第6話

「え~っと……最後にお魚を買って――」

 校舎から出た転たちは中村家からほど近い場所にある商店街に足を運んでいた。

 転はタマゴ、牛乳とカステラの材料を買い、義平に持ってもらうと最後に魚屋に訪れていた。


「随分材料がすくねぇんだな?」

「この時期は近くで取った方が美味しいです。さっき八千雄に確認したら、今朝山菜を採っていたそうで、もう下処理も終わっているそうですから、それを使わせてもらいましょう」


「ああ……お前さんちは山だったな」

「海にも面していて、山菜も採れる穴場ですよ」


 中村の屋敷は海に面しており、背後には山がある。そこら一帯は中村の私有地であり、春になると執事である八千雄が釣りをしたり、山菜を採りに行ったりと忙しくなるのである。


「まぁ、八千雄は釣りが下手ですから、魚だけは買いますが……あ、これは黙っていてくださいね? 八千雄は釣りが巧いと思っていますから」転は魚屋の店主から生シラス、アジ、カツオ、イカ、タコを受け取ると、礼を言い、店を出た。しかし、転は魚介類を義平に渡そうとして、突然動きを止めた。「あら――?」


 転の視線は義平から外れており、ある人物をジッと見つめていた。


「――っと、どうしたよ?」義平は転に倣い、視線を同じ方に向けるのだが、首を傾げた後、手を叩く。「お? さすがに目敏いな」

「……? 目敏い?」


「うん? あいつら見てたんじゃねぇのか?」義平が指差した場所には、周囲の迷惑も考えてないような大声で笑っている男性が2人おり、その2人を指していたんじゃないのか? と、義平は転に尋ねた。「生徒会長としては、問題児が気になるんじゃねぇかと思ってよ」

「問題児……ですか?」


「ああ、あまり良い噂は聞かねぇな。片方の男は呉服関係の卸売を生業にしている『卸売・美鶴来(みつるぎ)』のところの倅――美鶴来 コウ。そんで、もう1人なんだが……」義平は頭を掻き、どこかばつの悪そうにもう片方の男を見た。「矢島 シゲノリ――まぁ……所謂、役人ってやつだ」


 義平が言うには、シゲノリという男は政委員会監査部に所属しており、あらゆる委員会の監査を司っている1人であるため、どの委員会の人間も無碍には出来ないそうである。


 それは風紀委員会である義平も同じで、一応、気を配っているようだが、もしもの時はわからないのだと話した。


「……そんな社会的優位にいる2人が、色々やらかしている。と?」

「ああ、面倒なことにな」義平は申し訳なさそうに顔を伏せた後、目を薄くし、軽くシゲノリを睨みつけた。「本当は、監査部の連中は周囲にその存在を漏らしちゃいけねぇんだが、あいつは親父が大物で、知らねぇ内に広まっちまったんだよなぁ」


「そうですか……」転は興味がなさそうに返事をすると、その男たちの数歩後ろを見つめた。「ところで、彼らは一体どんなおいたを?」

「あ? ああ、あいつらは自分が偉いのを良いことに色々――噂では博打や女遊び……片方は俺が取り締まらなきゃだな」

「そうですか」


「……もうちっと俺に興味を持ってくれねぇか? 火方の部長でありながら、しょっ引けねぇ俺の葛藤を汲むとかだな」義平はわざとらしく手を頭に添え、心底悩んでいるように言った。「中村のお嬢様は、本土に行って冷たくなっちまったなぁ」


「失礼な」転はクルりと義平に振り返ると、片頬に笑窪を作り、笑窪の方に首を傾げながら口に指を添える。「だって、義平さんには関係ないじゃないですか?」

「う~ん?」

「私の知っている義平さんは、例え大きな障害があっても壊していく人ですから」義平にウインクを投げた転は雰囲気だけ見たらヒロインのようである。「私、義平さんを信じているんですよ」


「……転(てん)」義平はフッと息を吐くと、転の頭を拳で挟み、グリグリと動かし始めた。「お前さんがカワイ子ぶる時は大抵嘘だって知ってんだよ。あん? お前さんにこの板挟みがわかるっていうのかい? ほ~、どう考えても興味ねぇだけだろ、なぁ?」


「痛い、痛い、痛いです――い、良いじゃないですか! 私は生徒会長です。風紀委員は風紀委員に任せますよぉ」

「――ったく」義平は転の頭から一度手を離すと、拳を開き、今度は撫でてあげていた。「まったく成長してねぇな」


「……私、中学の時に人として完成しましたから」わざとらしく肩を竦め、転は素直に撫でられている。「――貴方こそ、生まれ落ちたその日から変わっていないんじゃないかというくらい、そのままですよね、『殿様』」

「殿様言うな。くすぐったくて敵わん」

「あら、私はこの呼び方、しっくりきて好きですよ?」


 幼い頃、転は義平のことを殿様と呼んでいた。理由は、ただただ義平が偉そうにしていた。と、いう単純なものであったが、存外に呼びやすく、転は呼び続けていたのである。


「へいへい――ほれ、魚が傷んじまう。さっさと帰ろうぜ」

「そうですね……」転は、いい加減一切喋らず、ソワソワし始めた銀子の頭を一撫でした後、もう姿の見えなくなっていたコウとシゲノリが歩いて行った方角を――と、いうより、その2人をコソコソと着けていたアキラが隠れていた箇所を見つめていた。「……あれは?」


「……? お嬢様?」

「いえ……」転は首を横に振ると、アキラたちが向かった方とは反対に足を進めた。「さっ、行きましょう。時間のかかる物もありますから、早く帰って準備しなくては」

「はい――」

「あいよ」

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