第四十六話 越えられない壁

 どれほど戦っていたのだろう

 いや、それほど長くはない。


「だぁらっ!!」

「はぁ!!」


 何度目か分からない神器のぶつかり合い。数え切れないほど魔法を使って、地形は元の姿を思い出せないほど歪に変化していた。それだけの争いをして、きっと一時間も対峙していない。永遠のような体感が時間も、魔力も、体力も狂わせていく。

 降り注ぐ水の槍を避けながら水面を滑る。真下に鯨以上の巨大な魚影を確認し真横に方向転換をすると、あたしがいた場所は水神の口に呑まれた。


「はぁ、はぁ··········ちっ、もう復活したのか」

「はっ、はっ、あは、あはは! これでみくりの努力も無駄に終わったわね!」


 あたしと同じく息を乱している七海の尻尾が水面より下にある。多分あの尻尾の先が水神に繋がっている。二つの姿を同時に表に出すなんて、いよいよ本気で潰しにかかっている。

 相手の底はまだ見えない。逆にこちらは既に魔力切れが近い。この状態で覚えた新魔法も全て出し尽くし、唯一ダメージを与えたバベル・サーフェイスも撃てない。全身岩でも巻き付けたように重く、頭はクラクラして意識を保つのも必死だ。血が抜かれたようで吐き気が止まらない

 変身が、解けかけている。


「あかり、私思ったの」

「··········」


 水面から尻尾を引き抜いた七海は、天に向け拳を開く。その表情を隠していた前髪が風に揺られる。


「貴方は、貴方だけは、殺さないといけない。弱いくせに、強くなり過ぎた。貴方が生きている限り魔法少女は止まらない。これ以上邪魔をさせるわけにはいかない」

「·········そうかよ」


 なんて顔してんだ。


「生かしてあげられなくて、ごめんね」


 七海が掲げた手が再度握られる。その手に集中していた魔力の塊が更に凝縮され、先の見えない水面が無理矢理引き寄せられる。


「【トリアイナ・ノア】」


 間違いなく、七海の最強魔法だ。

 七海愛用の【ノア】。その最終形態は発生するまで動く事すら出来ないほど高速の津波。四方から空を飲むほど大きな津波が迫り、真ん中で直撃を受ければ今の魔力障壁なんて簡単に突き抜けてしまうだろう。命を賭したバイタル・ノアですら非にならない魔力量だ。


「うぉおおおおおおおおお!!!!!」


 絶対に食らうわけにはいかない。残りの魔力をスリルドライブに注ぎ込みメタル化。攻撃用であるメタルドライブに無理矢理捕まって、ただ一点の逃げ道である真上を目指す。


 間に合う、間に合う、間に合う!


 視界がどんどん暗くなる。津波の影が闇に引きずり込む。でも間に合う。この速度なら津波の衝突より速く空へ逃げられる。絶対に逃げられる。

 上昇の端で、妙に七海の声がはっきりと聞こえた。


「少しだけ期待した。貴方なら避けてくれるって思ってしまった」


 あぁ、避けてやる。期待に応えてやる。




「そんなこと、出来ないの分かっていたのに·····」




 視界が開ける。

 空だ。清涼感の一つも感じない青くない空。

光で満たされる。


「出来たじゃねえか! 七··········」


 振り向いたら、目の前に水の壁。

 どうして、避けたのに·····。


「トリアイナは水神の槍。大地を貫くほど速く鋭い天災の象徴·····さよなら」


 身体は大量の水に飲まれず、被弾した勢いが強過ぎて空そのままへ押し上げる。どんな銃弾よりも速い巨大な水神の槍は、あたしを大気圏に運ぶまで数秒と掛からなかった。

 指一本動かせないあたしは、ひり潰すような圧力を全身に受けたまま考えていた。


 あぁ、波があの速さでぶつかり合ったなら、そりゃ真上に収縮するよな。地面掘って逃げるのが正解だったかな? わかんね。七海は頭いいな。


 空気の摩擦でチリチリと焼けるように感じる。魔力の壁が身体を守ってくれているようだけど、それも間もなく終わる。変身も解けてしまい、生身のあたしなんて瞬きする間に塵になってしまうだろう。

 強い。強かった。

 七海は強かった。

 こんなの·····勝てない。


「【·····トル·····】」


 使わずに、勝つなんて出来ない。


「【バトル·····フォーミュラ·····】」


 あたしも、殺さずに勝てないんだ。

 身体に触れていた水がしていく。


「【バトルフォーミュラ・ガイアナックル】」






 彼女は泣いていた。声も出さず、立ち尽くすように、どこを見つめているのか無表情のまま涙がただ零れていた。


「泣き虫」

「っ!!」


 だから、死んだはずのあたしを見つけて酷く混乱していた。口が開いては閉まって、最初の言葉を選び兼ねている。

 海は消え、湿った地面に足をつけたあたしは七海を見つめる。彼女が一歩踏み出し、何かを言おうとして止める。代わりに見せたのは共に戦っていた時によくしていた強敵を分析する見開いた目だった。


「そのデタラメな魔力。消滅魔法【バトルフォーミュラ】を使ったのね。でもなんで? 使えるはずない。そんな魔力残ってなかった。オリオンみたいな武器も無いのに拳に纏ってる? そもそも通常の消滅魔力じゃない。それなら【トリアイナ・ノア】を消せるわけない。何をしたのよ」

「質問が多いぜ七海。焦ってんのか?」

「····················」

「お前も気付いてんだろ? 消滅魔法がどういうものなのか」


 七海は口を閉じる。ここまで来れば隠していても仕方ない。きっと七海も、すぐに勘づいてしまう。


「あたしもハッキリと理解したのは最近なんだ。消滅魔力に。全ての属性魔力に有利が取れるだけの属性魔力。相性が良くなるから消滅したように見えるだけだったってな」

「そう·····やっぱりね」

「相手の属性魔力に勝ったところで素の魔力、基礎魔力に差があればダメージを受けるし、何の属性もない魔力障壁自体を抜くことは出来ない。水神の五重障壁を抜けなかったのはあたしの基礎魔力が下回ったからだ」


 水神だけの話しじゃない。美空にオリオンの障壁を抜かれたこともある。だから考えた。あたしとさくらだけに流れる消滅魔力という特殊能力の秘密を。


「ガイアコートでコアを変質させて、バトルフォーミュラを使った時に気付いたんだ。今までは相手の属性魔力対して攻撃していたあたしの魔力が別のものに有利を取っていた」

「··········まさか、そんな」

「そう、相手の属性魔力を支える基礎魔力を消滅する魔法に進化したってことだ。基礎魔力だけを壊せばいいのなら、大した魔力消費もしない」

「ふふ、あははは! あはははははは!」


 七海は天を仰ぎ笑う。何を考えているのかわからない。その声が止むと、七海の神器【霊宝アトランティス】は鈍く光る。


「つまり、今やっとその魔法は消滅を手にしたわけだ。属性も無属性も破壊する完璧な魔法へ。でもどうかしら? それだけの特殊魔力を長時間使いこなせるの? コントロール出来ていないんじゃない?」

「··········」


 七海の視線はあたしの拳に向いている。淡く光っていた白い魔力は徐々に消えかかり、いつ解除されてもおかしくないほど弱々しくなっていた。

 七海の読みは正しい。あたしはまだこれを長い時間発動していられない。本来の姿を取り戻した消滅魔力は暴れ馬のように言うことを聞かない。まるで誰かの魔力を操っているみたいに扱いが難しいのだ。

 七海が大槍を構える。しかし、飛び出す足をジリジリと地面に擦り付けるだけで動かない。自分の身体に意志を止められている。


「よせ七海! ここは引くのだ!」

「邪魔しないでリヴァイアサン!」

「我々も魔力は残っておらぬ! わかるだろう!」

「今なの、今しかないのよ!」

「落ち着け七海! 頭を冷やせば·····」


 意識が何度も入れ替わり、七海と水神は身体の支配を取り合っていた。


「うるさぁあああああああああい!!!!」


 魔力の衝撃が広がり、彼女の身体はだらりと力が抜ける。水神の気配が消えた。

 そして、瞬き一つで手の届く距離まで接近された。


「あかり、待たせたわね!」

「場面が違えば、よく聞いたセリフだな」



『あかり、待たせたわね! あとは任せなさい!』



 小さい頃、何度もあたしの元へ駆け付けてくれた七海。どんなピンチだって乗り越えてきた。いつだって助けてくれる最高の親友。

 あぁ、懐かしい。

 安心する。

 お互い限界で、魔法も使えない。自慢の神器が何度もぶつかり合うい、血を流し骨を折るだけの殴り合い。七海との思い出が頭の中をぐるぐると駆け巡り、いますごく楽しい。


「七海」

「何よ」

「好きだぜ」

「知ってるわよ」


 終わらせたくない。この戦いを。

 でも、無理なんだよな。

 七海の大振りが逸れる。ここまでだった。


「私も、大好きよ」


 あたしの杖は、七海の心臓を貫いた。

 戦いは終わる。










「な、何よこれ·····」


 背後に美空の声がする。いや、魔力的に真弓以外みんないるのか。みくりの魔力も少し回復している。よかった。死んでなかったな。

 足音が近付き、途中で止まる。地面に座り込むあたしと、血の海に沈む七海を見下ろして絶句していた。


「どういうことよ! あかり!」


 動けないあたしの視界に入り込み、泣きながら肩を揺さぶる美空。隣で膝をつく愛は七海の顔を見ながら静かに泣いていた。


「あんた! 七海さんを助けるって言ってたじゃない! その為にみんな頑張って·····どうして、殺しちゃうの·····」


 美空は目を逸らす。たぶん分かっていたのだろう。あたしと七海が戦えば、どちらかが死ぬ可能性の方がずっと高い。もともと無理を通して戦っていた。

 足を引きずって、それでも自分の力で立っていたみくりはじっくりと七海を見つめる。そして、あたしの前に座って優しく抱き締めてくれた。


「よく、頑張ったね」

「みくり·····」

「これ以上はない·····そうでしょ?」

「··········」


 その途端、愛が叫ぶ。


「七海さん! 七海さん生きてます!」


 全員が七海に目を向けると、吐血した七海は貫かれた場所をさすって何度も深く呼吸をした。その傷は塞がり、綺麗な肌が見えていた。

 そう、死んじゃいない。片方の命を壊しても時間があれば再生する。


「痛つつ、ほんと、馬鹿力」

「し、心臓が、戻ってる」

「美空·····美空なのね? 随分強くなってるわ·····」

「七海さん! 大丈夫なの!? それより何か小さいわ! どうなってるの!?」

「あー·····うん」


 七海は身体を起こし、木にもたれかかって子供たちに軽く説明する。水神と融合して命が二つになったこと。変身すると子供の身体に戻ること。それだけを言うと、あたしとみくりの三人にして欲しいと言った。

 第一世代だけになって湖も妙に静かに感じる。七海はゆっくりと沈黙を破った。


「みくり」

「ん?」

「真弓は、大丈夫?」

「死んでないよ。意識も戻ってる」

「そう、ごめんね」

「お姉ちゃんが言ってた。怒っちゃだめ、私は怒ってない」

「そう·····」

「七海は、辛いはずだからって」


 大人の姿に戻った七海は膝を抱え、顔を隠すように涙を零した。その手で傷付けた仲間から心配され、罪悪感が重くのしかかっているのだろう。


「こんなはずじゃなかったのにな·····。やっぱり私があかりに勝つなんて無理があったのかな」

「わかんね。そりゃタイミングだろ」

「ムカつく、ムカつく。私だって色々考えてたのに、全部無駄じゃん。何のために仲間に嫌われようとしたのよ。何のために親友を傷付けたと思ってるのよ。あんたか優香が出てくるなんて分かってた事だけどさ、それにしてもあんまりよ·····」

「おいおい」


 だんだん口調まで子供臭くなってきた。きっと随分溜め込んで来たのだろう。


「なぁ、話してもらってもいいか?」

「···············」

「約束だろ?」

「はぁ·····コレ」


 七海は地面に指を付け、ささっと文字を書き出した。


『詳しく話せない。聞かれてるかも知れないし、最悪見られてるかもしれないから』


 誰に? という言葉を口にするのは止めた。七海の考えでいくと、その返答すら好ましくないことはすぐに分かったから。


「貴方達、魔王を倒すんでしょ?」

「え、あぁ、そ、そうだけど」

「そこまでの目的は一緒。だから協力するわ。私が負けたんだもの。吸収されずに済むのなら従うしかない。敗者に権限なんてないものね」


 わざとらしく話しながら、指は違う言葉を生み出していた。その内容に、あたしとみくりは目を見開いて驚く。


『人間界へのゲートを開いていたのは別にいる。魔王ですら手が出せない力を持っている』


 続きを見て背筋が凍る。七海が一人で敵対しようとしていたのは、それだけ予想外の相手であった。







『黒幕は天使。私達の神器の持ち主よ』

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