六章

第四十七話 動き出す戦況

 七海との死闘を終え、十日が経過した。


「···············」


 キングサイズのベッドに横たわり天井のシミを数えるのにも飽きていたが、如何せん体調がまだ戻らない。体の節々が悲鳴を上げ続け、魔力も不安定な状態でいつものように制御出来ていない。ついでにお腹がムカムカして吐き気が続いている。冥王が各部屋に治癒力促進の術式が掛けられていると言っていたから回復はしているのだろうけど、無理をし過ぎたせいかそれも遅く感じてしまう。

 あたしだけじゃない。みくりも大差なく昨日やっと一人でトイレに行けるようになったと聞いている。真弓に関しては一度目を覚ましたというのに、また長い眠りに入って目覚めていない。完治したのは子供達と使い魔の二人。七海も合流していない所を見ると、まだ湖の底で休んでいるのだろうか。

 休息は構わない。構わないけど、とにかく暇だ。早く治らないものか。


「退屈そうな顔をしおって。今のお主なら簡単に殺せると言うのにな」

「七海·····じゃなくて水神か?」


 いつの間に来たのか、窓の縁へ腰掛ける少女は面白くなさそうに大きな尻尾を揺らす。

 なぜ少女の姿で、もとい変身しているのか分からなかったが、その答えは聞いてもいないのにわざわざ教えてくれた。


「あかり、多少でも動けるなら変身しときなさいよ。その方が回復も早いでしょ」

「あ、そうか。だからお前も変身してるんだな」

「そうよ。ついでにリヴァイアサンが喋れるのはこの状態の時だけだからってのもあるわね。というか貴方が約束したんじゃない、十日後に合流しようって。せっかく必死で治してきたのにさ」

「悪い、なんかいつもより治らねぇんだ」

「歳じゃないの?」

「若返れるからって嫌味かよ」


 窓から降りた七海は、あたしの胸に手を置いて意識を集中する。


「やっぱり、魔力の流れが変だわ。慣れない変身して無茶したから変な癖でも付いたのかしら。これじゃあ普通の変身もしない方がいい」

「·····どうすればいい?」

「待って。今から言う通りにしてね。まずはコアを意識して、そう、魔力が出過ぎているからゆっくり蓋をするように、いいわその調子。お腹で停滞している魔力を左足へ·····」


 目を閉じ、七海の声に身体を預ける。物語を読むようになだらかな言葉に従って魔力操作を行うと、少しずつ身体が軽くなっていくのを感じる。元の形へ、元の流れへ矯正してくれたお陰で身体の中の異物感がだんだん消えていく。

 穏やかな波に浮かんでいるみたいな心地良さ。安定を確認した七海は手を退ける。あたしは身体を起こし、軽めに動いてベッドから降りた。


「大丈夫?」

「めっちゃ楽になったわ。サンキュ」

「そう、なら会議室行くわよ。みんなを集めてもらってるから」

「お、おう。準備がいいな」

「早い方がいいでしょ。私が動けるなら、貴方達が休んでいる間に出来ることもあると思ったのよ」


 つい「へ〜」と気の抜けた返しをしてしまった。分かっていた事だけど、七海とあたしではこういうタイムスケジュールで違いが出る。あたしも頑張っているつもりだったけど何でもテキパキと動ける七海は、やっぱりリーダー気質なんだなと少し悔しくなった。

 特に会話もなく会議室へ移動すると、すでにみんな席について話し合っていた。それぞれの戦闘レベルや役割の洗い出しをしているところを見ると、今回の核心について話せる七海があたしを起こしに来てくれている間も持て余さないよう別の議題でも投げていたのだろう。無駄の無い感じが七海らしい。

 あたしが扉前の席に座ろうとすると、背を向けていたみくりがこちらに気付いて首を傾げた。


「·····治った?」

「七海のお陰で何とか歩ける。みくりは元気そうだな。昨日起きたばっかじゃねえのかよ」

「いっぱい寝たから」

「子供か」


 みくりの横は空席。真弓はまだ起きられないのだろう。そりゃ手が吹き飛んだんだから無理もない。


「さて、予定していた顔触れも揃った所で本題に入ろうか」


 冥王が笑顔で手を叩き、全体に目を移しながら全員を労った。


「今回の水神討伐戦。いや、七海くん救出作戦は無傷とはいかないものの見事成し遂げてくれた。死者を出さず水神を倒しただけでも快挙なのに、その水神と七海くんをこちらへ引き込んでくれたのは魔界が揺らぐ程の大戦果だよ。魔法少女諸君にはいくら頭を下げても足りないほど感謝をしている」


 そして、みくりへ言い聞かすように言葉を続ける。


「皆が気掛かりになっているだろう、ここにいない真弓くんの件は僕に任せて欲しい。人間が治療するよりずっと良い形に治せると思う。もちろん、四肢欠損を綺麗さっぱり元通りは叶わないけどね」

「ありがと」


 特に気にする様子もなく、みくりは在り来りに返す。この話はすでにあたし達の中で完結していていた。七海の甘さで腕一本で済んだが、本来なら負けた真島姉妹は殺されてもおかしくなかったのだ。戦いにはそれぞれに大きな理由があり、対すればいつ命を落としても仕方がない。人間界を丸ごと守ろうとした七海を避難する言葉なんてありはしない。

 その七海の気配が変わる。水神の意思が表に出てくると、冥王は指をパチンと鳴らす。


「部屋が、変わった?」


 壁や天井、床までが真っ白に消え去った空間が広がり、あたし達以外の気配が消える。薄らと床に見える紋章が何らかの魔法であることを物語っていた。


「ここは特殊な聖域。音も匂いも視界も通さない隔離空間さ。水神リヴァイアサンから秘密の話があるらしいからね。この中なら気兼ねなく発言するといいよ」

「感謝する」


 水神は立ち上がり、全員が見渡せる場所へ移動して目を閉じる。何かを考える仕草の後、淡々とした調子で話し始めた。


「前提の知識として知ってもらいたい事がある。それは魔界と人間界の関係だ」


 水魔法でスクリーンを作り、中の映像を動かして説明を続ける。


「この二つの世界は別々の物ではなく、一つの世界を別角度から見たに過ぎない同一の存在なのだ。人間が名称したところの『平行世界』。常に隣り合って決して繋がらないものだった」

「だった?」


 愛の疑問が核心を呼ぶ。


「昔はそうだったということだ。お前達はどうやってその境界線を越えて来ているかを考えてみろ」

「·····あかりさんの【ゲート】?」

「その通り。数ある魔法の中でただ一つ。【ゲート】のみがこの境界線を越える。では何故あかりは使えるのか。その話も大きく関係しているが、結論から述べるとこの魔法はある一人の男だけが使える特殊魔法なのだ」


 嫌な予感しかしない。何せ、あたしはその男を知っているのだから。


「大天使ファルエル。平行世界は魔界、人間界、天界の三つで成り立っている。その天界を取り仕切る最高位の存在がファルエルなのだ。我の目と耳を潰した憎き男よ」

「ちょっと待ってよ」


 美空が難しい顔で首を捻る。この時点で起こる矛盾が気になって仕方がないらしい。


「仮に大天使の加護であかりが【ゲート】を使えるのは理解出来る。でも、いつも魔界から悪魔が来てるじゃない。それにアナタも【ゲート】が使えるわ。話がおかしい」

「ファルエルが悪魔と手を組んでいる。となればどうなると思う?」

「·····どういうこと?」

「これを見るといい」


 水神が胸に手をやると、身体の中のから小さく赤い宝石が出現する。ビー玉のように丸いそれからは僅かに魔力が感じられた。


「これはファルエルが生み出した特殊な魔石。魔力を注げば【ゲート】が使えてしまう代物だ。ファルエルと対峙したあの日、奴から奪えたのはこれだけだった。我の他に持っているのは魔王、そして死んだ覇王だけだ。その二人はファルエルが持ち掛けた交渉に応じ、人間界を滅ぼそうと企んだ」

「ちなみに、大天使は僕のところへは来てないよ。その二人や水神と違って、このガーデンは簡単に見つける事が出来ないからね」


 冥王の補足を加えて語られた歴史は、全貌を簡潔にまとめるとこうなる。

 数千年前、水神が魔界の頂点に君臨していた時にファルエルは現れた。人間界を滅ぼそうと協力を仰ぐも水神はこれを跳ね除け、長い戦いの末に目と耳を失う。生きる屍と化した水神を触らぬ神として野放しにしたファルエルはその後、新たに現れた王を取り込もうと空間魔法の魔石を与えることにした。しかし、人間を喰い力を溜める特性のあった覇王ヴェイダルは独断で人間界を攻め続け、脅威となり得るそれを退治するために人間側へ神器を送り込む。結果としてヴェイダルは弱り、魔王に吸収される。当初の目的を果たし使い終わった神器を回収するため、魔法少女達へ『魔界の三王討伐』を持ち掛けたのだった。つまり、あたし達を殺す為に魔界へ送り込んだことになる。


 それを事実として踏まえると、状況が一気に悪くなる。天界の戦力は今のこちらより上だろう。大天使は大昔に今より強かった水神を倒しているわけだから更に強くなっていると考えていい。その本人が神器を送り込んでいるところを見ると、神器持ちは大天使に次ぐ実力者。魔法少女であるあたし達の数がそのまま強敵の数になるだけならまだマシだが、恐らく他にもいるはずだ。さらに覇王を喰らった魔王まで手の内にあるときたら、戦力差は絶望的だった。


 沈黙が続く。力の源である天使が敵になるなんて考えてもいなかったのだから。


「なんで、人間を滅ぼしたいのかな」


 風利は呟き、力無く肩を落とす。

 言うか言うまいか迷った水神は、腹を括って答えることにした。


「大天使ファルエルは狡猾で強欲。奴の本当の目的は『平行世界の収束』。三つの世界を一つに収束した後にその頂点へと君臨することだ。奴らにとって魔界はいつでも滅ぼせるが、人間界を滅ぼすことは難しいからな」

「人間界の方が、難しい? 一番弱いのに?」

「··········人間の強さは個体の能力ではない。圧倒的な数、成長速度、受け継がれる知能。我らにとってたかだか数千年の間にどれだけ進化した? 実質、三つの世界で最も異質なのが人間界だ。人間が先にゲートを開く事が出来ていたなら、滅ぶのは魔界や天界だろう。大天使にとってもこれが最後のチャンス。これ以上人間に力を蓄えられると手が付けられないのだ」


 人間が弱いうちに支配したい。単純な話ではある。

 だとすると、今後の対応は決まってくる。


「とにかく、我らは傍観するわけにはいかない。魔王を倒さない限り人間界は襲われ続けるだろう。お前達が寿命を迎えればそれこそ思う壷だ。魔王を倒し、大天使並びにその意志を継ぐ実力者を殲滅してようやく世界は再び隔離させる。魔法少女よ、力をつけるのだ。真の平和を求めるならば」


 話すだけ話して、水神は七海の中へ引っ込んでしまった。そこからはあたしと七海が合流する前の話題に戻り、修行に関して煮詰めることとなった。




 会議の後も、みんなで話しながら部屋へ向かう。その途中、あたしは吐き気を我慢出来ずにトイレへ駆け込んだ。


「うぇ·····きもちわる·····」

「どうしたのよ·····ってまた魔力の流れが変になってるじゃない」

「あかりさん体調悪いんですか?」

「あかりも人間だったのね。疲れてんならまだ大人しく寝てなさいよ」


 みんなが心配する声も少し遠い。たぶん気持ち悪い波がいま一番高い。早く寝たい。

 あたしに近付いた七海はもう一度魔力矯正をしようとお腹を触る。そこで、彼女は口を開けたまま固まった。


「な、なんだよ」

「·····何かお腹に魔力溜まり続けてるなと思ったけどさ。あんたもしかして·····」

「だ、だから何なんだよ!」


 七海は立ち上がり、眉間を押さえて抱えて唸る。そして、心配そうに見守る仲間達へ向きなおった。


「残念だけど、あかりはもう戦えないわ」

「どういうこと?」


 美空が問い、七海は確信を持って言い放つ。


「あかりは·····妊娠してるの」

「····················え?」


 自分の間抜けな声だけがその場に残った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る