお嬢様スマイルを浮かべると、わざとらしく目を押えた。「う、う~……華秀さんは私と一緒にいてもつまらないのですね。約9年の付き合い――それも幻想だったのですね」

「わう! え~……そもそもころちゃんが黙りしてたんじゃん」


「少し考え事をしていただけですよ。そういえば華秀さん」転は食券販売機を指差し、華秀に尋ねる。「あのぼったくり食券ですが、華秀さん、あのくらいの食事なら私が作りますよ?」

「ぼったくりって言うなよ~」華秀は転の胸をポカポカと叩き、そのまま抱き着いた。「……そのぼったくりでも、誰かにとって大切になることもあるんだよぉ……」


「……それは華秀さんですか?」

「わふ? ううん、違うよぉ。そういう人もいるってだけ」

「……違うのに買ったんですか?」

「うぇ? あ、え~っと……あ、そ、そう! 今まで頑張っている自分にご褒美的なぁ――そう! ころちゃんがいれば買わなかったのに! もう! 帰ってくるなら言ってよぉ」

「……あらら、それはごめんなさい」

「と、ともかく! そろそろお昼にしようよ!」

「そうですね」


 どこか焦ったような華秀の頬を、転は1度撫で、そのまま一緒に昼食受け取りカウンターまで歩き出した。


 転は自前の弁当があるのだが、華秀の後ろを歩き、ジッとその顔を見つめる。

「えっと? ころちゃんなぁ~に? あたしの顔に何かついてる?」

「いえ、可愛い顔が付いていますよ?」


「む~……」手をガウガウとさせながら、華秀は高級食券を1枚取り出し、食堂のおばちゃんに手渡した。そして、昼食を受け取ると、同じく昼食を取りに来たマヤとツカサに声をかける。「あ、マヤちゃんとツカサ先輩、やっほぉ」


「土屋ちゃん、こんにちは。さっきぶりだね。あ、生徒会長も」

「……私はついでですか」

「ふぇ? あ、えっと――」

「ころちゃん、マヤちゃんはころちゃんの冗談がわからないんだから、からかっちゃ駄目だよ」


「そうですか……」わざとらしく肩を落とす転なのだが、すぐにマヤの肩を掴む。「それなら覚えておいてください。私の発言はほとんど冗談です!」

「え? え~――」

「……ころちゃん、じゃあそれも冗談なの? っていうツッコミをマヤちゃんに期待するのは酷だよ」

「あらら――」


 転と華秀はそのままの流れで、マヤとツカサと昼食をとることになり、一緒に席に着いた。


 すると、ツカサがマヤの椅子を引いた後、転と華秀の椅子も引き、座るように促した。


「わっ、ツカサ先輩紳士だぁ。よっちゃんとはあたしの扱いに雲泥の差があるよぉ」

「義平さんはこうではなく、顎で椅子を指して座れ。と、やりますからね」

「義平さん……ああ、長谷川さんですか」ツカサがどこか余裕のある笑みを浮かべた。「火付盗賊改。という大任を背負っているのです。それだけ豪快でなければやっていけないのでしょう。私は格好いいと思いますよ」


「ふわぁ……大人だぁ」

「………………」

 感心する華秀だが、転はどこか表情を引き攣らせていた。

 先ほど会った時と喋り方が違うことと、どことなく取って付けたような笑顔で転を見ていることから、商売人としての側面を出しているのだろう。


 さらには、ツカサは一定の距離に人を入れないように動いており、立ち回りが武芸者のそれ。


「先ほどは挨拶も出来ず、申し訳ありません」

「……いえ、お気になさらず。私自身、こちらに戻ってきて日が浅いですからね。むしろ、中村がお世話になっている衣蚕屋(いさや)さんにご挨拶にも伺わなかった私の落ち度ですわ」

「わぁ、ころちゃんお嬢様っぽい」

「お嬢様ですから」


 と、そんな楽しげな雰囲気で昼食が始まった。

 もっとも、転は未だに訝しがっているが、それでも場の空気を壊さないようにするためなのか、頻りに華秀とマヤに話しかけていた。


 すると、ふと華秀が思案顔を浮かべている。

「華秀さん?」

「わぅ? あ、ううん。えっと――」華秀はマヤの昼食に視線を向けていた。「マヤちゃんってさ、そんなに、その……健康的なご飯ばっかりだったっけ?」

「えぅ? あ、うん、最近、何か食欲なくて――」そう言うマヤの昼食は、野菜スティックにフルーツ、しかもマヨネーズを大量に用意しており、それを野菜につけ、ポリポリと食べていた。


「この間まではデザートが必ずあったのに……はっ、まさか子ども舌卒業!」

「わ、私は別に子ども舌じゃないよぉう」

「………………」

「………………」

 華秀とマヤがどこか緩い空気で会話をしている横で、転とツカサが思案顔を浮かべていた。

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