有限会社ミズーリ

――――――――超放置的装置「代理店」―――――――― 


 


 大通りから脇に入ると細々とした道路が続く。

 道沿いに三階建ての雑居ビル。

 駅からのアクセスも悪い立地に建てられたコンクリートのビルは、風が吹けば、たちまち倒壊してしまいそうな、オンボロビル。

 ひしめくビル群に阻まれ解体が決まった東京タワーも、新たな名物となった東京スカイツリーも、ここからでは見えない。


 痴漢の疑いをかけられた男、滝馬室たきまむろはオンボロビルへ隠れるように、落ち着きなく駆け込む。

 階段でひび割れた壁を目で追いながら三階まで上がると、鉄の扉の前に立ち表札を確認する。


             【有限会社 ミズーリ】


 滝馬室はここまで危険をかいくぐり、何とか辿り着くと溜め息を付いた後に、背広を正して気持ちをリセットし、ドアノブを回して扉を押す。


 開口一番。彼を出迎えた女性の声――――。


「タキ社長!? 遅刻です! 何していたんですか?」


 扉で通せんぼするように仁王立ちして、威圧的な女の声に社長の滝馬室は思わずたじろぐ。


 黒いタイトスカートにスーツ。

 白いブラウスは胸元まで広げ、パンプスを履いた足で仁王立ちする女性。

 ボブショートの髪は右側だけ頰にかかり、いい女を演出しているようだ。

 整った顎のラインに猫のような愛らしい目。

 童顔の為か二十代後半にしては若く見える。


 彼女が普段見せる猫目が、虎のような捕食者の目になっていることに、おののきながら返す。


「お、おはよう――――優妃ゆうきさん……なんで俺が来たってわかったの?」


「おはよう、じゃ、ありませんよ! こんな壁の薄いオンボロビル、階段を上る足音で誰が来たかわかります」


「ごめん。降りる駅を間違えて一つ前で降りちゃって……」

 

 痴漢に間違われ一つ前の駅で降ろされた後、振り切って逃げた――――なんて、とてもじゃないが言えない。

 

 滝馬室は慌てて取り繕う

 

「ちょっと、家の用事で遅くなってね」


 この一言は余計だった。

 女性社員は目を細め疑惑の眼差しを向けて言う。


「家って、社長は独身ですよね?」

 

 危機を回避するはずが自身の発した回答で、逆に自分の首を絞めてしまった。

 仕方ないので彼は間に合わせの言い訳でやり過ごす。 


「ごめんなさい。ちょっと夜更かしが堪えたので、朝起きられませんでした」


 それを聞いて呆れた彼女は、くたびれた中年男との問答をやめ、きびすを返す。


 滝馬室は腰を低くして社内に立ち入ることを許されたのか、探るように入る。

 

 入り口から見て、右側の棚で作業する優妃に目をやる。

 彼女はスチール製の棚の硝子面を布で拭きながらボヤいていた。


「だから公安部の仕事をするのは嫌だったのよ。地味で暗くて、いつ終わるか解らないし……上司に言われて来たけど、やってることは雑務と変わらないわ。何が、しばらく頭を冷やして来い、よ!」


 警察組織において秘密主義の公安部が、一般の警察官を機密情報に関わらせる任務に関わらせる訳もなく、この場合、公安部の任務に携わるということは、使いっ走り以外の何者もでもない訳だ。


「そもそもウチの上司は部下を見る目がないのよ。警察も年に一回は管理者研修をやるべきね」


 手厳しいというか意識が高いというか。

 本当に小言が多い女だ。

 彼女は歯を食いしばりながら壁際の棚を丁寧に掃除する。

 滝馬室は、その姿をみて気を遣うふりをして、ご機嫌を伺う。


「それでも社内清掃はちゃんとしてくれるんだね? ありがとう」


「社内が汚れていると、気持ちよく仕事出来ませんから」


「なんだかんだで目の前のことに向き合い取り組む。真面目だね……小言さえなけれければ」


「はい!?」


 滝馬室の途切れそうな断片を、漏らさずくみ取った優妃から慌てて目をそらし、自分のデスクにつく。

 

 

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