第四十六話 オモチャ

 時間は野球のナイターが終わる頃だったが、シノさんはまだ店裏のガレージで作業をしていた。

 残暑の暑さにシャッターを開け放ったガレージ前に小熊たちがハンターカブで乗り付けると、ガレージに置いたタブレットで野球を見ながら研磨作業をしていたシノさんが顔を上げる。

 手元にあったのはバイクの部品ではなく、バイクのミニチュア。プラモデルではなく金属製のミニカーらしい。

 目の前の作業テーブルには三~四種類の研磨用コンパウンドが並び、シノさんは模型用ワックスを使ってベスパのミニカーを磨きこんでいた。

「どうだこれ?二千円で落札したのをここまで綺麗にしたぞ。エンジン周りとかポリパテ削り出しで全部作り直し、タイヤのパターンも手で彫ったんだぞ」

 礼子がシノさんに掴みかからんばかりにがぶり寄る。

「そんなオモチャじゃなくてカブのことで来たの!」

 丹精こめてディテールアップしたミニカーをオモチャと呼ばれて少しショボンとしたシノさんに、小熊は言った。

「部品を買いにきました」

 シノさんの目尻が少し和らぐ。

「オモチャなんかのパーツじゃありません」

 シノさんはオモチャ屋で子供連れの母親に微妙な顔で見られた時のような、後ろめたそうな居心地悪そうな顔をしながらも、小熊の急なパーツ注文を承ってくれた。


 必要なパーツを特定するため、小熊がカブの現状を話したところ、シノさんはあっさりと部品倉庫から未開封のパーツを出してくれた。

「シリンダーボルトとナットね、あるよ。あとエンジンの腰上をバラすならガスケットも必要だな。ピストンリングも換えたほうがいい、確かオーバーサイズ用の在庫が」

 部販じゃないごく普通の中古バイク屋の倉庫から、カブの部品が次々と出てくる。礼子はこれこそカブが旅バイクとしても最高である由縁だという。

「どんな田舎にも地元の新聞屋や蕎麦屋のカブの面倒を見てる自転車屋兼業のバイク屋があるでしょ?そこに行けば主要なパーツは置いてるのよ」

 シノさんは部品番号で価格を計算しながら言う。相変わらず純正部品の通販業者や部販の一般客向け価格より安い。

「仕事でカブ使ってる奴等が相手だからな。そう何日も部品待ちで預かってられない。あと仕事してる大人よりずっと流れの速い時間を過ごしてる高校生とかな」

 大人より堪え性が無くせっかちだと言いたいんだろうが、その通りなだけに何も言えないし、こんな夜遅くオモチャ遊びしてる人が言ってもお互い様。


 シノさんは店の軽トラのキーを小熊に放り投げた。

「もう四輪の免許取ったんだろ?パーツは揃ってるからトラックでカブ持っといで。今日中に組んであげるよ」

 小熊はキーを投げ返しながら答える。

「パーツだけでいいです。自分で組む」

 さっきまでオモチャで遊んでいたシノさんが年相応の表情になる。

「カブったってバイクだ。女がバラして組むのは難しいぞ」

 礼子はベスパのミニカーに無遠慮に触れ、腰上と呼ばれるエンジン上半分を指しながら言う。

「クランクまで割らない腰上分解くらい簡単よ。プラモデルと同じ」

 小熊も並べられたパーツをかき集めながら言った。

「女には案ずるより産むが易しって言葉があります」

 シノさんが吹き出す。それから「ちょっと待ってて」と言って店に入り、小熊に薄い冊子を渡した。

「虎の巻だ。これが一番わかりやすい。パーツ注文のお客にサービスで貸してあげるよ」

 小熊は、ある老舗カブ、モンキー系チューニングメーカーが販売している整備解説書を受け取った。表紙には虎の巻、腰上編とある。

 

 パーツと虎の巻をシノさんに貰ったヘルメット用の布袋に入れた小熊は、一通りの礼を述べてから作業机の上を指差した。

「このベスパ、錆びさせたらもっとカッコよくなりますよ」

 礼子もさっき磨いた塗装面をぺたぺた触りながら言う。

「こんなピカピカじゃ工場出てすぐの新車よ。スチロールの箱から出してそのまま遊ぶ子供のオモチャと変わらない。大人はちゃんと走っているベスパを作らなきゃ。

 最初にミニカーをオモチャと言われて少し落ち込んでいたシノさんの顔が輝く。

「そうだろ?もう錆ペイントは買ってあるんだ!土ぼこりの材料も鉄道模型屋で見つけたし、これから彫刻刀でリアルなヘコミを彫るんだ」

 これ以上居るとミニカーについて延々と語るのに付き合わされそうだったので、小熊と礼子は早々に退散した。

 まったく、男って奴は。

 

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