蔵前と名乗った少女は、倒れていたのを見つけたときのことを色々と語って聞かせた。

 しかしその間も、レイ自身の視線は窓の外に注がれていた。


 そこから見えるのは、廃墟の街。

 すぐに気づく。

 自分が翔機で戦闘をした場所。

 そして、自分が『思いがけない発見』をするきっかけになった場所だ。


 ろくにくたばることも出来ず、ただ身体の動く限り彷徨った果てにたどり着いたのがこの場所というのは、ひどい皮肉なような気がしてならなかった。

 さらに視線を注ぐと、朽ち果てた街のビルの狭間を、ちらちらとうごめくいくつもの人影があるのが分かる。蔵前と名乗った彼女と似たようなボロをまとって、カゴ付きの台車などをせわしなく運んでいる。


「ああ……あいつらね。ここに住んでる」


 自分の視線に気づいたのか、蔵前が教えてくれた。


「翔機とか、敵の連中の残骸なんかがここに落ちてくるから、それを拾って売りに出たり、何かに改造したりして生計を立ててる。街の内側で処分しきれなくなったゴミも、ここの先にある大穴に投げ込まれる。都合の悪いことは全部外側に押し付ける、皇国のお家芸ね」

「……あんたも、そのうちの一人か」

「まあ……そんなとこ。でも、男たちみたいな力仕事は出来ないから……私は、こっち」


 そう言うと、蔵前は薄笑いを浮かべ、するすると外套を脱ぎ始め、下着姿になろうとする。


「なんで脱いでんだ。寒いだろ」


 ……蔵前は一瞬あっけにとられて、その後すぐ、面白くなさそうな表情になって言った。


「ああ……あんたは、そういう感じね。もういいわ」


 外套を着直して、飲み物をとってくると言って部屋を出た。

 わけがわからなかった。


 カップに合成コーヒーを注いだ蔵前が戻ってきた。

 渡されたものを飲むと、お湯にうっすら味と香りがついていた。


「それで……なんで俺を」

「助かったなら、まずお礼を言いなさいよ。なってないわね」


 レイは、窓際にもたれてカップを持つ彼女の皮肉っぽい言葉を無視して、続ける。


「俺はあのままくたばるはずだった。それでいいと思ったんだ。あんたは誰だ。それで、なんで俺を助けた」

「なるほどね……あなた自身も整理出来てないみたい。じゃあいいわ、私の話をしましょう」


 彼女はカップを窓のふちに置いて、話し始めた。

 

 自分は、皇国の情報を盗んで逃げた。そしてここまでやってきた。

 情報は、相手に渡すつもりだ。

 相手とは、敵国――つまり、こちらで言う『蛮国』。


「向こうの国に、こちらの『音楽』について本を書きたがってる妙な男が居るの。そいつのところに行くつもり――」


 彼女はその先を続けようとしたが、『音楽』という言葉をいったときに、レイの顔が沈んだことに気づいて話を打ち切る。

 それから、彼の顔を覗き込んで、話題を少しだけ変えた。


「私は……あなたについて、知ってるのよ」


 自分が、皇国でどんな仕事をしていたのか。

 誰を道連れにしようとしたのか。

 それについてを説明した。だが、レイの顔はどんどん曇っていく。


「自分はたまたま生き残ったけど……心残りがあったのよ。あなた達にひどく同情してるの。だから、多少なりとも罪滅ぼしをしたいって思った。そんなときに、あなたが倒れてるのを見つけて――」

「同情って……なんだ」


 レイは、ベッドの上で膝を抱えて、くぐもった声を出した。

 叱られた子供のような姿勢。


「あんたに何ができる。連れ出したところで数年の命なんだぞ。外の世界のことだってなんにも知らないままだ。敵のことだって知らずに生きてきた。そんな奴らに、あんたは何ができる」


 膝に頭を押し付けて、訴える。その声は枯れていなかった。


「それともなんだ、あんたは……ただ死んでいくだけの奴らに余計なものを与えて、苦しませようってのか……その結果が、何を生んだか、分かるか」


 レイは立ち上がり、蔵前を問い詰める。彼女は後ろに下がった。

 その時、持っていたカップが床に落ちて砕け、茶色のシミを創り出す。


 同時に。窓の外で、空が明るい閃光と轟音に包まれた。

 蔵前は振り返った。レイはそうしなかった。

 窓の外で、何度も光の明滅があった。


 廃墟の一角に、ひとつの黒い影が突っ込んで爆発した。

 更にその上空で何度も花火のような音が聞こえた。


 今まさに、翔機が戦い、散っていった。

 その真下を、亡霊のような住人たちが駆け巡り、その残骸から、死体から、明日への糧を探し当てようとしている。

 まるで、夢のような光景。


 光が室内に入り込んで、二人の姿を影だけに変えた。

 レイは力の入らない足を踏みしめたせいで、その場でたたらを踏んだ。

 苦悩の舞踏をしているように見える。


「俺だ。俺がいる。こんなことなら、俺は」

「あなた……」

「俺は。はじめから、いなきゃ、よかったんだ」


 ひときわ大きな光がはぜて、一瞬何もかもが、見えなくなった。

 レイは力なくベッドに座り込む。

 蔵前は考える動作をした。そして、彼の手を、おそるおそるとった。

 震えている。恐怖している。

 彼女は……そんな手を、知っている。

 閃光と同じように浮かんで消えた記憶の中に、それはあった。

 だから、もっとあとにいうべきだった言葉を、今ここで告げることにした。


「違う。あなたは、生きてる。その意味を知るべきよ」

「死に損なっただけだ。理由なんてあるもんか。もう、小夜子にだって見捨てられた。だから俺は……」

「その『小夜子』が――私を、生かしたのよ」



 レイは、はじめ何を言われたのか分からなかった。

 目の前の女から、小夜子の名前が、はじめてではないかのような調子で飛び出した。

 それが意味するところが不明だった。

 狂おしい光のまたたきが、まだ続いている。


「あんた、一体……」

「いいこと。あなたのいう『小夜子』はね。私を殺す仕事を与えられていたのよ。だけど、それが出来なかった。彼女はね、最後の最後で……私を、逃がしたの」



 確かに銃声は響いた。

 しかし、それは蔵前を撃つことはしなかった。

 彼女のすぐそばに弾痕はあった。


「あなた……」


 口をパクパクさせながら、呆然と小夜子を見た。

 彼女はこちらを見ておらず、俯きながら唇を噛んでいる。

 あまりにも強くそうしていたせいか、血が顎を伝ってぽたぽたと落ちているようだった。


 ――――消えて。はやく。

 小夜子の口が、そう動いたのを蔵前は見た。


 一瞬がとてつもなく長大な時間になったようだった。

 そこで色々な事を考えた。

 彼女のこと、それから、彼女の傍に居た、あの青年のことを。


 その先で蔵前は、その言葉に従うことにした。

 翻ってその場を立ち去った。

 震える手で銃をしまい込む小夜子が、どんどん遠ざかっていく。


 その両腕は、何やら空中で鍵盤を叩くような動作を、何度も何度も繰り返していた。

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