第12話


 さぁ、今度こそイオンへと思い、車のエンジンをかける。わたしの大好きなロックバンドの曲がHDDから流れはじめる。ロック歌手だけどバラードもあり、最近のわたしは、すっかりこのバンドボーカルの歌声に癒されている。


 ウットリと少し曲を聴いたところで、ゆっくりと車のアクセルを踏んだ。


 もちろん空を飛ぶことのできない車は、イオンまで10分かかる。何を買うつもりでイオンへ向かっているのか、まったくわからない。頭が真っ白だ。考え事をしながら運転するのは危ないので、着いてから思い出そうと思い、慎重に運転する。


 夕方のイオンモールの駐車場は、満車状態だった。わたしは帰りたくなった。何千台も停められる駐車場に、たくさんの車があるだけで息が苦しくなるのだ。


 この中から空いているスペースをみつけるのも大変だ。みつかったとしても、停めようとすると、他の車が先に停めてしまう。わたしはどんくさくて気が弱いからだ。だから、いつもは朝早く行って、食料品売り場の近いところに停める。朝は車が少なく余裕で停められるのだ。


 グルグルと駐車場を回り、空いているスペースを探し、やっと入り口から一番遠いところのスペースをみつけた。1台分のスペースは何故こんなに狭いのだろう。いま乗っている車にはバックガイドモニターがついているので、わたしでも停めることができるが、以前はすごく時間もかかり、他の車に乗ってる人から睨まれている感じがして、停めるのを諦めることもしばしばあった。


 頭から突っ込んで停めれば簡単だが、今度は出るときに右側の車に接触しそうで出られなくなる。我ながらよく運転免許が取れたものだと思う。試験場の中では基本通りやればなんとかなるが、試験場の外のいろんな場面では、パニックになることが多いのだ。


 それにしても人が多い。今日は5%OFFの日だったからだ。消費税が8%になり、更に5%OFFの日に客が多くなった。当たり前のことだ。8%になったときに、3%分だけの金額が上がると思われたのに、食料品が次々と値上がりもし、便乗値上げもあった。


 何故か、衣料品も他の品物も価格がおかしい。今まで税込み2000円だったものは、消費税が8%になった時点で3%分だけ上がるはずなのに、2060円ではなく2160円になっているのだ。全てがこんな風なので、ひとつひとつの価格がグーンと高くなっている。


 なのでわたしも、月3回の5%OFFの日の午前中になるべく行くようにしているのだ。人混みが嫌いなわたしでも、毎日の生活に脅かされているので、嫌いなどと言ってられないのだ。


 サリーが、うちにはお金が腐るほどある、などと言っていたが、それはサリーの年令の頃までの話だ。あの頃は本店の他に、別の商店街にも2店舗支店を出し、従業員は30人を超えていた。


 当時の銀行預金の利息が7%という時代、利息だけで十分生活できる時代だった。夢のような時代だったのだ。


 今は、父と母の遺してくれたお金を使いながら生活している。わたしが自分の年金を受け取れるようになるのは、まだまだ先のことだ。結局、障害年金の手続きはしていない。わたしは病気を治したいからだ。そして働きたいと思っている。


 今日の夕飯の食材を買うつもりで来たのだが、美佐子が作ってくれているので、その必要がなくなったことに、いま気がついた。


(わたしは何をしにイオンに来たのだろう?)


 レジに並ぶのは、やはり嫌なので、明日の朝食用の食パンだけ、専門店のパン屋さんで買うことにした。そこの食パンを毎朝食べることが楽しみなのである。


 パン屋の食パンが陳列されている棚の食パンに、手を伸ばしかけてわたしは固まった。


( 7人分て何枚?)


 わたしは、毎朝1枚しか食べないので、5枚入りでも5日間はある。冷凍しておくのだ。6人が2枚づつ食べたとしたら12枚、5枚入りを3個は買わないといけないことになる。毎朝食べるのだから、250円がみっつで750円ブラス消費税。


(1ヶ月でいくらだ?)


 無理だ無理だ無理だ……。


 わたしは、伸ばしかけた手を引っ込めて、パン屋から離れた。近くの自販機コーナーの長椅子に腰掛け、頭の中を整理する。


 食パンはマンションの近くにある、ディスカウントストアで買うことにした。ジュースやお菓子、歯ブラシなども安く買える。


 イオンで買わなければならないのは、下着類だ。わたしはエスカレーターで2階へ上がり、下着類を6枚づつと、寝間着の代わりになるようなTシャツを探した。下着類もなるべく安いものを選び、Tシャツは丈の長めのタイプが、1枚780円だったので、それを6枚買った。


 タオル類やタオルケット、シーツは引き出物やお中元お歳暮でもらったものが、たくさんあるので買う必要はない。


 イオンを出て、ディスカウントストアへ向かい、パンやお菓子やジュースや牛乳などを買い、マンションへと戻った。



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