第二十四話 格上との戦闘

 星のない夜空に浮かんだ彼女は、まるで水の中で揺蕩うように気持ちよさそうに眠っている。その寝顔が余りにも穏やかで、こうして見るとただの純粋無垢な子供そのものだ。


 見ている方はそれどころでは無いのだけど。


「熱っつ!!」

「美空ちゃん離れ過ぎないで! 【羽衣】が消えちゃうよ!」

「ごめんっ、焦り過ぎた!」


 力技で押し切ろうとしたあたしはイブの巨大花火に至近距離で飲まれそうになり、ギリギリの所で愛に助けられた。愛の掛けてくれた水の防護服【羽衣】が無ければ焼け死んでいたかもしれない。

 離れればホーミングミサイルのような炎弾、近付けば髪から伸びた炎の鞭。囲むと巨大な花火。隙が無さすぎて笑ってしまう。


「まだ、マグマすら出てないのになんて力なの……これが上位悪魔なのね」

「初めて会った時も思ったけど、イブちゃんの魔法って災害みたい。本気で戦ってるの見たこと無かったよね」

「泣き言は言ってられないわね。出来ること全部試すしかないわ」

「うん」


 出来るだけ早く事を収めたい。こんな街の上ではいつ被害が出るか分からない。イブの魔法は範囲攻撃が多く、最大魔法を発動されれば街が丸ごと無くなるかもしれないのだ。人払いも無駄だろう。


「……愛、美空」

「風利、さっきのデカいの受けた時はは死んだかと思ったわよ」

「……大丈夫、少しだけ私の魔力を含んでるおかげか、まだ相殺は可能」

「そう。なら行くわよ!」


 愛を後ろに置いて、あたしと風利で攻撃を行う。風利が細かな動きと小魔法で撹乱しているうちに、あたしは【九点雷光弾】の準備に入る。


「六、七、八……」


 カウントが終わる直前、風利が視界から消える。避けた瞬間を狙って、最大の雷魔法が発動した。


「【九点雷……】」

「美空ちゃん避けて!!」

「な……っ!」


 発動と同時に、何故か後ろから炎が襲いかかる。誰もいない、愛とあたしの間から。

 大技は発動直後、動く事が出来ない。いくら雷で速く動けても、その短い静止時間を突かれれば終わりだ。


「……美空っ、そのまま魔法放ってっ」

「風利! あなた!」

「……『掌握』」


 あたしと巨大炎弾の隙間に滑り込んだ風利は、いつか七海さんの使った『掌握』を試みた。あの化け物みたいなイブの魔力と綱引きをするつもりだ。


「くそ……【九点雷光弾】!!」


 背後の風利が時間を稼いでくれている。それを無駄にすることは出来ない。

 九個目の雷撃が他の八つを飲み込んで、真っ直ぐイブを貫こうとする。あかりの消滅の魔力を破った魔法。これなら……。

 しかし、極限まで高められた雷の矢にイブの髪が絡みつく。見る見る速度を落とし、本体に辿り着く前に完全に静止してしまった。


「これでもダメなの!?」

「……美空、ごめんもたない」

「わかった! ちょっと痺れるよ!」


 結果に感想を述べている場合ではない。全身に雷を纏って急いで風利の手を掴み、その場から緊急回避をする。

 何とか炎弾から逃れたあたし達は、一度愛の元へ戻って態勢を整える。


「風利、大丈夫?」

「……熱いわ痺れるわでサイアク。……あの子、凄い距離で炎出したね。ここもイブのテリトリー内ってこと?」

「でしょうね。喋れるなら安心したわ」



 安心しているわけがないのだけどね。

 現段階の最強魔法が止められ、風利の綱引きが五秒と保たない現実が突きつけられたわけだ。それだけ、今のイブとあたし達の間に大きな力の差が出来ていた。これを埋める策なんて簡単には思いつかないし、考えている暇に止めどなく攻撃される。絶望しかない。


「私が近付いてみる!」

「愛、いくら相性が良くてもそれはリスキーよ。貴方が倒れたら一気に不利になるわ」

「でも、もうこれしかない。危なくなったら美空ちゃんが助けてよ。お願い!」

「……はぁ、無茶しないでね」


 考えがないあたしには愛を止められない。彼女の賭けに乗るしか、選択肢がないのだ。

 あたしと風利は一度距離を取って回復に務める。最大まで魔力溜め込んだ愛は、槍を構えて突進した。

 炎の鞭を紙一重でかわしながら突き進む愛は、なんとイブに手が届く距離に到達した。しかし、そこでは更に細かい炎髪の猛攻が愛を襲う。


「あぶな……え?」


 あたしは張り上げる声を抑えた。

 四方から放たれる炎の斬撃や炎弾を全て弾き、いなしていた。しばらく乱打戦をしていると心無しか、イブの方が後退を始める。近距離戦闘が得意なのは知っていたが、ここに来て彼女の真髄が垣間見えた。

 余りにも危なっかしく見えるそのギリギリの回避。そこまで速くは無い。しかし、相手の異常な手数を完全に見切り全てに対応している。七海さんが選抜戦で見せた物理と魔法の同時攻撃すら用いて。


「すごい……愛、やっとあなた……」

「何してるの美空っ! 早く行くのっ!」

「え、だって押してる……」

「イブの魔力!」


 珍しく声を張り上げる風利のおかげで、いつの間にか緩んでいた緊張感を取り戻す。

 愛と激しい攻防をしながらも、イブの魔力がどんどん高くなっていた。これはあたし達魔法少女がいつも行っている大魔法の準備し段階だ。


 どうして気が付かなかったんだ。

 イブの大魔法は、人なんか一瞬で消し去る『マグマ』だと言うのに。


「愛ぃいいいいいいいい!!」


 閃光より速く。そう思っても追い付けない。イブの魔法が更に速く愛に届いた。

 全方位円形に放たれたマグマの壁。その凄まじい速度は簡単にあたし達を飲み込み、誰一人逃れること無くその中へと沈みこませた。



















「美空、お前には悪いけど、リーダーは愛だと思うんだよ」





 声…………これ、あかりの声……?

 そこにいるの? あかり……。





「何でよ、私の方がずっと強いのに……」





 あたしの声……そっか…………夢だ…………あの時の夢…………。





「ははっ怖ぇ顔すんなって。リーダーを守るのも捨てたもんじゃないぞ?」

「でも強い人がリーダーをやるべきだわ。仲間が安心するもの。前に立って導くの。私にはそれが出来る!」






 馬鹿ね…………意地張っちゃって…………。






「ん〜、なんて言うか。あたし達のリーダーは一番強いわけじゃねぇけどよ。誰も不満なんてなくて、みんなから慕われてんだよ」

「意味がわからないわ! 愛がリーダーなんて! 理由を聞かせて!」







 ふふっ…………びっくりしたのよね……あかり…………馬鹿みたいで。





「そりゃ…愛は……だからよ…………して」




 あ、声が…………遠い…………。





「…………お前が一番……ってるだろ?…………だから」





 お願い…………いかないで…………。








「……そら……守ってやれ」

















「美空!!」

「っは!」


 風利の呼び掛けで目が覚め、今のが現実でなかったことに気が付いた。

 あたし、気絶していたのか。


「……大丈夫? 動ける?」

「問題な……」


 風利に担がれている身体を動かそうとしたが、腕も足も言うことを聞かない。変身した服も所々焼け落ちてしまい、今にも消えそうになっていた。


「駄目みたい……ごめん」

「……そう。私も駄目かもしれないからどっちでもいいけど」


 そう言って、辺りを見回すように促された。風利が浮かんでいた場所は、さっきまでの夜空や街が見下ろせる眺めの良いところではなく、深紅のマグマの壁に覆われた逃げ場のない牢獄だった。


「これ……どうなってんの?」

「……イブが発生させたマグマの壁。あれに呑まれる前に私と美空を炎の壁で囲ったんだけど、収まったと思って魔法解いたらここにいた」

「つまり……」

「……うん、巨大なマグマの玉の内側」


 それを裏付けるように、この空間の中央ではイブが静かに眠っていた。

 絶句だ。なんて所に出てしまったのだろう。入るだけであたしは大ダメージを受け瀕死、風利も大差ない大怪我で浮かんでいるのがやっとみたいだ。再度通り抜けることは自殺を意味する。

 こんな攻撃を間近で受けた愛は……。


「風利! 愛はどこ!?」

「……わからない。中に入ってから見当たらない」

「くそっ! …………いや、生きてる」

「……うん、この中だとイブの魔力でごちゃごちゃしてるけど、愛の魔力もちょっとだけ感じる」

「外で無事でいてくれればいいのだけど、それも分からないわね」


 微かに感じ取れる愛の魔力は酷く弱々しく、どれだけのダメージを受けたのか想像も出来ない。

 それでも、彼女が無事ならひとまずは脱出することを考えないといけない。暑さで頭もうまく働かないが、現状を把握しないと。


「風利、魔力は?」

「……もう無い」

「あたしも。イブはずっとあの調子? 攻撃してこないのかしら」

「……さっきちょっかい出したの。防衛はするけど、もう襲ってこないね。たぶんこのマグマが私たちの壊した卵と同じ効果があるのかも」

「ってことは、また魔力を溜めてるのね」

「……溜まれば起きると思うけど、どんどん暑くなってるからその前に死んじゃうね」

「…………」

「……美空。今までありがと」

「やめてよホント」


 完全に諦めムード。風利が最後の言葉を交わそうとすると、更なる変化が訪れた。


「壁、迫ってきてるね」

「……きっと、元のサイズに戻ろうとしてる」

「あぁ、なるほど」


 となると、詰みだ。待つことすら許されずにマグマに呑み込まれるだろう。

 完敗だ。言い訳の余地なく。


「終わったなぁ……」








「諦めるなんて、お前らしくねぇな美空!」








 死を悟った瞬間、馴染み深い声が聞こえた。その声に、あたしの心が震える。

 声が止むと、マグマの牢獄の下部に巨大な穴が開いた。その穴から凄まじい風が上空に吹き荒れ、瞬く間に壁を霧散させていく。

 そんなダイナミックな事が出来る魔法使いは一人しか知らない。さっきの声の主、今一番会いたい彼女に向けて大声で叫んだ。


「あかり!!」

「そうだあかりさんだぁああなぁあああんちゃってぇ! てへへ、どうかなどうかなボクの声真似似てるってチームでもお花見のオオトリだったんだよ?」

「時計女あああああ!!!!」

「いやんっ! そんな怖い顔しなぁいの♪」


 本当に全くの疑いも持てないほど似ていて殺しそうになった。いや今も殺したいもう許せない。

 風利の手元で暴れるあたしを見て大笑いの時計女。しかし、そいつの抱えているモノを見て一気に我に返った。


「愛!!」

「ん、無事だよ。ちょっと気を失ってるだけさ。命に別状はない」

「あ、あなた……」

「泣きそうな顔するなっての怖かったのかい? 尻拭いはするってのは別に見殺しにしてから動くなんて話じゃないよ? ボクは身内が死ぬのが何より嫌いなんだ。ボクは誰より『救う』ことの出来る魔法を使うから特にね」


 そう言って、ビルの上に愛を寝かせた。その仕草はまるであかりのように母親の優しさを含んでいて、いつもの悪魔顔負けの性格はどこにもなかった。

 同じ場所に降り立ったあたし達は、足を付けるなり倒れた。風利もまた無理をしていたのだ。


「あっははは! ボロボロだね! 間に合ってよかったよ悪くは無いよね」

「…………安心した」

「ん、そだねぇ。キミ達が生きてて安心したよ。また目の前で死なせるところだった。今回はボクの監督不行届かな? はははっ!あかりんが帰ってきたら殴って貰わないとね!」

「あかりはそんな事しないわよ」

「うん! そうだろうね! さてさて、そんな事よりお空に疼いてる獣がいるのが気になるね」


 見上げると、先程まで静かだったイブの姿が激しく脈動していた。それは噴火前の火山みたいで、魔力も全然失われていない。

 だけど、時計女はご機嫌にスパナを奮って準備運動を始めた。


「今日は特別講義だね若鶏ちゃん達? お手本を見せてあげるから瞬きしないように頑張ってね?」

「あなた、あれに勝てるの?」

「ん〜やっ、魔力だけで戦闘力を決めるなら今のあの子ボクより強いね強いよ? でも、そんなの関係ないんだよわかる?」

「…………あかりに、信頼されて任されたから?」

「ふひひ♪ ボクの事が少しはわかってくれたみたいで嬉しいな? まぁ任せてよキャリアが違うのさボクの戦い方はねそらいくよ?」


 駆けっこの走り出す姿勢で止まる時計女。チラチラとこちらを見てきて、何故だか彼女が求めているものがわかってしまった。


「えと、よ〜〜いっ……」

「うずうず♪」

「どんっ!!」

「ふぅううう♪!!」


 無邪気に飛び出した先輩は所々消えながら高速でイブに飛び込んでいった。

 第二ラウンドの開始だ。

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