第二十三話 悪戦連鎖

「風利! そっちの二匹止めてて! すぐ行くから!」

「……っんく! 三十秒だけなら」

「愛! こっちのサポートして!」

「わかった!」


 夕陽が街を赤く染める頃、珍しく連携を取る五匹の悪魔と交戦していた。言いつけ通り街を守る事に務めていたあたし達だけど、どんどん強くなる悪魔に苦戦を強いられる事が増えていた。

 ようやく分断する事に成功してチャンスが訪れた今、一気に叩く為新しい戦法を試みる。


「今度こそ砕くわよ!【クロスルーティン】」


 ほぼ同時に十字に切りつける雷の瞬間二撃。最速で出せる一番威力の高い魔法で敵の防御魔法を破壊して、新しい防壁を繰り出される前に愛の水が敵を包み込む。


「「【ブロードメイデン】」」


 愛の水球に高圧電流を流す合体技。三体の敵は水の中で苦しみながらも、何かしようと足掻いていた。


「本体も凄い耐久力。早く風利ちゃんの所へ行きたいのに!」

「愛! 電圧を上げる! 弾け飛ばないよう魔法維持に集中して!」

「うん!」

「はぁああああああああ!!」


 身体から放電するほどの電撃を発生させ、愛の魔法が崩れない範囲での魔力を流し込む。指一本動けなくなった悪魔達は、それでもなかなか消える事がなくジリジリと焦りが生まれる。


「うぁああっ!」

「風利! こんのぉおおおおおおお!!」


 風利の叫び声に更に強く魔力を流し込む。すると、中の悪魔が消滅すると同時に愛の魔法が弾け飛んだ。その衝撃は愛へと伝わり、僅かながらの同士討ちとなってしまった。


「うぅっ!」

「ごめん愛!」

「大丈夫だからっ、早く風利ちゃんをっ!」

「了解!」


 僅かに痺れを残した愛は膝をついた。あたしはそれに構うこともなく二対一で防戦している風利へと加勢に赴く。

 風利を追い詰めていた悪魔は仲間が討たれた事を確認すると、不利を悟ったのか逃げ出そうとする。しかし、あたしからの敗走は不可能なのだ。


「逃がさないわよ。二匹なら防壁も無駄よ」

「グァアアアアアア!!」

「魔界へ帰りなさい!」


 飛び去る悪魔の背後を取ったあたしは、大鎌を振るって首を刈り取る。光に包まれた悪魔はなす術なく消滅した。

 何とか勝利を手にしたあたし達だったが、被害は洒落にならなかった。運悪くアーケード街に出現されたせいで損害が大きい。また立ち入り禁止区域が増えそうだ。こちらのダメージとしても、愛はまだ大丈夫そうだが風利の怪我が目立つ。左腕に受けた切り傷が深い。

 麻痺が回復した愛と共に風利の元へ走る。彼女は立ち上がる事すら困難で荒く息をするばかりだ。


「ごめん風利、時間かかり過ぎた……」

「はぁ、はぁ……ん、大丈夫。戦いを長引かせるよりずっといい。美空は間違って……ないっ、うぅ……」

「でも……」

「悲惨な結果だねぇ後輩諸君。あんなこわっぱに手こずってちゃいけないいけない修行が足りないね足りないよ?」

「と、時計女!」


 さっきまで誰も居なかった薬局のカエルの置物の上に座る時計女は、腕と足を組んでうんうんと頷いていた。


「ゆ、優香さんいたんですか!?」

「いたんだよね実は最初から? 人払いが早く済んだなぁなんて思わなかったかな余裕なかったかな? 優しく密かなフォローに喜びたまえ死者はいないからね?」

「それなら、一緒に戦ってくれても……」

「共闘はしないよ尻拭いだけってこの前言ったよね覚えてないのかいプチプチリーダーちゃん? それともお姉ちゃんに甘えたいお年頃なのかなぁ?」

「い、いえ……ありがとうございました」

「よろしい♪」


 時計女はカエルの上で器用に回ると、地面に着地して風利の元へ歩く。


「さて、採点のお時間かなかな? ニンジャーちゃん動かないでね【アフターパーティー】」

「ふぐぅっ!」

「痛みが巻き戻ってるのってどんな感じ? いやいやお姉さん自分にこの魔法使ったことないんだよキミみたいに弱くないからさ?」

「……すみません」

「キミは本当にブービー賞常連だよね? 何回ボクに治されたら満足するのかなそれとも治される痛みが気持ちよくなってきてる? 困るよ一回しか使えないのにさぁ。で、何回治されちゃったか覚えてる?」

「……八回目」

「そうだよねぇ何でだと思う?」

「……弱いから」

「えぇ本当に!? あなた弱いの!? 魔法少女なのに弱いなんてビックリして腰が抜けそうだよ大丈夫??」

「…………」

「もうその辺で、許してよ時計女」


 いつも通りの精神が病みそうな煽りに、あたしが止めに入る。悪いのは風利を一人きりで戦わせたあたしなのに、この女はそう判断しない。わかっていながらも、反抗する立場にいないながらも、やっぱり止めずにはいられない。


「美空っちは本当に甘いね。前にも何回も言ったけどキミは出来ると判断してニンジャーに二匹任せたんだろ? そうだね? 出来なかったのはニンジャーだよ信頼して任されたのにねぇ困るよねぇ? でも一番悪いのは誰かわかるかなぁねぇプチプチリーダー誰だと思う?」


 来た。『誰のせいか』というこの質問は、毎回愛に投げられる。

 本当に性格が悪い。


「…………私です」

「ピンポンピンポン正解〜! リーダーなのに指示出ししないし貢献度も低いし一番弱いし文句のつけられない悪い子だよね! なんだいさっきの魔法は美空っちの魔法に耐えられないなら始めから『うん! 耐えます私ぃ!』なんて言わなきゃいいのにね? お粗末な合体魔法はこうして怪我ニンジャーを生み出すんだよわかる?」

「…………はい」

「試すならもっと弱い悪魔にするべきだよね勉強になったねガールズそれじゃあボクは忙しいから帰るよまたね〜♪」


 時計女が後ろを向いた瞬間、その場から消えた。残されたあたし達は、風利の回復を待ってその場を後にした。







 いつもの公園。傷が癒えたあたし達は変身を解いて、ベンチに腰掛けて項垂れる。空気は最悪で誰も喋りたい気持ちになっていなかった。

 それでも、反省会をするために愛が口を開く。それもフワフワとした始まりだった。


「相変わらず、スパルタだったね」

「……言い返せない」

「ごめんね、私が一人弱いから、いっつも後手に回っちゃって……」

「愛……」


 愛は空元気で重い声で呟く。毎回ではないにせよ、時計女が気まぐれで見物に来た時はいつもそうだ。何かにつけて愛のせいにして、治してもらった人はブービー賞とか言ってなじられ、あたしには一度も否定的なことは言わない。一体どんな意図があってその姿勢を貫いてるのか知らないけど、出てくる度にあたし達はアイツに拒否反応が生まれていた。


「愛、あんな奴の言うことを真に受けちゃダメよ。今回の戦いをしっかり反省して、あたし達なりに次に繋げましょ」

「うん……」

「今回で完璧にわかったけど、やっぱりあたし達が分かれて戦うのは危険過ぎる。悪魔もどんどん強くなるし、量も増えてきた。多少被害が出てもあたし達が深手を負わないように戦わないと、こう毎日戦ってるといずれ誰か大怪我しちゃうわ」

「何回も大怪我してるもんね……。悔しいけど、優香さんが居なかったらと思うと本当に怖い」

「うん、あの女に頼らないようにしましょう」

「はぁ、イブちゃんも出てこないし、何してるんだろ……」


 作戦自体はもう底をついている。連携を取ってくる悪魔は今回が初めてだったけど、複数出現される度に誰かを一人にして戦うしかないのだ。今回は風利で失敗したけど、愛やあたしを一人にしても結局誰かは大怪我をしてしまっている。結論、三人が分かれて戦えるレベルではないのだ。

 そこにイブが居てくれれば話は別なのだけど、何故かあの子はいつまでも戦場に来ない。思えば、あたしが魔界から帰ってきた頃には既に姿はなかった。


「あのさ、イブっていま何してるの? 本当にこの街にいるのかな」

「わかんない。優香さんは七海さんの家にいるって言ってたけど、あの魔界突入作戦の最中に強い悪魔と戦いながらどこか飛んでっちゃったもの。それから私も風利ちゃんも見てないの」

「……美空、イブは必要」


 風利は真剣な目をしてあたしを見つめてきた。同じ炎のタイプだし、選抜戦の時から自然に合体魔法をしていたから風利とイブの相性は絶大。どうにかして四人で戦えないものだろうか。


「行く……かな」

「え?」

「イブのところ。七海さんの家に引きこもってるんでしょ? いい加減引きずり出してやりましょうよ。彼女がいれば作戦に幅が出るし、訓練も効率が上がるもの」

「でも今更……」


 愛が、なぜ今頃と思うのは仕方ない。居場所を知っていながら今まで迎えに行かなかったのはあたしの強がりだった。三人で一チームと暗に意地を張っていた。あたし達なら三人で大丈夫と。でも、正直そんなこと行ってられない所まで来ていた。ちゃんと彼女を仲間と認めて四人で頑張らないといけないのだ。


「はぁ、気は重いわね」

「私も……今まで仲間外れにしてたようなものだもんね」

「……早くイブに会いたい」


 こうして、あたし達は七海さんの家に向かった。夜も遅くなるけど、連絡さえ入れればあたし達に門限はなくなる。既に魔法少女として戦っていることは全員の家族が知っているからだ。


 電車を乗り継いで、地図で確認しながら七海さんの家を探す。いつもはあかりがゲートを開いてくれていたから大雑把な地域しか分からず、歩いて行くのは初めてなのだ。

 目的地のマンションを前にすると、三人は同じ事を考えながらエレベーターに乗り込んだ。


「飛んでくれば早かったのにね」

「だね〜、でも駄目だよ美空ちゃん。あんまり魔法使い過ぎると周りの人もビックリしちゃうもの」

「……ラクしたい。火が出なければ」

「風利ちゃん飛ぶと火の粉出るもんね。あれ燃え移るのかな?」


 そんな事を話しながら七海さんの部屋に到着した。愛があかりから貰い受けていた鍵で解錠すると、急に不思議な魔力を感じた。


「ん、なんか変な魔力感じない?」

「中からね。これはイブの魔力だけど……なんて言うか包み込まれるような、守られてるような。あの子何してんの?」

「とりあえず入ってみよっか」


 訝しみながら、あたし達は中に入る。綺麗に保たれている廊下を歩き、奥から漏れる光を目指した。

 居間の扉を開け中に入るとグッと気温が上がり、そこには不思議な物がポツンと置かれていた。


「え……何これ」

「……卵だと思う」


 愛の疑問に、風利は直感で答える。

 広い居間のテーブルの上、灼熱色に発光する巨大な楕円の塊が浮かぶ。まるで本で読んだ火の鳥の卵だ。気配的に、イブはその中にいた。

 最悪、ゲームにでもハマったから出てこなかったなんて言うと思っていたのに、まさか卵になっているとは思わずあたし達はどうしようもなくそれを見つめ続けた。

 煮えきらず話し出したのは、その卵の熱に汗を流す愛だった。


「どうしよっか」

「触れもしないしな」

「風利ちゃん、調べられる?」

「……やってみる」


 この中で唯一炎に抵抗がある風利は、念の為と変身してから卵に触れる。恐らく触れると火傷するであろう温度の卵をぺたぺたと撫でたり耳を当てる風利。しばらく調べると、彼女は振り返って状態を伝えた。


「……もうすぐ産まれそう」

「やっぱり卵なのね」

「……でも、魔力が足りないみたい」

「はぁ、どういうことよ。足りないなら流してみましょ。風利、お願いできる?」

「……うん」


 魔力不足の卵。イブもあの時の戦いで大ダメージを受けて回復に務めていたという所か。時計女のように直接回復は出来ないけど、魔力を注げばいいだけなら頼らなくても何とかなる。




 そう、よく分かっていないのに軽く考えたのが間違いだった。




 風利が魔力を流し込むと、異変が起こる。卵は強く発光し、部屋の熱は急激に上昇した。

 風利の顔に焦りが生まれる。


「手、手が離れないっ! 魔力が吸われる!」

「何ですって!?」

「た、助けてっ!」

「愛!」

「風利ちゃん!」


 あたし達は変身してすぐさま助けに入る。魔力を搾り取られないよう愛が防護壁で風利を包み、あたしの大鎌で卵と手の接着面ギリギリを切り裂く。

 転げながらも何とか引剥がれた風利は、すぐに立ち上がって魔力を集中する。大魔法を発動出来るほどの高魔力。それと共鳴するように卵は光を強く温度を上げていく。


「……爆発する! 二人とも離れて!」

「風利!!」


 今にも大爆発しそうな卵に向かって、風利は最大級の魔力で魔法を唱えた。


「【炎龍の抱擁】」


 風利の腕を覆うように炎の龍の腕が発現し、その両手で卵を包み込んだ。

 その瞬間、風利の炎腕の中から凄まじい爆発音が響き渡り、部屋の中の物は衝撃に吹き飛ぶ。壁や床は焼け、窓が割れる。風利最大魔法の一つである炎の牢獄に囚われつつも、これだけの威力を波状させるなんて凄まじい威力だ。

 持続する衝撃の中、あたし達は愛の【アクアドーム】で防御を試みる。それでも伝わる熱気に見る見る魔力を持っていかれていた。

 収まったのは十秒ほど。たったそれだけで、三人共に半分以上の魔力を消費させられていた。


「はぁ、はぁ、はぁ」

「風利……大丈夫?」

「……な、なんとか。でも、ヤバいかも」

「……え?」


 風利が魔法を解除すると、その中にいたのは不自然に髪の伸びたイブだった。灼熱の髪。全身に夕陽のような強い色の炎を纏い、眠ったように目を閉じている。

 なのに、風利は戦闘態勢を解かない。孵化の瞬間まで触れ合っていたことで何かを感じたのである。


「……二人とも、まだ魔力あるよね?」

「あるけど……もしかして」

「戦う!!」


 言うや否や、風利は豪炎を纏ってイブに突進。そのまま窓から飛び出し空高く舞い上がった。


「くっ、追うわよ愛!」

「行こう!」


 あたし達も遅れて空へ向かう。既に戦いは始まっていたのか、イブは風利を弾き飛ばそうと巨大な火柱をぶつけていた。

 こちらに弾き飛ばされた風利を受け止めると、炎魔法使いには似つかわしくない火傷だらけになっていた。


「一体どうしちゃったのよ! なんでイブがあたし達を!」

「……暴走してるの。あの子はまだ夢の中」

「何ですって!?」

「……卵に掛かってた防衛機能が発動してる。私の魔力がそれをすり抜けて注がれたから、孵化したのに撃退しようとしてるみたい。早く目覚めさせないと一瞬で街が灰になるよ。それどころか日本ごと……それだけの魔力があの子の中に……」


 イブの火柱がこちらへ伸び、既の所で回避。話している途中でも関係ない。あの子は眠っていて、不自然に高められた魔力があたし達を敵と見なしているのだから。

 あたし達は神器を構え、反撃の態勢を取る。単体なら今までの悪魔の比ではない。ただ殺意に突き動かされる上級悪魔。元々イブは魔界の十本指の化け物なのだ、油断していると殺される。


「もう、あのねぼすけ起こすわよ!!」

「消滅させるつもりで行こう! じゃないと殺される!」

「わかってるわよ!!」

「……イブ」




 最強クラスの上級悪魔と第二世代魔法少女の大規模戦闘は誰も望まぬ形で始まった。


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