人々は、街のあらゆる場所に作られていた地下への入り口になだれ込み、その迷宮のような内部へと入り込んでいった。


「どうなってる!」「知るかよ!」「押すな、崩れる!」


 トタン屋根の粗雑なエントランス。

 荷物を背負った汚れた作業服の者たちが、老人たちが、子どもたちが押し寄せて、我先に入り込もうとしていた。

 当然ながら、遠くに見える摩天楼の者たちはとうの昔に避難を終えている。

 生産への貢献度とは裏腹に、その命の価値は、あまりにもかけ離れている。


 老人が倒れる、赤子が泣く。

 そこへ容赦なく、赤黒い光が差し込んでくる。

 彼らは戸惑っている。

 自分たちの勝利を、皇国の快進撃を信じている。今も昔も。

 

 ではなぜ、奴らが『ここまで』やってくるのか。

 それについて考えが至る余裕を持つ者は誰も居なかった。

 ただ彼らは、困惑していた……何もかもが唐突に変わっていくことに、恐怖をおぼえていた。


 灰色の群衆が、まるで蟻のように雪崩れて、カビ臭い地下の迷路へと入り込んでいく。

 背後に、工場が、低い屋根の建物の群れが、亡霊のように煙を吐き出しながら佇んでいる。

 それらは、数十分後に炎の中に埋もれる。

 今はただ、その時を待っている。



「皇国は、『彼ら』の属州となることで一度合意がなされた。しかし、向こう側の『国民感情』は、それでは納得しきれなかった」


 サイレン。赤、黒。

 狂騒のなかで、霧崎は自身の感情を努めて押し殺すようにしながら続けた。

 無意識のうち、小夜子とレイは、互いの手を強く握り合っていた。


「その声に逆らえなかった。統計と民意のため、彼らは周辺国家との関係性を悪化させてでも、こちらに攻めてくることを決めたのです」

「そんな……」


 小夜子はなんとなく知ってはいた。

 いわゆる『蛮国』のシステムは、こちら側とはまるで異なっている。

 その最大の特徴は、一党独裁体制をとる皇国とは真逆である、ということ。

 それが意味するのは、市民、いや、国民の声が、国の動きに直接反映されるということなのだ。

 その脆弱性と、『脅威』が、今になって襲いかかってきたわけだ。


「激憤する国民感情を鎮めるため、こちら側に『徹底した戦い』を見せることにした。最大の『娯楽』として……皇国の最期を、演出する」


 霧崎はあくまで淡々と語っているようだったが、影の中で強く握られた拳が、焦燥と怒りを十分に語っていた。


「なんだよ、そりゃ……」


 小夜子の傍らで、レイがうめいた。彼も憤っているようだ。

 しかし小夜子は、ただ動揺しているだけだった。

 向こうにもこちらにも、自分は何の感情もない。

 では、何をすべきなのか。彼女はいま、探していた。



「もはや、ここまでだ」

「我らの夢は消える。築き上げてきたすべてとともに」


 老人たちは、スポットライトが消えていくように、暗黒の空間から一人、また一人と消えていく。


「この場所での社会モデルは失敗に終わった。しかし、我らが生きる別の場所で種は芽吹く」

「終わりはない。お前たちが勝てば、また別の運命が始まるだけだ……」


 最後の一人が円卓を立ち去った時、中央のモニターは、迫りくる怪物たちを映し出していた。


◇◇


 蛮国の怪物たち、そしてそこに乗り込む者たちは報復に燃えていた。


 ――皇国の人でなし共。


 狂ったアジテーションに乗せて、数多くの同胞を葬ってきた連中。

 彼らがこの果てのない闘争をもたらした。

 彼らの脳裏には、憎悪と、激情があった。


『……・・・・・・・・――――――(見えてきたぞ。あれが、俺たちが火を灯す場所だ)』


 銀翼をはためかせながら、棘翼竜の殿を努める者が、有機的なぬるりとしたゴーグルメットの中でつぶやいた。

 その言葉はざらついた錆色の通信回線によって、速やかに仲間たちに共有される。


 彼らの曇ったコクピットからは、高い塀で囲われた城塞のような都市が見え始める。


『・・・・・・――――――(まるで墓場だな。誰も居ないように見える)』


 その言葉には、皮肉と侮蔑が混じる。

 独裁と情報統制によってもたらされた生気のない街。

 彼らにとっては想像するだに恐ろしい。

 一刻も早く、そんなものは塗りつぶしてしまいたかった。


 翼竜たちは速度を上げる。

 翼の後方から甲高い音が響いて、白いもやが追従する。

 赤い血脈をにじませて、怪物たちが唸りを上げながら突き進む。


『・・・・・…………――――――――(決着をつけてやる)』

『―――――…・・・・・・・・(今度こそ必ず)』


 目的は殲滅ではない。

 『破壊すべきポイント』は彼らに共有されていた。

 あくまで、制圧が主軸。

 炎に包んではならぬ場所も指定されている。

 しかし誰ひとりとして、その命令に納得づくの者は存在していなかった。


 特に……最後尾で唸り声とも駆動音ともつかぬくぐもった声を漏らす異形――戦乙女ヴァルキリーにとっては。


 ――必ず。かならず、ころしてやる。


 ――おれには分かる。おまえは仲間を置いて前進するのに躊躇した。お前が大事にしているものはたしかにある。だが、そのくせ、おまえはおれの仲間をたくさん殺した。


 ――おまえはしょせん、狂ったバケモノだ。どれだけあがこうと。俺がそれを、教えてやる。


 騎士のヘルメットのような頭部からは、凶悪な怪物の瞳が爛々と輝き、この先対峙することになる一人の兵士の命運を、その手で握り込もうとしていた――。

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