第10話


 その時、鋭い視線を感じた。視線の方向にいたのは、眞帆と桃子だった。


 あの目だった。わたしをじっとみつめる目。わたしの心の中を見てるのだ。


 アリサも何かを感じ取ったようだ。視線はわたしには向けてはいないものの、眞帆と桃子を上目遣いで見ている。


 場面緘黙は、アリサだけではなかった。小学校に入ってからは、授業中にどうしても発言しなければならないことがあったり、教科書の本読みをさせられたりしたので、言葉を発することはあった。だけど、それ以外は貝のように硬く口を閉ざしていた。


 そんなわたしは、人を観察する癖がついてしまった。人を見ていると心の中が見えてきた。明るい人は寂しい人。いい事ばかり言う人は、心の中で逆のことを毒づいていた。口から飛び出す言葉は、何も意味のないもので、相手の言葉の裏ばかりが見えてきた。


 眞帆と桃子は、いま、わたしの言葉を聞きながら、わたしの言葉の裏を見ているのだ。


 わたしは、眞帆と桃子から目を逸らした。心臓がドキドキし始め、息が苦しくなってきた。パニック発作が起こりはじめたのだ。


「は?親父電器屋やめちゃったの?世界一周とかできる時代になったんだな〜。うちはお金は腐る程あるからな。それより優子ママ、子供たちのオヤツの時間なんだけど。ポテトチップスある?」


 サリーの言葉に、その場の空気が少し和んだので助かった。発作も酷くならずに済んだ。


「あ、あぁ、あるよ。ちょっと待ってね」


 わたしは、収納庫の中から、ポテトチップスを一袋出した。最近は血圧が上がるのが怖いので、あまり食べなくなったが、無性に食べたくなることがあるのでストックしてあるのだ。


「優子ママ、コーラがもうないんだけど」


「コーラばかり飲んじゃ駄目よ。冷蔵庫に麦茶と、あとポカリスエットや野菜ジュースがあるから」


「ポカリなんとかって、なんだそれ?」


「あっ、わたし知ってる。なんか変な味がするやつ。友達のを一口もらって飲んだけど、駄目だった」


 わたしより先に成美が応えた。


「水分補給飲料よ。熱中症にならない為の。熱中症というのは、日射病みたいなものよ。昔はそんなの気にしたことなかったのにね」


 と、わたしは言った。あの頃は、夏場に部活でスポーツしても、水を飲むとバテるからと、水分をとることは禁止された。それでも倒れる人はいなかった。人間が弱くなったのか、気候が異常なのか、熱中症で倒れる人が増えた。わたしのように、部活中、顔を洗うふりをしながら水を飲んだ人も多いとは思うが。


「それより、わたしまだイオンで買い物して来なくちゃいけないから行ってくるよ」


「イオンってなに?」


 またサリーの質問だ。


「あぁ、ジャスコの名前がイオンに変わったのよ」


「なんで変わったの?あ〜俺もジャスコ行きたいな〜。場所は変わってないんだろ?」


「えっ、ジャスコって、わたしが働いてたところ?」


「は?成美てか、俺、ジャスコで働くことになるわけ?卒業したら」


「俺とか言ってる人は面接に落ちるんだからね。あんたは採用されないよ」


「成美が受かったんだから、俺が受かるってことじゃんよ。俺だって、そんなときは猫被ってちゃんとやるから大丈夫だって。心配すんな」


 あ〜うるさい。たった数時間のうちに兄弟喧嘩まで始まってしまった。


 ……兄弟喧嘩?


 違う。ふたり共わたしなんだから、わたし同士喧嘩ということになるのか。もうわけがわからない。


 あ〜もう勝手に喋ってて欲しい。買わなくてはならないものが、どんどんわたしの頭の中から消えていく。


「ジャスコは場所が変わったのよ。大型のショッピングセンターに変わったの。優子さん、買い物行ってきて。後はわたしが教えるから。それと、夕飯作っておこうか?食材、全然ないの?」


 美佐子に夕飯を作ってもらえると助かる。わたしは野菜室と冷凍庫を調べてみた。


「ジャガイモ、人参、タマネギ、キャベツ、お肉も冷凍しているのが少しあるし、冷蔵室は〜卵もあるけど」


「カレー粉もあるわね。じゃあ子供たちの好きなカレーにしよう。サラダもつくれそうだわ」


 わたしの横から、冷蔵庫を覗いていた美佐子がそう言った。


「助かるわ。海老もあるからカレーに入れて。美味しくなるから。じゃあ行ってきます」


「行ってらっふぁ〜い。オヤツもたくさん買ってきてね〜ママ」


 サリーがポテトチップスをポリポリ食べながらそう言った。子供たちのオヤツって、あんたが食べたいだけでしょ!と心の中で突っ込みを入れながら、わたしは1階の駐車場へと急いだ。



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