第11話


「主様……ごめんなさい!!」




 テーブルの前に座った途端、アグニルは深々と僕に頭を下げる。

 青みがかった白い髪はテーブルに乗っかり、アグニルは一向に頭を上げない。




「いきなりだね……何かあったの?」


「それは、その」


「はぁ……主様すまないが内緒にしていた事があるんだ」




 アグニルが言い難そうにしているのを見て、横に座るエンリヒートが我慢できなくなって口を挟む。

 どうやらそこまでの打ち合わせはしていないのだろう、二人はこそこそと耳打ちを始め、エンリヒートがアグニルの背中を叩き、やっと僕を見た。




「実はですね……私達はある目的があるんです」


「目的?」


「私がまだ精霊召喚士だった頃、私の召喚できる精霊は三人いました」


「━━三人!?」




 アグニルの言葉に、冷静を保っていた僕の表情は一気に崩れる。

 いくら心の準備をしていたと言ってもこの言葉は全く予想していなかった。




「ここにいる火焔の精霊エンリヒート、雷神の精霊フィーナ、そして━━、愛情を司る精霊ティデリアの三人です」


「……愛情を司る精霊って」


「はい、今の私です」




 火焔の精霊、雷神の精霊。

 それら二種類の精霊はどれも有名で、それぞれが初級、中級、上級と分かれている程に精霊が存在する。

 愛情を司る精霊は仲神から聞いていたが、正直あまり有名ではない、特に戦闘に向かない精霊という事もあるが。




「私が精霊召喚士だった約百年前は、精霊術なんてものは存在しませんでした、なので持てる霊力は全て召喚に使っていましたから三人と契約を結んでも全く疲労も無く、精霊の能力も最大限使えてました」


「なるほど……でも仲神先生は僕が二人と契約を結べた事には驚いてたよね? って事は百年前から一体以上の精霊と契約した精霊召喚士はあまりいなかったってこと?」


「……あまり、ではなく私以外にはいませんでした。私は精霊召喚の基礎だけ伝えて姿を消しましたから━━、それから他の精霊召喚士達は召喚だけでは侵略者に抗えないと思ったのではないでしょうか? いつのまにか精霊が本来持つべき能力を借り、人類が使えるように変換した能力。精霊術を構築していましたから」




 アグニルの話だと、精霊召喚を教えたのはアグニルだが、精霊術という攻撃手段を考え、構築したのはアグニルの教えを受けた精霊召喚士だという事か。




「私自身も精霊術の存在を知ったのは、自分が精霊になってからですから」


「そしてアグニルが精霊になった理由は、ある精霊召喚士に殺されてからなんだよ」


「━━殺されてから!?」




 エンリヒートの口から発せられた穏やかじゃない言葉。

 アグニルは一度殺されたのか?

 誰に、何のために、そしてどんな方法で精霊に生まれ変わったのか。

 続きの言葉を待っているが、アグニルの口からはなかなか続きが返ってこない。

 ただ冷蔵庫の音と時計の音が部屋中に鳴り響く空白の時間だけが流れていく。


 そんな空白の時間から、エンリヒートが重たい口を開いた。




「……上級精霊の愛情を司る精霊は自分の生命を失うかわりに、契約者の命を精霊へと変え、救う事ができるんだよ」


「━━それって!!」


「アグニルの精霊━━、愛情を司る精霊であるティデリアは、死にかけていたアグニルを救う為に消え、アグニルは精霊へと姿を変えたってことさ」




 アグニルが精霊になった事はずっと疑問だったが、エンリヒートの言葉を聞いてようやく理解できた。


 それにエンリヒートを僕の精霊にできた事も疑問だったが、おのずと答えに辿り着けた。


 精霊に寿命なんて概念は存在しない、十年でも百年でも容姿は変わらず行き続ける。

 そして精霊が消える時は契約者が死ぬ時か、精霊の霊力もしくは精霊召喚士の霊力が無くなった時だけ。

 それに一度契約したら契約解除は行えない、文字通り死ぬまで一緒の存在だ。


 なのにアグニルの精霊だったエンリヒートは契約を解除し、僕と新しく契約を結ぶ事は精霊と召喚士の関係性に反している。


 アグニルが精霊になった場合、自動的に契約を解除しなくてはいけないのだろう、別に契約者が死んだわけでもなく、ただ精霊として生まれ変わっただけなのだから。

 ただ、これは僕の仮説にしかすぎない━━、こんな話、誰も経験していないのだから。




「ここまではなんとか理解できたよ……それで? そのアグニルを殺した奴ってのは?」


「そいつの名前はコスタルカ━━、精霊召喚士だよ」


「……聞いた事の無い名前だね」




 様々な功績を得ていたり、強力な精霊と契約をしていたりする精霊召喚士は、資料として座学にも使われ自然と皆の記憶に残る、そんな精霊召喚士は世界各国に存在する。

 だがエンリヒートから聞いた名前は座学では習った事は無かった。





「精霊召喚士というよりは━━、侵略者と呼んだ方がいいですね。あいつは自由に門を召喚できるんです」


「門を……召喚?」


「ああ、それどころかコスタルカは侵略者から敵として認識されない。私達もコスタルカの事を全部理解しているつもりじゃないんだけどな」





 二人の言葉を聞いている僕には疑問しか浮かばない。

 門を召喚するとは門そのものが精霊で、その門と契約を結んでいる、という事なのか。

 非現実的な事が起こりすぎていて、僕の頭は爆発寸前になっていた。

 話を簡単にするなら、二人は━━。





「二人は……仲間だったティデリアの仇をとる為にコスタルカを見つけ殺したい、━━そういう事かな?」


「あぁ、その通りだよ主様、あいつを止める事はこの世界の為にもなる」


「あいつさえいなくなれば門も無くなるかもしれません」




 僕はソファーにゆっくり背中を付け、白い天井を見上げる。

 二人の気持ちは理解した、だけど簡単に答えを出していいのか。

 もしかしたら死ぬかもしれない、そんな訳のわからない精霊召喚士を相手に、精霊召喚士になってからたった二日の僕が一体何ができるというのか。


 世界を救う?


 そんなのもっと優秀な精霊召喚士がやればいいじゃないか、僕は二日前まではただの学生だったのに。

 だけど━━。




「主様には関係無い話かもしれない、これは私達の問題だ……だがどうしても力を借りたいんだ!!」


「私達だけじゃあどうしても勝てません!! どうかお願いします、私達と共に!!」




 二人はテーブルに頭を付ける勢いで下げる、その体は微かに震えているように感じる。

 僕は世界を救う英雄には興味は無い、無いのだが━━。




「どうやら、僕は小さい女の子には弱いみたいだね……僕なんかで良かったら手伝うよ」


「……主様!!」




 僕の答えに笑顔を見せる二人。

 僕は世界を救う事よりも、僕の目の前にいる二人のこの可愛い笑顔を守る方が━━、何倍も価値があると思える。

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