⑧
『……――!』
戦乙女が、気付いた。
彼は廃ビルの上から飛び上がり、旋回する友軍たちに背を向けて翼を広げた。
燐光を拡散させながら、加速する段階に。
翼竜たちがこちらに気付く。
通信が入る、制止の声。
彼は――振り切った。
街を抜けてすぐの大地に、彼は埋もれている。
分かっている。仕掛けるならすぐだ。
暗闇の中、戦乙女は感覚の赴くままに翔び、一点に向けて口腔を開いた。
裂けた暗黒から砲口がむき出しになり、レーザーの濁流が迸る。
大地に照射され、瓦礫がめくれ上がり、途方も無い爆炎が吹き上がる。
『……』
だが。
そこから翼を広げ、飛び出してくるものがあった。
彼は鮮明にその姿をとらえる。
オレンジ色の光芒のなか、眼光を滾らせながら、自分と同じ高さにまで飛翔してきたそれは、瓦礫の中から現れた――不死鳥。
◇
「よし……!」
誰もが見た。
遠くでもはっきりと、銀色の翼――レイの姿。その復活を。
◇
向かい合う。
レイは完全に目覚めていて、自身の正面にとどまっているその存在を見た。
戦乙女。
人に近い異形……分かっている。
自分を求めて、ここにいる。
◇
『……―・・・――(いいな、生け捕りだぞ)』
戦乙女はその通信を聞いた。
聞いていたが、彼は。
従わなかった。
◇
戦乙女の口腔が再び開いて、レーザーの濁流を再度解き放った。
レイが、その一撃を回避すると、桃色のようにも見える明滅する激しい光の線は、彼の傍らをかすめながら、闇の空間をどこまでも貫いていく。
貫いていく。
それは、街の中に直撃した。
◇
爆発。
突如として煙の空を引き裂いた一撃が、彼らの真上にひらめいたと思うと、途端に、すぐ近くのビルディングに大穴を開け、そこから轟音とともに、爆発と瓦礫の飛散を撒き散らした。
突風。炎。
視界が真っ白になり、輪を組んでいた人々は悲鳴を上げながらその風に耐えた。
だが、幾人かは耐えきれなかった。
吹き飛ばされ見えなくなった。
炎の鱗粉が広がる。
視界の僅かに開いた隙間から、貫かれ、上半分が泣き別れになった廃墟が見えて、そこから更に炎が街へと広がっていくのが見える。
……蔵前と霧崎は呆然と立つ。
「約束を……反故にした……?」
◇
紅蓮の照り返しを受けながら、戦乙女は自分を翼竜たちが取り囲んでいくのを、どこか他人事のように観察する。
激しい糾弾が通信から聞こえてくる。
遠くで街が燃えている。
そこでどれだけのことが台無しになったのか、どれだけ犠牲が増えたのか。
そんなことは彼にはどうでもよかった。
『・・・………―――――――(国に伝えろ。今から俺は裏切り者だ)』
『・・・………………・・・――(馬鹿な、お前、狂ったのか)』
『……――…・・・(狂ってるのは、この戦争だ)』
戦乙女は身を翻し、彼らに告げた。
『・・・・・・・・・・・・………――――――――(これから俺についてくるものは、みな反逆者だ。その汚名をかぶりたくなければ、立ち去れ。そして正式に、俺を消しに来い)』
翼竜たちは互いの顔を見合わせるように動き、列を崩した。
……しばしの空白の時間。
『……・・・―――――(後悔するなよ)』
その言葉とともに、一機の棘翼竜がしんがりとなった。
翼竜や魔道士がそれに続き、彼らは戦乙女に背を向けて、その場から飛翔し立ち去っていく。
……戦乙女は、その結果に満足した。
傍らには、数機の翼竜だけが残った。
彼は翼をはためかせて不死鳥を見ると、何かの合図を送るように、先程の帰還者たちとは別の空に向けて翔び始めた。
◇
あの、異形が遠ざかっていくのが真下からでも分かる。
後方では、爆煙の巻き添えを食らった人々が互いを支え合いながら起き上がる様子があった。
「逃げた……?」
蔵前の言葉に、霧崎は首を振る。
「違う。場所を、変えるつもりなんだ。本気で、倒すために」
◇
――やるのね、レイ。
――ああ……やる。
それ以上の言葉は不要だった。
遠くに向かう戦乙女に、早く追いつかねばならなかった。
こちらが動かなければ、奴は今度こそ、本気で街の人々すべてを皆殺しにかかるだろう。
それが、いかなる結果を招くのかということさえ厭わずに。
もはや、そんなことはさせない。
これ以上、『死』を無意味にはしない。
レイは、小夜子とともに目を開く。
胎内がクリアになり、その内部のモニター壁に周囲の光景が映し出される。
彼の、彼女の後方に街があって、自分たちの全てをそこに置いてきた。
音楽が聞こえる。
あとは、その流れに合わせて動くだけだった。
手を動かすと、もう一つの手が重なって、やるべきことを念じた。
不死鳥の後方から帯のように光のフィールドが形成され、夜の闇に向けて分岐し、伸びていく。
それは白い光で、その上に黒い音符のような印が刻印されている。
かつてなら分からなかった意味も、小夜子とともにある今なら理解できる。
音楽とはそうやってできるもの。
人が作り出したもの。
これまでの、大勢の人々が。
◇
光の帯は、大地に、あるいは街の中に、放物線を描きながら届いていく。
人々が見上げるとそれはモノクロの虹のようにも見えただろう。
光が、瓦礫の中に埋もれる翔機に届くと、内部の機構に浸透する。
蔵前の部隊はその動作に驚き、離れていく……内部の溶液の中で、兵士が身動ぎし、耳をピクリと動かして、意識を取り戻す。
彼の声が届いた者たちは皆、生きていた。
まだ、戦えた。
ゆえに、翔機たちは復活する。
ある者は翼を一部失い、ある者は装甲を根こそぎ焼き尽くされていたが、最後にレイの、小夜子の声を聞き、付き従うことを決めた彼らは、暗闇から身を起こし、ゆっくりと後部のブースターを再点火させ、再び空に舞い上がっていく。
夜の闇を照らして、死んでいなかった翔機たちが、空に立ち上っていく。
昇天するように。
建物の間に迸る炎が花火のようになっている。
人々はただ、その祝祭のような光景を見上げる。
光が、吸い寄せられていく。
音楽とともに、レイのもとへ。
「奇跡だ……」「こんなことが……」
蔵前は、後ろを振り向いて、人々に言った。
「みんな。これは、奇跡でも、偶然でもない」
光が、不死鳥の後方に集っていく。
五線譜の光に導かれながら。
「人の起こしたこと。人が、自分の意志で行ったことなのよ」
◇
彼は血を吐いた。
その粒が、胎内に浮いている。どろりとドス黒い。
――どれくらい、もつのかな。
その一言に、小夜子は反応しなかった。
その代わり、自分の後方に合流してきた同胞たちの数を教えてくれた。
――小破が二、中破が三。貴方を入れて、たった六機。
――だけど。俺を信じてくれたんだよな。だったら、十分だ。
後ろを振り向かずとも分かる。
小夜子の手は、震えていた。
ここから先、どんな未来が待っているのか。
目の前に浮いている血が見えているのであれば、それだって分かるはずだ。
分かっていながら、彼女は共に在ることを選んだのだ。
――ありがとな。
――バカ。
そっと重ねる。
今度は、もう、そのぬくもりを逃さない。
肌と肌が触れ合って、互いの血脈がまじわっていくのを感じた。
◇
壇上で、小夜子が目を瞑ったまま背を反らし、深く、深く深呼吸した。
目を開けたあとは、暗い客席の中に居る先生の側を向いて、頷いた。
彼女もまた、こちらを見ていた。
「……往きます」
皆が見ていた。
ここから先は一つの音楽。
欠片の猶予もなく、自分は血が滲み、全ての骨が折れるまで鍵盤を叩くのをやめない。
レイが、翔機たちを従えて、戦乙女の待つ空へ旅立っていく。
人々が空を見上げ、朝焼けに向けての、その出撃をただ見守っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます