任務当日・正午

「お兄さん! 頑張ってねー!」

 都市部に着き、車から降りた数哉に隼が助手席の窓から手を振りそう告げると、車が発進された。

「……誰も、いない」

 車が角を曲がり、見えなくなるのを見届けると、数哉は辺りを見回してそう呟いた。

 道を歩く人や、建物の中を覗いても、誰一人としていない。

 活気に溢れていた街が、ゴーストタウンと化していた。

 ビル街を抜け、スクランブル交差点に出ると。

「あ! 数哉くん! やっぱり来たね!」

 数哉は聞き覚えのある声に安堵の溜息を吐き、交差点の中央に佇む白いコートの女性に手を挙げた。

「美紅さんっ! ……それに、えーと」

 数哉はそう言って、美紅の隣に立つ二十代後半と思われる同じく白いコートを着た細見の男を見据えた。

金剛こんごうだ。よろしく」

 数哉の目から見ても間違いなくイケメンという部類に入る顔の男は、そう言って手を差し出した。

「こ、金剛さんですか……どうも。深麓です」

 外見にそぐわない名前に数哉は少しばかりの戸惑いを覚えつつ、差し出した手を握り挨拶を返した。

「ふっ……大丈夫なのか? こいつ?」

 金剛はすぐさま数哉の手を放すと、美紅に振り返り、数哉を顎で指しながらそう言った。

「大丈夫よ、ね?」

 美紅は自信ありげに答えて、数哉にウインクをした。

「ふん。ただでさえ今回は危険な任務なのに、足手まといになるだけだろ?」

 金剛は数哉を一瞥し、肩を竦めて鼻で笑った。

「は、はあ……」

「とにかく、帰った方がいいんじゃないか?」

 頭を掻いて俯く数哉に向かって、金剛がそう言い放った時。

ガラガシャッ!

「っ?! 来たわよ!」

ガシャガシャガラガシャッ!

 美紅の声を受け、金剛は振り返り、数哉は顔を上げると、骸骨の形をした〈影〉がアスファルトの地面から染み出る様に這い上がってきた。

 その数4体。

「よし……」

「どいてろっ!」

 金剛は構えようとする数哉を押し退けて前に出ると、懐から一本の五寸釘を取り出し、目の前に掲げた。

われほむらって、めっし、朱雀すざくって、じょうす、って、ぜんす」

 金剛の詞に反応するかのように、五寸釘が紅く輝き始める。

焔矢ほむらや浄魔朱雀じょうますざく!」

 そう発して金剛が放った五寸釘は、炎に包まれながら一直線に宙を駆り、一体の骸骨に突き刺さった。

ゴオォォウッ!

 骸骨は一瞬で炎に包まれ灰となり、黒い粒子となって宙に舞消えた。

「ふん。大したことない。残りも俺に任せろ」

 金剛は得意げに数哉を一瞥すると、懐から3本の五寸釘を取り出し、両手で包み込んだ。

カラカラカラカラカラッ。

 突如、残った3体の骸骨が乾いた音を立てて崩れ去り、地面の中へと沈んでいった。

「ん? なんだ?」

「私は何もやってないわよ?」

 金剛と美紅は揃って数哉に視線を向ける。

「え? い、いえ、俺も何も……」

 二人に見咎められた数哉は慌てて首と手を振り、否定した。

「そうなの? じゃあ、なんだろ? 逃げたとは思えないし……何だか嫌な……」

ガラガシャッ

 美紅が言葉を言い切る前に、地面から再び骸骨の様な〈影〉が這い上がり出した。

ガラガシャガシャガラッ!

 何体も。

ガラガシャガシャガシャガラガラガラッ!

 ワラワラと湧き上がるように。

ガラガシャガシャガシャガラガラガラガシャガラガシャッ!

「ちょ、ちょっと……まだ、増えるの?」

ガラガシャガシャガシャガラガラガラガシャガシャガシャガラガラガシャッ!

 現れた骸骨。その数は数十体にも上り、まだその数を増していっている。

「おいおい、何体出て来るんだ……ヤバイな」

「退いた方がいいかもね。私が牽制するわ。結界をお願い」

「……わかった。新入りは下がってろ」

「え? でも……」

「邪魔なんだよ! 下がってろ!」

 金剛は手にした釘を懐に戻しながら数哉を怒鳴ると、美紅の後ろに付いた。

 美紅は金剛が後ろに付いたのを見届けると、行動に出た。

りん!」

 そう発すると、美紅は両手を組んで印を結ぶ。

われ光明こうみょうって、さくし」

 美紅の後ろで金剛は、懐から取り出した鉄杭を詠唱しながら地面に突き立てていく。

 数哉はその二人の行動を横目に、両手を合わせ、それを口元へと近づけた。

びょう! とう! しゃ!」  

 発する言葉に合わせて、美紅は次々と印を結んでいく。

四聖しせいって、かいす」

 金剛は四本の鉄杭をそれぞれが正方形の点になるように地面に突き立て終える。

かい! じん! れつ! ざい! ぜん!」

 美紅は組んだ印を解き放つと、大きく息を吸い込みながら両手を合わせて花の様に開き、それを骸骨の群れに突き出す。

 ガシャガシャシャっ!

 出揃ったかの様に骸骨たちの増殖が止まると、一斉に白骨の頭部をこちらに向け、その漆黒の眼窩で見据えてきた。

っ!」

 美紅がそう発すると、青く大きな光が、その両手から撃ち出された。

ガシャァァンっ!

 美紅は打ち出した青い光弾が数体の骸骨を弾き飛ばすのを見届けると、後ろへと飛び退る。

かがみって」

 金剛は美紅が隣に来るのを見計らい、正方形の中心に立つ。

ガシャガラガシャガシャ!

 美紅の攻撃に応じた様に、骸骨の群れが物凄い速度でこちらへと押し寄せて来る。 

「速いっ! 来るわ!」

ガラガシャガシャガシャシャァァ!

 筋肉の無い骨となった体躯とは到底思えない程の速さで駆ける骸骨たち。

ガラガシャガシャガラガラガラガシャシャアァァァ!

「まだっ?! 早く結界を!」

 美紅は眼前まで迫った骸骨の群れを前に、不安な表情を金剛に向ける。

ガラガシャガシャガラガラガラガシャシャガシャシャアァァァァァァ!

「全と成す! くそっ!」

「間に合わないっ!」

ガラガシャガシャガラガラガラガシャシャシャシャシャガシャシャアアァァァァァァ!

 失意の表情を浮かべる二人まで骸骨たちの手が掛かりそうになった、その時。

風刃拳ふうじんけん!」

 そう発して、数哉が右の拳を繰り出しながら、骸骨の群れへと飛び込んだ。

 風を切るような音と共に、数体の骸骨がズタズタに引き裂かれ、黒い粒子となって消える。

凍刃拳とうじんけん!」

 繰り出された数哉の左拳は、さらに数体の骸骨を凍らせて砕き、そして、黒い粒子を舞い上がらせた。

「何、だ……こいつ……あの技は……」

「あ、あはは! やっぱりね! ふふっ! 凄いっ!」

 驚愕する金剛を横目に、美紅は笑顔を浮かべて数哉を見つめる。

合技ごうぎ! 吹雪ふぶき!」

 数哉は両手を合わせ、そのまま前に突き出した。

 数十体の骸骨が凍り、引き裂かれ、黒い粒子となって宙に舞った。

「何者だ……間違いなくあの技は……」

「ふふっ! 全滅ね! 私の見込んだ通り! 大したものね!」

 美紅はそう言って、戸惑いの表情を浮かべる金剛を尻目に、数哉に歩み寄った。

「……とりあえず、終わりましたけど。これからですね」

 数哉は美紅を一瞥すると、そう言いながら空を見上げた。

「終わりじゃないの? 他の仲間も行動してるから、そろそろ良い感じじゃない?」

「いえ。お婆さんが言っていたのが、まだ……ほら、来た」

「え?」

 美紅が空を見上げると同時に、空が一瞬、光った。

「っ?! 美紅さんっ!」

「きゃっ?!」

 数哉は美紅を後ろへと突き飛ばす、それと同時に、右肩に鋭い痛みが走った。

「ぐぅ……こ、金剛さんっ! 美紅さんを! そ、そして結界を! 早くっ!」

「あ、ああ……分かった!」

 数哉の言葉を受けた金剛は一瞬の戸惑いの後、美紅を連れて鉄杭で結ばれた正方形の中に入る。

鏡界陣きょうかいじん!」

 金剛がそう発すると、鉄杭が輝き出した。

 結界の効力で姿が消えてゆく美紅と金剛。

「数哉くんっ! ダメよっ!」

 金剛は結界から出ようとする美紅を押さえながら、数哉に頷いた。

「大丈夫ですよ! これでも、影滅者ですから!」

 数哉はそう言って、消えゆく美紅に微笑んだ。

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