第10話


 僕は部屋の中に色々な物を置く事を好まない、なので生活するのに最低限必要な物しか部屋には置いてなく、他の生徒よりもスペースはある筈なのだが。





「主様の部屋、思った程広くないね」


「いや……一人暮らしだったら広いんだよ? ただ三人になるとね」





 住人が一人増えただけでこんなに変わるのか━━、エンリヒートは二人掛けソファーに横になって占領している、アグニルはベッドに座ってくつろいでいる。

 僕は何処に座るべきか、




「何か飲み物いるかな?」


「私は何でもいいぜ!! 主様の好みで」




 座るという選択肢は後にして、先に飲み物を出す事にした。

 だが初日のアグニル同様、難しい答えが返ってきた、アグニルは牛乳で良いだろう。

 するとエンリヒートも牛乳か、いや、決めつけるのには早すぎるだろう、ここはやはり。




「準備できたよ、何がいい?」


「えっ!! めちゃくちゃあるけど…………じゃあこれかな」


「私はいつもの!!」




 やはりわからないときは色々出すのが最善だ。

 アグニルは、まあ予想通りの牛乳を選択した。

 だがエンリヒートは意外にもアイスコーヒーという選択を選んだ。

 アグニルの様に両手で持ちながらガブガブと飲む子供っぽさはなく、コップに口を付けゆっくりと上品に味を楽しみ、紙パックの安いアイスコーヒーを飲み始める。




「アグニル……そのガブガブ飲みは変わらないだな、もっと上品に飲めないのか?」


「んっ、これが一番味を楽しめる飲み方なんだぞ!?」


「はいはい、でも主様はドン引きしてるぞ?」




 テーブルを挟んだ二人が、僕をじっと見ている。

 アグニルは「本当ですか?」と黒い目玉に僕の姿を写し、悲しそうな表情をしている。

 隣に座るエンリヒートはそんな視線を受けている僕を、何も言わずにただ頬を吊り上げて、わざとらしい笑みを浮かべている。




「そんな事無いよ……凄くかわいいよ?」


「本当ですか? ほら見ろ、かわいいって言ってくれたぞ!!」


「主様もアグニルの扱い方を覚えたんだな……私は嬉しいよ」





 アグニルのどや顔と、エンリヒートの泣き真似を交互に見ていると、苦笑いしか浮かべられない。

 別にお世辞ではないのだが、でも二人が楽しそうにしているからそのままにしておこう。




「そういえばアグニルとエンリヒートは昔からの知り合いなの?」


「えっと……それは」





 僕の言葉を聞いて何か問題があったのか、エンリヒートは渋い顔をして、アグニルを横目で見ている。

 まるで「こいつに聞いてくれ?」と言いた気な表情に感じる。

 そんな視線を感じたのか、アグニルは普段と何も変わらない表情で、




「エンリヒートは私が精霊召喚士だった頃、契約した精霊の一人なんですよ」


「えっ!? そうなんだ」



  

 アグニルの精霊だったと言われたら、この仲良さそうな姿には自然と納得できた。

 それだけに何故エンリヒートが隠そうとしたのか、僕の勘違いかもしれないが確実に躊躇ったのは確かだろう。





「僕の精霊に選ばれたのは偶然なの?」


「偶然だと思うぞ? たぶん運命って奴だな!!」




 僕の疑問に今回は即答するエンリヒート。


 偶然かな━━、エンリヒートを召喚した時、アグニルと手を繋ぎ、脳裏に浮かんだ言葉を読み上げた、そしたらアグニルが精霊召喚士だった頃の精霊が現れた。


 ━━こんな偶然が起きるとは思えないのだが。




「それより、今日はエンリヒートが手料理をご馳走してくれるみたいですよ?」


「えっ!? 何言ってるんだ!? 私は━━」


「さぁさぁ早く行くよ?」




 アグニルは無理矢理エンリヒートに調理当番を押し付け、キッチンの方へと背中を押す。

 ただ背中を押されるエンリヒートは、 全力で拒んでいる、料理は苦手なのか。




「主様は、はい!! 私達が料理しときますからお風呂にでも入ってきてください!!」


「でも悪いよ……二人にお願いして僕だけ」


「いいからいいから、私達も後から入りますから!!」




 僕にバスタオルを渡し、今度は僕の背中を、というよりお尻を押すアグニル。

 私達も後から入るから、とはもしかして一緒に入るという意味合いなのか。

 昨日みたいになってはいけない、僕は急いで入る事にした。




「はぁ……今日は色々とありすぎて疲れた」





 昨日今日と、色々な出来事が起こりすぎて、自分ではわからなかったのだが相当疲れているのだろう。

 シャワーから流れるお湯がこんなに気持ちいいと思った事は今まで無かった。





「あっ……シャンプー切れてるのか」




 シャンプーのボトルが空になっている事にも気づかない。

 ため息をつき、シャワーを止めずに洗面台の近くにある詰め替え用のシャンプーを取りだそうとした。


 そんな時、二人で料理している筈の扉の外からは、料理中の賑やかな音ではなく、囁く声が聞こえる。




「主様に内緒にしたままでいいのか?」


「……まだいいんだ、それに一気に詰め込んでも良い事は何も無いだろ」





 何を話しているのか、扉に忍び寄るようにして聞き耳を立てる。

 




「それに、あんなに優しくしてもらったのに……これ以上私達の問題に巻き込む訳にはいかない」


「だが主様と契約したんだ━━、必ずあいつらは私達と主様の目の前に現れるぞ?」





 囁く声にも感情が溢れていたのが、扉を挟んだ僕にもよくわかった。


 内緒にしたまま、巻き込む、あいつらは。


 この三っつのワードを聞いていると、なんだか胸が締め付ける様に痛む。

 まだ何か二人には秘密があってそれを隠している、それが何か危険な事であるのは確かだ、そして、僕を巻き込みたくないっていう気持ちも伝わる。




「それに……これは私達の問題だ。なんとしても私の手で━━、ティデリアの無念を晴らしたいんだ」


「それは私も同じ気持ちだ……だがそれこそ主様に全て話して力を借りた方がいいんじゃないのか? 私達二人の力だけじゃ絶対に勝てない、主様の━━、精霊王の力が無いと」




 エンリヒートの口からは、また精霊王という単語が聞こえる。

 エンリヒートが勝手に呼んでいるにすぎないのでは無かったのか。

 そしてエンリヒートは少し声を荒げながら、




「その為に精霊になったんだろ? まさかお前、主様に精霊になった理由も言ってないのか?」


「それは……その」


「はぁ……呆れた、そんなに隠し事があって何が契約だよ!? それじゃあただの形だけの契約じゃないのか!? 私達の関係も形だけだったのか!? 何か言えよ精霊王?」




 一瞬僕に言ったのかと思って少し動揺した、だが二人の話の流れを聞いていると僕ではなく、エンリヒートはアグニルに言っているのだとわかった。




「違う!! 私達の関係はそんなんじゃなかった……本当に、皆は私の家族の様な」


「それなら主様にちゃんと伝えるんだな……全てを話して、ちゃんとした精霊召喚士と精霊の関係になるんだ━━、じゃないとティデリアの仇をとるなんて不可能だ」


「でも大丈夫かな? いろんな事実を伝えて、主様は私達の事を━━」


「会ってから一日しか経ってないけど大丈夫たろう。お前に召喚された時の━━、あの時のお前と同じ雰囲気がするからな」




 それだけを話して、二人の会話は一切聞こえなくなった、どうやら会話は終わって二人の意志は決まったみたいだ。

 僕は静かに、出続けているシャワーへと戻り頭だけを濡らす。


 僕はどうしたらいいのか。

 正直出ていくのが恐い、何を言われこれから僕の生活がどうなっていくのか、それを考えただけで━━。


 だけど二人が何を抱え、何をしようとしているのか、きっと僕よりも辛い事を抱えているのだろう。

 少しの話しか聞けなかったがそれは理解できた。


 それなら、二人の主である僕にできる事は━━。




「おまたせ!!」




 二人の前に笑顔で出ていき、二人が話難い空気を作らない事、それが今、僕ができる唯一の心遣いだろう。




「主様、少しお話いいですか?」




 僕の前には料理は無く、テーブルを挟んで座る二人の姿だけだった。

 僕は何も言わず、二人の目の前に座り話を待った。

 

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