警察庁警備局・警備企画……いや、長いな

 滝馬室はデスクの右側に並べられたファイルの向こう。

 入り口から見て左側、室内をうろつく紺色のブルゾンを着た男に、目を見張る。

 

 眼鏡をかけた彼はそれなりに背丈は高いが、枝のように身体が細くブルゾンの袖口がダボ付いている。

 面長のわりに鼻は高く肌は色白、あまり活発に行動するような人間に見えない。


 短髪塩顔の眼鏡をかけた男。

 前髪は長さにバラつきがあり硬質の毛並みの為か、一本一本が真っ直ぐ伸びきっている。

 細い右手で大きなトンボのようなアンテナを持ち、壁の隅やコンセントの付近にアンテナの先を向ける。


 トンボの尾からコードが伸びて、左手に持つトランシーバーのような機材に繋がっており、目線はそちらに集中していた。


 その奇妙な行動は異質だったので、滝馬室は彼に声をかけずにはいられなかった。


加賀美かがみ君……何してるの?」


 眼鏡の奥にある目線はトランシーバー型の機械から視線を外すことなく、彼は答えようとする。

 あまりにも声が小さい為か口元がほとんど動かず、まるで腹話術のように別の人物が声を当てているように思えた。


「室内に盗聴器がないか調べています……」


 ウチの会社に盗聴してまでの重要情報はないけどなぁ……。


 滝馬室は彼の理解出来ない行動に、返す言葉が見つからず小首をかしげた。

 唯一出来る事は作業の後押しだけ。


「そうか……ありがとう。引き続き頑張ってくれ」


 滝馬室は社内の部下に声をかけ終わると、自分のデスクに目を落とし、やっと自分の空間に平穏を取り戻したことに安堵した。


 ***

 

 東京都港区に構える社員がわずかな三名の小さな会社。

 有限会社ミズーリは、誰が聞いてもイメージしやすいよう、「水売り」とアメリカの「ミズーリ州」と掛けた社名だ。


 顧客に安全で高品質なミネラルウォーターを提供するミズーリは世間から、その本質を逸らす仮の姿。

 その実態は警察庁が極秘任務の為に、警視庁公安部へ命じて作ったダミー会社。

 

 かつて日本で破壊活動を行っていた過激派組織「連合赤軍」

 そのテロリストを逮捕し連合赤軍の壊滅に貢献した、警察庁警備局・警備企画課・公安部所属の「チヨダ」あるいわ「ゼロ」と呼称されていた組織の派生チームだ。

 主な任務は左翼化傾向のある宗教団体の反社会性の有無。


 要約するとカルト教団の監視だ。

 

 正式名称は”警察庁警備局・警備企画課・総合情報分析室・第七係・調査代行・警視庁公安部・公安総務課・第五公安捜査・第一〇係・特殊監視班” 

 

 長い――――長すぎる名称だ。

 

 上層部が付けたコードネームは”ThirdサードPartyパーティー”。

 

 事情を知る一部の警察関係者からは”代理店”と呼ばれている。

 とは言え、警察に代理店という名称は存在しないのだが……。

 

 何故、サードと言う名を介しているか?

 それは警視庁や公安部に続く行政機関の第三の目。

 と言う意味合いがあるらしいが……。

 面子も丁度三人。

 相応しい命名には違いない。

 

 潜入任務を行う我々の素性は世間に知られてはならない。

 ましてや、痴漢冤罪で捕まったら冗談では済まされない。


 ***

 


 滝馬室がノートパソコンを開き、電源を入れ立ち上がるのを待っていると優妃が呼ぶ。


「社長。今月、お客さんの契約更新が三件無くなりました。どうなっているんですか?」


 彼は、さもありなんとばかりに返す。


「お客さんの気まぐれだろ? 別にウチの会社はノルマがあるわけでもないし、気にする必要もないよ」


 部下から激が飛ぶ。


「だったら、その分、新規契約を取って来ればいいじゃないですか!? 重要情報というのは人との繋がりから生まれてくるんです! その為に水の営業で人脈を広げているのに、これじゃなんの為にこの会社があるのかわかりませんよ!?」


 優妃の勢いに突き上げられ、滝馬室は物音で驚き逃げる猫のように椅子から飛び退く。

 彼は顔を引きつらせて答える。


「え、営業に行ってきます……」


 脹れっ面の優妃を横目で見ながら、滝馬室はパソコンが立ち上がる前に、社内から逃げるように出て行った。

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