第四十五話 真意

 あたしはもっと冷静になるべきだった。

 感情に干渉してくる自身の魔力に飲まれたみくりは、通常変身のあたしの速度を遥かに上回っていた。生命を燃すように焦げ臭い匂いを残して進むみくりを馬鹿みたいに追い掛けて、ゲートを開けばいいのに彼女から目を離すのが怖かった。


 あたしは変わらない。

 仲間が傷つけば混乱し、感情に流され、判断を誤る。冷静なフリをして助けも呼べない。

 結果、被害は広がるばかり。

 七海の、言う通りじゃないか。


 遠目に見えるみくりはすでに巨竜と交戦している。お互いに避けることを知らず、災害レベルの魔法で殴りあっていた。

 あのリヴァイアサンに明確なダメージを与えていく。炎の爪は尻尾を切り落とし、炎の羽は巨体を地に縫い付ける。一撃一撃がオリオンを越える威力で、被弾する度にその部分が焼き痕を残して弾き飛ばされていた。

 それはみくりにも当て嵌る。小さな身体はピンボールのようにあちこちへ殴り飛ばされ、その度に炎上しながら向かっていく。纏っている炎の下がどれほどボロボロになっているのか、見なくても分かるほど悲惨な光景だった。

 ひび割れた砂時計が時を刻んでいる。落ち切ると、全てが零れて二度と戻らないような危うさを感じた。決して先は長くない。


「··········」


 近付くにつれ外気温が上昇して、なのに、あたしは背筋を冷やされたように声一つ出せず目に焼きつけるだけ。あの戦いに入って何をする。一緒に七海を倒すのか、みくりを力ずくで止めるのか、どうすればいいんだ。


 思考の中、戦況に変化が訪れる。背の高い森の中にリヴァイアサンが沈み、自らが霧のように消え掛かっていく所をみくりが飛び込んでいく。接触と共に雲にも届く火柱が立ち昇り、まさかのみくりが勝利を納めたかのように見えた。


 しかし、結果は逆だった。


 リヴァイアサンは消えた。なのに、火柱を残したまま小さな黒い塊がこちらへ飛んでくる。木々を、岩を破壊しながら弾き飛ばされたそれを受け止めると、変身の解けた死にかけのみくりだった。

 全身は力無く、余す所なく傷つき、呼吸は浅い。

 あたしはゆっくりと下降しながら、みくりの顔を覗きこんだ。


「みくり、大丈夫、なのか?」

「···············きもひ·····わるぃ」

「そりゃ·····万全だ」


 決死を尽くした仲間を強く抱き締める。みくりはそのまま眠りにつき、あたしは彼女の事を思って身体が震えた。

 悔しいだろ。悲しいだろ。全てを出し尽くしても届かなかった。瀕死の真弓を見たお前の気持ちを思うだけでどうにかなってしまいそうだ。


「これで貴方だけね」

「七海·····」

「これで分かった? 貴方達は弱い。リヴァイアサンを倒したのは褒めてあげるけど、それだけじゃ足りないのよ」

「そうじゃ、ねぇだろ」


 もう、やめてくれ。


「まだ気持ちが揺れてるの? 貴方って本当に甘いよね。·····言ってあげようか?」


 許してくれ。


「姉妹揃って同じようにやられちゃうなんて笑っちゃう。双子は散り際も似るものなのね」


 これ以上·····。


「仇討ちすら出来ない。みくりも滑稽よね。昔は綺麗なフェニックスになれる魔法を使っていたのに、少し追い込めば何あれ? ヘドロまみれの化け物みたいになっちゃってさ」


 これ以上、七海を··········。


「弱くて汚い。あの姉妹らしいわ」






 七海を、傷つけないでくれ。






「【モード:ガイアコート】」


 光が身体を包む。コアが変質し、魔力が膨張し、身に付けていた服がすり替わる。漏れ出す魔力が自然に干渉して空気を揺さぶった。耐え切れず割れた地面の上で、みくりを伸縮自在のマントに包みここより安全なみんなの傍へ送る。


「ふふふっ、それでいいのよ」

「お前を倒すよ。そんで、話しをする」

「やってみなさい。話す気はないけどね」

「あたしが勝てばいいんだろ」

「ふーん」


 七海は右腕を伸ばし、ここで初めて神器を出現させた。それはあたしのガイアロッド同様に姿を変えた大槍だった。


「本気で戦ってあげる」


 七海の魔力が上昇する。共鳴するように、水神の魔力も肥大化していった。どこからか発生した濃霧に包まれた七海は、その中で二つの魔力を結合して高め続けている。

 これは変身だ。それも、あたしやみくりと同じく元来のものではない。かと言ってコアそのものを変質させてもいない。感じたことのない魔力反応に未知の世界を見せられているようだった。

 時間にすると三秒。歪な魔力が安定すると、七海は霧から足を踏み出す。


「お前·····」


 その姿は、予想を遥かに越えていた。魔法少女の服はそのままに、水神の角と地面につくほど長い尻尾を生やしていた。問題はそこではない。驚いたのは身体が全盛期の頃、十二歳の少女に戻っていたことだ。


「変身は久しぶりだな七海。さて、手加減など出来ぬぞ小娘」

「人格は水神か。ややこしいな」

「どちらでもあるのよ。私達は一つなんだから。どう? 子供の身体で弱そうに見えるかしら」

「急に入れ替わるな。その身体の時が一番強かったんだから弱いわけねえだろ」


 七海は間違いなくコアと肉体が壊れていた。リヴァイアサンと融合することで蘇ったとして、お互いの身体が概念的なものになったのかもしれない。だから変身した身体は最も活発に機能していた全盛期なのだろう。みくりが元のリヴァイアサンを消滅させたはずなのに七海の身体は無傷でそこにあったのは、不完全な二つの存在を一つのコアに収めているからだ。ハッキリとした仕組みは理解できないが、恐らくリヴァイアサンと七海、二人を続けて殺さないと完全には死なないのだろう。

 殺すつもりはないけれど。


「お祈りでもしてるのかしら?」

「祈る神なんていねえよ」

「我が聞いてやろう小娘」

「蛇は嫌いなんだ」


 軽い口調だが攻撃は重い。合図を待たずして始まった七海のラッシュは速度も威力も以前とは桁違いだ。ガイアコートを使って身体能力を限界突破させたというのに、そのほとんどは回避不可能。ガードの上から魔力を削られていく感覚は体内の血が抜けていくようで寒気がする。

 わざと地面から浮かせるように打ち上げばかり狙う七海。ガイアコートによる変化を知ってか知らずか、その行動は正解に近い。今の形態は地に足をついて真価を発揮するため、あたしはあえて大振りの攻撃を威力も殺さず受け止める。


「【リードゲート】」


 背後に生まれたゲートに吸い込まれ、七海から遠ざかる。リードゲートは魔力で座標を立てるのではなく視界から座標を決める。【バトルフォーミュラ・アポカリプス】の包囲網で使用しているゲートで、速度自体は早いが精密性や距離は不安定だが個人戦において使い勝手が良い。


「移動系を覚えてから、ホント鬼ごっこ好きね」


 龍の目が寸分の狂いもなくあたしを捉える。何度リードゲートを使おうと間髪入れずに移動先へ迫る七海は、千里眼でも持っているのか正確に急所へ斬撃を放つ。


「く、速ぇ·····」

「先読みされて当然でしょ。何年貴方といると思ってるの」

「そりゃあ、お互い様だ!」


 無作為な移動を繰り返していたお陰で、地面に足を着いた状態のあたしに接近してしまった七海は一瞬にして岩に包まれる。地面から引き剥がされた岩が七海を封印するように後から後から吸い寄せられ結合していく。家ひとつ分の巨大な岩石になると圧縮を始め、並の悪魔なら形も残らないレベルの圧力が掛かる。


「【バスタークラッチ】」


 後輩達と多対一試合をした時に見せた【クラッチ】の本来の能力。相手を岩の中へ封じ込めてミンチにする魔法だ。時間と共に強度が上がり続けるこのバスタークラッチを初動で打開出来なければ対応する術はない。

 当然、例外はある。


「【クリスタルダスト】」

「っ!」


 七海は並どころではないのだから。

 隙間一つない大岩からくぐもった声が聞こえ、次の瞬間に表面が霧に包まれる。銃弾を弾いたような甲高い鉄の音が聞こえたと同時に、大岩は細切れにされて周囲に散らばった。

 中から現れた七海は身体を縮こませたまま大槍を肩に担ぎ、鋭い牙を見せ笑っている。


「七海はどうあれ、我を読み切ることは出来まい」

「くそジジイめ」


 今のは水神の技か、星屑の輝きを放つ特殊な霧から急いで距離を取る。あれに触れるとみじん切りになってしまう。幸い自在に動かせるわけでは無さそうだが、あの速さで発動できるのなら近接は危険だ。

 舌舐めずりをして尻尾を地面に叩きつける水神は、七海と全く違う構えで姿勢を地面ギリギリまで下げる。棒術にも似たそれは恐らく遠心力を最大限利用した回転技に特化しているのだろう。突き主体から斬撃主体。細かく入れ替わられると厄介だ。

 ガイアロッドを身体に近く持ち水神の動きを見極めようと待ちの姿勢に入るが、当の本人は一向に攻める気配がない。どころか、目をキョロキョロさせて楽しそうに口を開く。


「自らの目で捉え、自らの口で対話する。何年ぶりだろうか、この刹那を感じる戦いは」

「昔話でも始めるつもりかよ。七海に余計な事吹き込みやがって、ただで済むと思うなよ」

「ふ、ふふふふ。思っても無いことを吐き奮起しているつもりか? 分かっているのだろう。こうなる事は必然であると」

「··········」


 途方も無い年月を生きてきた龍の目は心を見透す。水神の笑みは消え、あたしの中の本音を代弁するように語った。


「確かに我が世の理を教えた。しかし、それは我しか知らぬことではない。冥王コルカドールかも知れぬ、魔王セルケトかも知れぬ、はたまた覇王ヴェイダルだった可能性もあるだろう。今起こっている事象は時を違えど避けられぬこと。問題は、それを知った七海は必ずこの道を選ぶということだ」

「···············」

「お前は七海をよく知っておる。だからこそ理解している。此奴の選択は絶対であり、我を恨むなど筋違いの愚考。お前の目には怒りどころか僻み憎しみなど欠片も無い。賢い子だ」

「··········一つ教えてやる」


 あたしはガイアロッドを地面に突き刺す。


「あたしがどう思っていようと、他人の口からベラベラベラベラ知ったように喋られっと怒りくらい湧いちまうんだよ!!」


 大地が唸り、ガイアロッドの先端を中心に広大な範囲の地面が捲り上がる。


「【バベル・サーフェイス】!!」

「【セカンドアーチ】」


 バベルロックの進化系。広域の大地から流星群が打上げられる。速度も威力も格段に上がった殲滅魔法を、水神は滑るように掻い潜る。

 七海には【アーチ】という水上高速移動の魔法がある。名前から察するに【セカンドアーチ】はそれの上位互換。空中をアーチ同様滑るように移動し、水神の能力なのか足元に霧が発生して触れた岩を瞬時に氷付かせていた。

 上昇の流星群だけでは足りない。あたしは空に円を描き、特大のゲートを生み出す。


「【ミラーズゲート】!!」


 ゲートに吸い込まれた岩は勢いをそのままに地面に跳ね返る。昇る流星群と落ちる流星群。ここまで余裕を見せていた水神にも被弾が見え始め、歯を食いしばって目を見開いた。

 意識が入れ替わる。


「舐めるんじゃないわよ!」


 咆哮と共に七海の身体を水球が包み、バネが跳ね返るように上下に伸びる。特大の間欠泉は岩をすり潰し、地面に到達した水は波となって広がる。

 地面に触れていたいが、それ以前に水に浸かってしまうのは心臓を握られるのと同じ。一度空へ逃げ、スリルドライブの上に飛び乗って海と化した森を見下ろした。


「どんだけ魔力使ったら森を海に出来んだよ·····」

「ふぅ、いたた。久しぶりに攻撃受けちゃったわ」


 バベル・サーフェイスを正面から粉砕した七海は浮かせた大槍に腰掛け、怪我をした腕を擦りながら横目でこちらを見る。


「貴方のその変身。色んな能力が上がるみたいだけど致命的な弱点があるわね。『生成魔法』から『召喚魔法』に切り替わってる」

「正解だ。流石だな」

「だから地面に近いほど攻撃速度は上がるし消費魔力は少ない。だけど、肝心の攻撃力が大して上がっていない。今のがあかりの魔力のみで構成された生成魔法なら私をやれていたかも知れないのに、脆いその辺の岩なんていくら精度を上げようと砕くのはわけないわ」

「·····随分優しいじゃねえか。訓練じゃねえぜ?」

「····················癖よ。どうでもいい」


 不貞腐れた顔で、大槍から降りて宙に浮かぶ。

 七海はこういう奴だ。自分が負けようが、新魔法を見せればここが良くてここが悪いと分析してくれる。そう、してしまうのだ。

 何度も何度も繰り返した二人の時間が蘇り、あたしはもう一度言葉を投げ掛ける。


「なぁ、やっぱり話してくれないか。あたしは、お前と仲間でいたい。一緒に来て欲しいんだ」

「いつ、決着がついたのかしら?」


 だらりと下げた首から感情のない目が向けられる。体を突き抜けるプレッシャーに背筋が凍る。

 だがその仕草から、その表情から、あたしは確信した。七海がやろうとしている事ではなく、七海のやろうとしているその意図を。

 だから、勝つしかなくなった。


「そっか·····変わってねえな」

「何が?」


 こいつは、他ならぬあたし達を守ろうとしている。誰からとか何からとかは分からない。でも、絶対に間違いない。


 だって七海は、あたし達を守る時はいつだって一人で動いてきたのだから。


 小さい頃マスコミから守る時だって、行方不明の佳珠を探す時だってそうだ。そして水神からあたし達を守る時も。心配性で、仲間が傷付くことが大嫌いで、一番安全な方法を導き出す為に司令塔として覚醒した優しいリーダーなのだ。危険な選択には迷いなく自己犠牲を選ぶ大馬鹿野郎がその手で真弓とみくりを瀕死に追いやった。あたしでさえ立ち入らせる気はない。

 つまり、それがあたし達にとって最善であると断定してしまうほどの問題を抱えている。そんな奴を一人に出来るほど、あたし達は冷めてねえんだわ。


「七海、お前も馬鹿だな」

「·····喧嘩売ってんの?」


 七海の魔力が今までにないほど膨れ上がる。海となった地面から数え切れないほどの水柱が立ち上り、薄い霧がどこまでも広がっていく。


「遊びは終わりね」

「遊びなら帰ってからカラオケ行こうぜ」

「喉から潰して欲しいってことかしら」


 お互いの魔力がぶつかる。

 最後の時はもう目の前まで迫っていた。

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