③
人々は、街のあらゆる場所に作られていた地下への入り口になだれ込み、その迷宮のような内部へと入り込んでいった。
「どうなってる!」「知るかよ!」「押すな、崩れる!」
トタン屋根の粗雑なエントランス。
荷物を背負った汚れた作業服の者たちが、老人たちが、子どもたちが押し寄せて、我先に入り込もうとしていた。
当然ながら、遠くに見える摩天楼の者たちはとうの昔に避難を終えている。
生産への貢献度とは裏腹に、その命の価値は、あまりにもかけ離れている。
老人が倒れる、赤子が泣く。
そこへ容赦なく、赤黒い光が差し込んでくる。
彼らは戸惑っている。
自分たちの勝利を、皇国の快進撃を信じている。今も昔も。
ではなぜ、奴らが『ここまで』やってくるのか。
それについて考えが至る余裕を持つ者は誰も居なかった。
ただ彼らは、困惑していた……何もかもが唐突に変わっていくことに、恐怖をおぼえていた。
灰色の群衆が、まるで蟻のように雪崩れて、カビ臭い地下の迷路へと入り込んでいく。
背後に、工場が、低い屋根の建物の群れが、亡霊のように煙を吐き出しながら佇んでいる。
それらは、数十分後に炎の中に埋もれる。
今はただ、その時を待っている。
◇
「皇国は、『彼ら』の属州となることで一度合意がなされた。しかし、向こう側の『国民感情』は、それでは納得しきれなかった」
サイレン。赤、黒。
狂騒のなかで、霧崎は自身の感情を努めて押し殺すようにしながら続けた。
無意識のうち、小夜子とレイは、互いの手を強く握り合っていた。
「その声に逆らえなかった。統計と民意のため、彼らは周辺国家との関係性を悪化させてでも、こちらに攻めてくることを決めたのです」
「そんな……」
小夜子はなんとなく知ってはいた。
いわゆる『蛮国』のシステムは、こちら側とはまるで異なっている。
その最大の特徴は、一党独裁体制をとる皇国とは真逆である、ということ。
それが意味するのは、市民、いや、国民の声が、国の動きに直接反映されるということなのだ。
その脆弱性と、『脅威』が、今になって襲いかかってきたわけだ。
「激憤する国民感情を鎮めるため、こちら側に『徹底した戦い』を見せることにした。最大の『娯楽』として……皇国の最期を、演出する」
霧崎はあくまで淡々と語っているようだったが、影の中で強く握られた拳が、焦燥と怒りを十分に語っていた。
「なんだよ、そりゃ……」
小夜子の傍らで、レイがうめいた。彼も憤っているようだ。
しかし小夜子は、ただ動揺しているだけだった。
向こうにもこちらにも、自分は何の感情もない。
では、何をすべきなのか。彼女はいま、探していた。
◇
「もはや、ここまでだ」
「我らの夢は消える。築き上げてきたすべてとともに」
老人たちは、スポットライトが消えていくように、暗黒の空間から一人、また一人と消えていく。
「この場所での社会モデルは失敗に終わった。しかし、我らが生きる別の場所で種は芽吹く」
「終わりはない。お前たちが勝てば、また別の運命が始まるだけだ……」
最後の一人が円卓を立ち去った時、中央のモニターは、迫りくる怪物たちを映し出していた。
◇◇
蛮国の怪物たち、そしてそこに乗り込む者たちは報復に燃えていた。
――皇国の人でなし共。
狂ったアジテーションに乗せて、数多くの同胞を葬ってきた連中。
彼らがこの果てのない闘争をもたらした。
彼らの脳裏には、憎悪と、激情があった。
『……・・・・・・・・――――――(見えてきたぞ。あれが、俺たちが火を灯す場所だ)』
銀翼をはためかせながら、棘翼竜の殿を努める者が、有機的なぬるりとしたゴーグルメットの中でつぶやいた。
その言葉はざらついた錆色の通信回線によって、速やかに仲間たちに共有される。
彼らの曇ったコクピットからは、高い塀で囲われた城塞のような都市が見え始める。
『・・・・・・――――――(まるで墓場だな。誰も居ないように見える)』
その言葉には、皮肉と侮蔑が混じる。
独裁と情報統制によってもたらされた生気のない街。
彼らにとっては想像するだに恐ろしい。
一刻も早く、そんなものは塗りつぶしてしまいたかった。
翼竜たちは速度を上げる。
翼の後方から甲高い音が響いて、白いもやが追従する。
赤い血脈をにじませて、怪物たちが唸りを上げながら突き進む。
『・・・・・…………――――――――(決着をつけてやる)』
『―――――…・・・・・・・・(今度こそ必ず)』
目的は殲滅ではない。
『破壊すべきポイント』は彼らに共有されていた。
あくまで、制圧が主軸。
炎に包んではならぬ場所も指定されている。
しかし誰ひとりとして、その命令に納得づくの者は存在していなかった。
特に……最後尾で唸り声とも駆動音ともつかぬくぐもった声を漏らす異形――
――必ず。かならず、ころしてやる。
――おれには分かる。おまえは仲間を置いて前進するのに躊躇した。お前が大事にしているものはたしかにある。だが、そのくせ、おまえはおれの仲間をたくさん殺した。
――おまえはしょせん、狂ったバケモノだ。どれだけあがこうと。俺がそれを、教えてやる。
騎士のヘルメットのような頭部からは、凶悪な怪物の瞳が爛々と輝き、この先対峙することになる一人の兵士の命運を、その手で握り込もうとしていた――。
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