第三十五話 反撃の狼煙

「風利は引いて魔力溜める! 愛は優香を止めて!」

「あかり前〜、みく〜」


 前線から引いていく風利を逃がさないように距離を詰める。彼女の反撃に合わせて今度は愛を捕えに行くと、すぐさまみくりの炎が風利を包み込んだ。二対一になった愛を上手く移動させてあたし達全員で囲い込む。いくら神器で冷静になっていても、真弓の目隠しの射程内に来てしまえばまともに戦えずダメージを負ってしまう。


「散開〜」

「【九点雷光弾】!!」


 あちらの固定砲台が動き出す前に散り散りになって美空の大魔法を避ける。風利が動き出すのにあと二秒。その前にあたしは美空へと攻撃を仕掛ける。


「愛! そのまま後ろに飛んで! 真弓さんに近づいちゃ駄目よ! あかりを止める!」


 細かい投石で美空の視界を奪うあたしに、愛と風利がほぼ同時に駆け寄る。

 しかし、その判断でチェックメイトだ。


「あかりはいつもモテモテだねぇ? やりやすくって仕方ないよねぇ? そうだね?」

「優……香っ!」


 美空の息が詰まる。あたしに集中する余り、一番気を付けていたはずの優香を見落としていた。三人の距離は、変身前の優香が時を止められる射程内。

 瞬きを終えると、三人の魔法少女は全員優香に殴り飛ばされていた。これが神器であればみんな別々の山に吹き飛ばされて各個撃破される。つまり、全滅を意味していた。


「な、なんで……変身どころか神器すら出てないのに……」

「まぁこんな所か。お疲れみんな」


 あたし達が魔力を収めると、後輩達は全員座ったまま項垂れていた。傷もほとんどないし身体は疲れていないはずだがかなり汗をかいている。それほど個人で頭を使っていて、対応出来なかったというわけだ。

 飄々と駆け回って一人一人を小馬鹿にしていく優香の横から、真弓は辛抱出来ずに口を挟みこんだ。


「ねぇあなた達ぃ? どんな作戦であの役割分担だったのぉ?」

「え……?」

「何かあったんでしょぉ? 美空ちゃんが指示出しなんておかしいし、風利ちゃんが陽動なんてもっとおかしいじゃなぁい? 愛ちゃんに何かさせたかったのかなぁって思ってぇ」

「…………」

「あら? もしかして今のが本気の形ぃ? 本当に? 本当にそうなのぉ?」

「真弓、もうやめとけ。裏なんてねえよ」

「あらぁ〜……まぁ」


 煽るわけでもなく、本気で「お気の毒に」と髪を弄るドS先輩。その本心の言葉に、後輩達は半べそかいてしまった。

 全員で真弓に「大人気ない……」と視線を当てると、今度は彼女が居心地悪そうにみくりに隠れてしまった。別に悪気がないからいいのだけれど。


「さて、これで連携の大切さがよく分かったと思う。自分達より強い相手に勝ちたいなら、これは絶対条件だぞ」

「…………」

「み、みんな心折れてるなぁ。そう気落ちすんなよ。これから学んでいけばいいからよ」

「…………」


 こりゃ駄目だ。個人戦で負けるよりずっと落ち込んでいる。そんなに自信あったのだろうか。

 ひとまず、解決の糸口を作ってやらないといけない。このままだと集団戦闘に対して苦手意識が埋め込まれかねない。それは今後の戦力として数えられないほどの事態だ。


「まず、お前達の悪いところだけど……」

「待ってあかり」


 あたしの言葉を遮るように立ち上がった美空は、目元を拭って強く見返してきた。


「あたし達で考える。一日ちょうだい」

「うん、私もそう思います」

「……やっぱり、もっといい形あったよ」


 三人はそれぞれに案を出し合って、地面に図面を書きながら新しい陣形を組み立てていく。その様子が子供の頃の七海を思い出させられ、あたし達はこうするべきだとも口を出さないことにした。

 しばらく見ないうちに心強くなった。自分達で改善する前に答えを出していたあたしは、少し過保護だったのかもしれない。この子達は自分達の力で生き抜こうとする、昔のあたし達みたいに思考を続けていた。ちゃんと魔法少女であることの自覚が出来ているのであればこれ以上は野暮ってもんだ。


「よし、じゃあここからの時間はホープとワンに分かれて連携の向上に努めるように」

「あの、イブもらっていい?」

「ん、あ? 別にいいけど」

「……やった」


 風利は嬉しそうにイブの手を引いて、四人で話し合っていく。そういえばイブが魔法少女になったとかなってないとか言ってたっけ。よく分からないけど、一緒に戦うのならイブにはある程度魔力を渡しておかないといけない。


「さぁこっちも新しい陣形を煮詰めていこうぜ。さくら、次はお前も入れるからな」

「暇だったぁ。あかりったら僕をのけ者にするんだからもう」

「悪ぃって。魔界で練習してたやつ見せつけてやろうな」


 次の連携訓練は明日。次はイブも加わって今日ほど簡単にはいかないだろうけど、あたし達だってわざわざ魔界まで慰安旅行に行っていたわけではない。きっちり成長を見せてやらないとな。


 そして夜になり、今回一番大事なミーティングの時間が来た。




 飯と風呂を済ませてリビングに腰を落ち着けたあたし達は、後輩達が気になっていたであろう魔界についての情報を共有する所から始めた。


「まず、簡潔に今後の目標を発表します」


 優香の別荘内にも用意されていたホワイトボードに大きな四文字を書く。それを見て、後輩達は声を荒らげた。


「『魔王討伐』です」

「急過ぎない!? まだ連携の手直し始めた段階じゃないの!!」

「美空はすぐ口が動くなぁ。説明するから待てってば」

「ぐぅ……」


 立ち上がった美空の肩を掴んで座らせる。前から思っていたけど美空はオーバーリアクションが過ぎる。


「まず魔界の時間についてなんだけど、優香が上手くゲートを操作してくれればかなりのズレを生むことが出来る。こっちでは一ヶ月しか経っていないみたいだけど、向こうでは一年経過しているんだ」

「一年!? だからそんなに髪の毛伸びちゃったの!?」

「髪はどうでもいいんだけどよ、これは優香に説明してもらうか」


 眠そうにしていた優香が立ち上がって、やや雑に時間について解説してくれた。


「えぇ〜、魔界の時間には波がありますぅこの波幅が一番大きくなった所で時のポイントを置くんだよ。そうすれば向こうの時間が長く、こちらは短くすることが出来てねぇ、逆に波が小さいところでポイントを置くとこっちとあっちの時間の誤差がほとんど無くなるわけなんだけどわかるぅ?」

「「????」」

「つまりぃ一日向こうに行った時、それを一日のままにするか一ヶ月にするかは僕の匙加減ってわけさ。僕が操作するのー」

「「????」」


 子供達は一切理解していない。小学生には少し難し過ぎただろうか。


「ま、こっちで一週間経ったら向こうで最大一年過ごす事が出来る。この操作は難しいらしいけど、優香なら出来るだろうし任せておけばいいぜ」

「とりあえず向こうに長くいてもこっちでは短いって思っとくだけでいい? 細かいことは言われてもわかんない」

「あぁ、それでいい。んで、その一年向こうにいたわけなんだけど、分かったことがいくつかある」


 ホワイトボードを裏返して、一つずつ解説することにした。


「まず、魔界の魔物は全てが敵じゃないってこと。友好的で戦い自体が好きじゃない種族もいれば、とにかく暴れたい奴らも雑多に住んでるってだけだった」

「へぇ〜、平和主義の魔物もいるのね。一度見てみたいかも」

「横にいるだろ。犬みたいなヤツが」


 美空がさくらと目を合わせると、平和主義代表を気取る犬が舌を出して媚び始めた。正確にはケルベロスも暴れん坊に入るのだけど、自分と同じくらい強い相手としか戦いたがらないから平和と言えば平和なヤツだ。


「でだ、この平和主義の種族の所に世話になって魔界で生活してたんだけど、聞いてみれば三人の王が睨みをきかせ合って均衡を保っていたのに、その一人がこの前死んだらしい」

「えぇ!?」

「その死んだ王が、十八年前に人間界にやってきた覇王ヴェイダルだ。そしてヤツを吸収したのが魔王と呼ばれる妖精種の男らしい」

「そ、それって不味くない?」


 美空だけが不安を口にしたが、愛と風利も同じく表情を曇らせる。彼女達にとって覇王ヴェイダルとは教科書にも乗っているほどの大災厄だ。地球滅亡とまで謳われたそれを上回り、更に吸収してしまった存在なんて想像を遥かに越えるだろう。

 以前さくらが話していた魔界のバランスは崩れた。事態が思わぬ速度で進行して、魔法少女は今まで以上に不利になってしまう事は明白。それなのに、優香は何かを察したのか随分と落ち着いて考察していた。


「ふむふむふむ、そんで?」

「なんだよ優香。ヴェイダルが吸収されたってのに焦んねぇんだな。お前も実際に戦ったんだからもっと驚くかと思ったぜ」

「じょーだんっ。もっと追い詰められた状況なら一年もゲート閉じっぱなしなわけないだろ? だよね? もう一つ変化があって、そのお陰でゆるゆるしてなんじゃないかな?」

「お前……頭いいな」

「もとから〜にひひ♪」


 優香の考察についていけない後輩達の為に、簡潔に追加情報を発表することにした。


「実は、王喰いをやってのけた魔王はまだ一強になっていないんだ。それに対抗する戦力が残っていた。美空も会ったことがある水神、リヴァイアサンだ」

「っ!!」

「それに加えて、あたし達が世話になっていた場所っていうのが冥王ってわけ。強くなった魔王、水神リヴァイアサン、平和主義の冥王と組んだ魔法少女の三竦みに切り替わっただけなんだよ」

「な、な、な、なにどういうこと? 冥王と組んだの??」

「話だけだと実感しにくいだろうな。でも大丈夫だ。冥王は信頼出来る。今後の活動は冥王を勝たせる流れになるってだけなんだよ」


 見ず知らずの冥王を一強にしてしまうことは、あたし達魔界遠征組以外には同じ結果のように思えるだろう。信用出来ると言った理由を説明しようにも、こればっかりは自分の目で見ないことには普通納得出来ない。

 仲間に絶対の信頼を置いている優香は否定的な態度は取らなかったけど、何か物足りない顔を見せていた。


「それだけ〜?」

「…………」

「あかりんは回りくどいんだよねぇA型のせい? 三竦みを壊せる策があるから強気に言ってんだろ? 早く早くぅ」

「お前もA型だろうが……まぁ、一応正解だ。あたし達の予測が正しければ、実質冥王じゃなくて魔法少女が有利になる」


話すか話さないか少し迷っていた。けど、小さな希望が残っているのであればそれをみんなで掴みに行きたい。

あたしは慎重に、本当に言いたかったことを口にする。


「リヴァイアサンは、前の三強に名を連ねていない。なんで今、強くなった魔王とタメを張る力を持っているか。そこが今回の鍵だ。奴が強くなったのは、七海が殺されたあの事件以降らしい」

「七海さんを、吸収した……?」


 美空が震えた。目の前で血を流しながら食われた七海が脳裏を過ぎったのだろう。

 しかし、あたし達の予想はそうではない。


「これは噂だけど、あれからリヴァイアサンが縄張りを広げたらしいんだ。その際に起こる戦闘で、決まって人型の女の姿が見かけられているんだ」

「そ、それって」

「あたし達の予想は逆だ。七海がリヴァイアサンを喰ったんじゃないかって思っている」

「なんだって!!」


 七海が生きている。驚きの余り完全に目を覚ました優香は、拳を握り締めて立ち上がった。


「なら今度はボクが……」

「優香は駄目だ、連れて行けねえ。それはお前が一番分かってるだろう?」

「…………」


 あたし達が魔界に行くと、こちらからゲートを止めなければ悪魔が溢れてしまう。それが出来るのは優香だけだ。ゲートをそのままに流れ出る悪魔を処理出来るのは今のあたしかみくりの二人だけ。それも何日も戦い続けてだ。戦力的にはあまり変わらないが、滞在時間が極端に短くなるのは厳しい。


「…………わかってるよ、そんなこと」

「ごめんな優香。もう一度チャンスをくれ。今度は誰一人欠けることなく、七海を連れて戻ってくるから」

「約束は守りなよ。二回目は聞かないから。誰か死んでみろ。人間が滅亡してもいいからキミを殺してやる」

「あぁ、約束だ」


 苦虫を噛み潰したように顔を伏せる優香。これ以上壊れた彼女に負担は掛けられない。次の魔界遠征を成功させなければ、どの道人間は滅ぶんだ。

 あたしは力を入れて、作戦を決定する。


「次の遠征は来週の土曜日。小学校が冬休みに入る次の日だ。メンバーは優香以外の全員。早急に七海を見つけて、魔王をぶっ殺すぞ!!」


 宣言と共に、みんなの目の色が変わる。

 失敗は許されない。あたし達魔法少女の力を見せつけてやる時が来たのだから。

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