任務当日・正午-2

「そろそろ山場なんだろうねぇ」

 目の前の大型ディスプレイを目の前に、白いローブの老婆はそう呟いた。

 通信指令室。

 白で統一されているが、他の部屋より少しばかり暗く、〈6³〉の刺繍が施された白のジャケットに白のタイトスカート、所謂、〈6³〉女性職員の制服を着た十数名のオペレーターと通信機材に囲まれたドーム状の部屋。

 老婆は正面に設置されているメインディスプレイの前を陣取っており、その画面には黒く縁取られた〈6³〉の白い文字が真っ白な背景の中を漂っていた。

「それにしても! 現在状況を確認できないのは如何なものかね?!」

 老婆は腕を組み、一つ大きな溜息を吐くと、画面に向かって怒鳴った。

「仕方ないじゃん。結界内の遠隔モニターは今の技術では無理なんでしょ?」

 一人のオペレーター……制服を程好く着崩したミディアムヘアにパーマの掛かったグレーアッシュの女性が、デスクに頬杖を突いて老婆の言葉に答えた。

「ふ~む。結界内とはいえ、目視での監視は可能だろう?! 全く、大それた設備を有してる割に使えないね!」

 徐に振り返りると、そのオペレーターを真っ向から見据え、老婆は捲し立てる。

「だったら、現場に行って直接見てくればいいじゃん。気になるんでしょ?」

 老婆の怒声をものともせず、オペレーターは頬杖を突いたまま答える。

「アタシに外で働けってのかい?! いや、そんな事より! たかがオペレーターの分際で、毎度毎度このアタシにそんな口の利き方をするのはアンタだけだよ! 親が偉いからって、アンタまで偉いわけじゃないんだよ!」

「はいはい。たかがでも一応、ここの室長ですけど~。それに、いちいち怒鳴らなくても伝わるっつーの」

「声のデカさは生まれつきだよ! ったく! アンタは礼儀ってモノを知らんのかい?!」

 気だるげなオペレーターの言葉を受け、ボリュームを高めていく老婆の怒声。そのやり取りの中、室内にいる他のオペレーターたちは気にすることなく自らの仕事を熟していた。

「あのね。アンタアンタって、私には杉澤霧恵ってゆー、ちゃんとした氏名があるんですけどー」

「小娘にはアンタで充分なんだよ!」

 うんざりした表情を向ける霧恵に、老婆は射抜くような鋭い視線を向け、そう吐き捨てた。

「いつまでも五月蝿い婆さんだこと」

 霧恵が大きな溜息を吐きながら老婆から視線を外し、そう言うと。

「さて、もういいですかね?」

 霧恵と老婆の掛け合いを傍観していた神原が書類を片手に老婆に歩み寄った。

「神原! いつ入って来たんだい?! ずっと見てたのかい?! 何かの報告かい?!」

「つい先ほど入ってきました。見ていたのは三十秒程度です。報告は深麓さんの件です」

 神原は質問に欠かさず答えると書類を老婆に手渡し、眼鏡の縁を指で押し上げた。

「ふん! なるほどね……あの若造の両親は飛行機事故で他界したのかい……しかも、この飛行機は……ふ~む」

 老婆がパラパラと書類を捲るのを眺めながら、神原は説明を始めた。

「まず第一に注目すべきは、深麓さんの母親は事故当時、彼を身籠っていたことです。そして、この事故で墜落した機体は、コ……」

「ちょっと待って。深麓って、新入りだよね? それに、その両親はその事故で死んだんでしょ? 彼を身籠っていたって……え? じゃあ、あの新入りは? え? どういう事?」

 霧恵が手を軽く挙げて神原の話を遮り、首を傾げる。

「どうやら、奇跡的に助かったようだな。しかし、事故に関してはニュースなどで報じられるほど公になっているのだが……どういうわけか、彼の生還に関しての情報は存在していない」

 腰に片手を当て、空いた手の指で眼鏡のフレームを叩きながら、神原はそう答えた。

「ふむ……そこん所はアタシが調べてみるとするよ。しかし、神原……この報告書にある一連の影消滅事件を絡めた推測……これが正しかったら、〈グリニッジの人魂〉以来の大躍進が見込めるよ!」

「グリニッジのひとだま?」

「時速から分速へのターニングポイントとなり、6³設立のきっかけとなった存在だ」

 老婆の言葉に更に首を傾げる霧恵を横目に、神原はそう答え。

「時速、分速……影滅者のランクだっけ? え~と、分速の次は~……」

「秒速だ」

 更なる霧恵の疑問に、神原は眼鏡の縁を指で押し上げながら答えた。

「ふ~む。あの若造は秒速の影滅者なのかねぇ」

 老婆は〈6³〉の文字が漂うディスプレイに向き直り、そう呟いた。

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6³の影滅者たち 鵺刃 上 @nueba

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