第三十四話 お前らよく生きてたな

「うへ〜、ひっろ!」

「凄いですねぇ」


 優香の別荘を前にして、あたしと愛は興奮が止められずにいた。それの形状はコテージと言った方が正しく、学生時代の修学旅行をもう一度体験しているような高揚感だった。

 中に入ると、アジアンテイストを意識した統一感のある家具がバランス良く配置されており、そのセンスには美空も反応し始めて探索したくてうずうずしているのがよく分かった。


「とりあえず部屋割り決めない? 荷物を起きたいんだけどねぇ」


 二泊だけなのに無駄に大荷物の真弓はすでに疲れ切っていた。割と耐久型の戦いが得意なくせに、私生活はかなり自堕落な彼女は早く部屋で休みたいようだ。

 優香が手早く作ったくじ引きを全員で引き、二人一組を作る。決まった部屋割りはなんとも意外な組み合わせばかりであった。


一号室→美空、イブ

二号室→真弓、優香

三号室→あかり、風利

四号室→みくり、愛

リビング→さくら


「寝る時までイブの面倒みるの!?」

「なんでみくりと離されるのよぉ!!」

「イブと一緒がいいっ」

「……お姉ちゃんいない」

「え、リビングってなに??」


 全部屋から不満が出た。


「まぁまぁ信頼でも深めてなよワガママガール達〜おっとガール以外もいるねいっけね! てへぺろぺろん」

「腹立つ顔してるけど優香の言う通りだぞ。今回の合宿の内容的にもちょうどいいじゃねえか。それぞれ仲良くな」


 事前に伝えてある合宿訓練の中には連携の項目もある。その場でパートナーが決まってしまうこともあるから誰とでもある程度の意思疎通が出来るようにはなっておいて欲しい。


「あの、リビング……」

「お前は番犬だから」

「……あちゃー」


 イブと同じく人の姿をしておけば良かったと後悔するさくら。実は人型になれないこともないけど、慣れていないから短時間しか効果が続かず結局意味もないしな。

 グチグチと不満を零しながら全員が部屋に入っていった後、残ったあたしと優香は密かに安堵する。一部はもっと食い下がって来ると思っていた。


「これでいいのかい? あんまり意味ないと思うんだけどなぁボクは」

「あぁ、多少無理矢理でもお互いの事は知っといて欲しいんだ。少しでも保険掛けときたいんだよな」

「ま、ボクは居残りさんだから関係ないけどねぇ」


 そう言って、優香も自分の部屋に入っていく。このままここにいても、さくらに悲しい目で見つめられるだけなのであたしも風利のいる部屋へ向かった。




 荷物を置いたあたし達は少しだけ観光する事にした。一号室と二号室、三号室と四号室の二手に分かれてある程度楽しんだ後、夕方に帰ってきてバーベキューの準備に入る。


「うっわ、真弓野菜切るのへっただなぁ」

「う、うるさいわね! 人妻と比べないで!」

「美空見てーシュパパーっと」

「ちょっと風利! 野菜切るのに神器使わないでよ危ないわね!」


 わいわいしながら準備するだけで何だか楽しかった。普段一人で台所に立っているから、いつか雪が料理を教えてなんて言ってくるとこんな感じになるのだろうか。

 いざ焼いて食べる時にも、コイツらのうるささは相変わらずだ。


「うわぁぁぁあかりさーん! イブちゃんが食材を炭に変えちゃった! 私まだ食べてないのにぃ!」

「肉が、消えていく……優香さん、時止めてるよね? ずるい、ずるいよ……」

「やめてよみくりちゃん! 僕は魔獣だから美味しくないよ! あっつぅ!!」


 あまりにも阿鼻叫喚過ぎて、コイツらに連携どころか統率すら無意味なんじゃないかと心配になってきた。とりあえずみくりからさくらを救い出さないと。

 落ち着きのない魔法少女達は、風呂の時も寝る時も大人しくしていることを知らず、結局全員が寝静まったのは午前二時。あたしが引率の先生だったらみんな正座で朝日を浴びさせるくらいお転婆娘しかいなかった。


 そして翌朝。


「はい、おはようございます」

「「おはようございま〜す……」」


 リビングに集まったみんなはあたしの挨拶に力なく返す。寝不足もあるけど、気になるのは全員の頭頂部が少し腫れていた。昨夜うるさ過ぎて一人ずつゲンコツを入れたのだが、少々力が強過ぎたのかもしれない。

 気を取り直して、コホンと咳払いを入れつつ笑顔を作った。


「みなさん、よく眠れましたか?」

「寝たっていうか、私は気絶してたんだと思うわぁ。この馬鹿力……」

「はーい、真弓ちゃんは訓練の前に筋トレ入れておきますねぇ」

「ごめんなさい沢山眠れました」

「よろしい」


 なんで同年代を躾なきゃいけないんだ。時間がないんだから勘弁してくれよ。


「しっかりしてくれよ。何のために集まったのかわかりゃしねえ」

「へへへ、ごめんなさい。みんなでお泊まり楽しくて」

「愛は、てか子供組は仕方ねえよ。むしろ馬鹿な大人ばっかでごめんな?」


 あたしが先輩達を睨むと、早速全員が意識を落としそうになっていた。

 埒が明かないから引きずって外へ出る。別荘の裏手を少し離れると広い空き地があって、そこで訓練をする事になっていた。

 やっと自分の足で立てるようになった三十路のおばさん達から手を離し、事前に置いて貰っていたホワイトボードに今日の練習内容を書いていく。まずは基礎体力作り、それから個別に魔法の練習を入れてから連携訓練。最後に実践訓練だ。


 ストレッチからランニングと筋トレ、野球の強化選手に習ってメニューを組んでみたのだけど、これには全員が軽くついてくる。変身しなくても無意識に胎動魔力を使えるようになっている魔法少女には軽かったかも知れない。もっとキツい内容にしないと効果は薄そうだった。

 そして、魔法の訓練では先輩と後輩がマンツーマンになって指導する。あたし達先代魔法少女の本格的な訓練は夕ご飯のあとの個人練の時だけ、まずは差がついてしまっているであろう後輩のレベルを底上げしなければならない。

 愛にはみくり、美空には真弓、風利にはあたしと優香、そしてイブにはさくらがついて指導が始まる。魔族の二人は勝手が違うから任せておいて、戦闘スタイルが噛み合わなそうなペアを作らせて刺激を入れる事にした。


「風利、もっと静かに流れるような魔力操作をすんだ。誰にも悟られない。次に何をするのか分からないように。それがお前の強みだからな」

「難しい、こう?」

「いい感じだ。そのまま神器を色んな形に変えまくれ。まずは一秒に五回。慣れてきたら十回は変えられるようにな」

「うぅ……しんどい」


 風利は隠密スキルが高いくせに今まで大火力の炎ばかり練習してきたようだ。本来は繊細な魔力操作こそ持ち味のはずなのに、近くに美空がいたせいか大魔法による一撃必殺を好んでしまう。優香の話によると、それが原因で深手を追うことが多かったとか。じっくりと機を待ち、長期戦から針に糸を通すような確実な攻撃を覚えないとこの先辛い。それを身体に教えこまないといつまでも停滞してしまう。


「そりゃ!」

「ぐ……」

「ほりゃ!」

「うぅ……あ」


 優香が不規則に攻撃して、それに対応出来る形へ神器を変形。時間を止めて後ろに回り込んだり上段下段の攻撃を止める風利は、準備運動とは比にならないほど汗をかいていた。

 その様子を眺めながら、あたしはずっと考えていた。正直なところ、現状一番危なっかしいのは風利だ。何故か後輩達の中では愛が一番弱い事になっているけど、実力的にどう考えても風利が足を引っ張っている。それが本当におかしい。あたしが初めて三人を相手にした時に直感したのは、間違いなく風利が頭一つ抜けるはずだった。冷静に全体を見通せる精神力。奇を衒う集中力。神器を応用する速さ。なぜこれを持って足を引っ張っているのだろう。冷静さは愛にお株を奪われる始末。一撃必殺は美空に遠く及ばない。それが不思議で堪らなかった。


「ふぅう……これも陽動には必要か」

「っ!」


 休憩に入った風利が零した言葉で絶句した。急いで他の練習組にちょっかいを出す優香を捕まえて問いただす。


「優香」

「ん? なんだいあかりん」

「風利って三人の時はどんな戦い方してたんだ?」

「あぁ……」


 気まずそうに顔を逸らす優香。こいつ、知ってやがったな。


「まさか陽動なんてしてねぇよな?」

「そのまさかなんだよねぇ仕方ないよねぇこのチームだとそうなっちゃうんだよね?」

「お前、何で教えてやらなかったんだ? アイツが一番強いのはスニークとサポートだぞ。わかってて黙ってたろ」

「それはあかりんも何となくわかるんじゃないかな? かな? 今のメンツ見てみなよ」


 ハッとして愛と美空を見る。そして気付いてしまった。この歪んだ連携で生き残っていた魔法少女達に。

 チームのブレインであるはずの愛の仕事を取ってしまう美空。陽動に適した能力を持つ愛が一番弱いと思い込んで代わりに引き受けてしまう風利、そして何もさせて貰えずサポートに回る愛。

 全員が全員の代替わりをして連携を取ってチーム力を無理矢理上げてきた歪な戦闘。だから個人は強いのにチーム戦で深手を負ってしまう。全員で補っているのではない。全員が足を引っ張っている。

 こんな事になるまで気付かないなんて、あたし達に適切な役割を与えていた七海がどれだけ優秀かを痛感した。あたしは無能な先輩だ。


 次の連携訓練。真島姉妹と後輩達の二対三で競わせるつもりだったけど、急遽あたしと優香が入るフルメンバー。これに、美空が不満の声を上げた。


「そっちが全員出てきたら訓練になるわけないでしょ!」

「そう怒るなよ。そっちは全力でいいぞ。こっちは全員変身も神器も使わない」

「そ、それは流石に危ないんじゃ……」

「お前らのやってきたチームワーク。全部見せてみなよ。あたしらに勝てたら晩飯好きなもんにしてやるからよ」

「……なんか嬉しいような嬉しくないようなご褒美ね。いいわ、吠え面かかないでよ」


 フル装備の後輩達。美空を後ろに置いて愛と風利が前に出る形に、真島姉妹は首を傾げる。流石に目の前にすると誰でも気付いてしまうようだ。


「何してんのあの子達ぃ? なんか裏でもかきたいのかしらぁ?」

「真弓、指示出しはお前がしてくれ。陣形は昔の形でいいから頼んだぞ」

「えぇ、別にいいけどぉ〜。七海がいないから穴が空いちゃうわよ?」

「それでも十分勝てる。って思うだろ?」

「まぁねぇ? 本当に何がしたいのかしら?」


 本気で後輩達の意図が分かっていない真弓は、その真意を読み解こうと頭を回転させる。しかし、このチグハグな陣形こそこの子達の素の形。いくら考えても無駄なのだ。


 優香が消えて彼女たちの前へと移動する。それが開戦の合図となって、ハンデ戦が始まった。

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